第9話 現実の痛みと恐怖

 俺は森へと足を向けた。ひとまず、入り口近くにあるというレイリスの家を目指す。そして――


「ナーリアって人を見つけて、レイリスの〈魂石〉とこの剣を渡そう……」


 レイリスの首を刎ねた後、俺は左手の甲を彼の額にかざした。すると、グスタフと同じように〈脈打つ翠緑すいりょくの魂石〉が浮かび上がってきた。やはり、レイリスもグスタフと同じ『最高位の気高き魂』ということらしい。


 【気殺けさつ】を発動させたまま、俺は距離をとって2人の戦いを見つめていた。人間の戦いとは到底思えない、それこそアニメや映画の戦闘シーンを見ているような、だがそれでいて、遠くからでも感じる生々しい息遣いと血の匂いが、否応なしに現実だと告げてくる、不思議な感覚を覚えた。

 そして、あの戦いからは憎悪などの負の波動は一切感じず、どこか清々しい、むしろ神聖な印象を受けたほどだ。


 そんな戦いをする2人なら、その魂が〈脈打つ翠緑〉であるのも頷ける、なぜかそう思った。


 今、俺は二人の〈脈打つ翠緑の魂石〉を持っている。最初は見分けがつかなくなると思ったが、触っていると、不思議とこれがどちらの〈魂石〉かわかる。そして、額から出てきた当初は、眩いばかりの脈打つ光を放っていたが、今は控えめに輝いている。


「……だけど、グスタフって奴は、村で会ったあのクズ共の親玉なんだよな」


 二人の会話を盗み聞きしていたところ、そんなことを話していた。とてもそんな風には思えなかったが……


 まぁ、とにかく、今はナーリアを連れてこの危険から離れよう。色々悩むのは、身の安全を確保してからだ。

 ナーリア……どんな人だろう? 美人で頭がいいってレイリスは自慢してたけど。優しいといいな……色々と、教えてほしいことが多すぎる。


 俺は森へ向かって歩みを進めた。



 🔷



 「段々と木々が多くなってきたな。もうそろそろ森か?」


〈魂石〉を手にしてから、20分程歩いただろうか、前方に木造ロッジ風の家が見えてきた。贅沢な造りではないが、質素ながらも手入れの行き届いた瀟洒な家だ。


「あれがレイリスの家だろうか……」


 その家から7、8人の男が出てきた。俺は慌てて茂みに身を隠す。女性が一人、後ろ手に縛られた状態で担がれている。女性は意識がない様子だった。


『まずい……おそらく、あれがナーリアだよな』


 女性は大きく波打つ淡い栗色の髪に均整の取れた体型をしており、遠目にも美人とわかる。大半の男達は統一された鎧を着ており、動きにも無駄がない。おそらくレイリスが言っていた軍人崩れだろう。


『くそっ、せめて村で暴れていたような盗賊どもだったら……』


……逃げてもいいよな、いいはずだ。助ける義理もない。こんな訳のわからない状況に巻き込まれて……


――それでも。


 あの二人の戦いを目にし、その魂を託された。ここで背を向けてはいけない。そう思えてしまった。


『それにナーリアを助けて、ここのことを色々聞きたい。多分……ナーリアを助けないと何も始まらない……気がする……選択を誤るな……』


よし、行こう。


 ◇


 男は憤っていた。


『ったく! この軍人崩れどもは、格好つけやがて! 俺が1番最初にあのアマを見つけたんだぞ! 見つけたもんからヤれるのが、盗賊のルールだろうが!!  しかもあんな滅多にお目にかかれない上玉を!!』


 魔結界がどうのとか言って、女を将軍のところに連れて行くだとか。


『そんなのヤッたあとでいいじゃねぇか! こんないい女、二度とねぇ機会かもしれな……』


 スパンッ!


 俺は何も考えずに、とりあえず最後尾の男の首を刎ねた。コイツはおそらくただの盗賊だろう。だが、次の瞬間、先に軍人崩れを一人でも減らしておくべきだったと後悔した。


「敵襲!!」

「女を中心に陣形を組め! 斥候は索敵を!」

「やってますが、引っ掛かりません!」

「なに!」


 男たちは混乱しながらも素早く半円状に散開し、互いに距離を保ちながら防御の構えをとった。くっ、迂闊に踏み込めない。しかも、さっき【気殺】を発動したあたりから、ものすごく頭痛がして眩暈もする、吐きそうだ……もしかしてこれって魔素が……


「う、うわっーー! 不可視魔鬼インビシブルだ! だから魔の森は嫌だったんだ! くるなッ、くるなっ!!」


 半狂乱となった男がデタラメに剣を振り回す、おそらくコイツも盗賊だろう。とりあえずコイツも殺して数を減らすか。

 無造作に背後から近づき、首を刎ねようとした瞬間、


 ヒュッ!


 男がデタラメに振り回していた剣がすっぽ抜けて、俺の左肩に突き刺さった。


「……えっ?」


 かなりの勢いで左肩に飛んできたため、完全に貫かれるかと思ったが、剣先が食い込んだくらいで、深手というわけではない。だが、


「いたぞ!!」

「囲め! 目を離すな!!」

「殺すな! 手足を切り落とせ! 背後を確認する!」


 やばい、今ので【気殺】が……


 ズンッ


背後から衝撃を受け、思わず体が揺らぐ。


短剣ダガーが刺さらん!」


 どうやら背中に短刀の投擲を受けたようだ。だが、傷は負ったものの、完全に刺さってはいない。


「魔壁か……こいつは『職』持ちだ! 油断するな! 魔闘気を解放! 連携して、切り刻め!」


 この指揮官らしき男…さっきから恐ろしいことを! こっちは生まれて初めて受けた刀傷で、痛くて死にそうだってのに!


 【剣士】のおかげか、到底自分の動きとは思えない体捌きで、相手の剣をいなしていく。そして何より、〈魂奪の剣〉の威力がすごい。数度、まともに撃ち合えば、相手の剣の刀身が真っ二つだ。剣が折れた相手の右手を肘から容赦なく切り落とす。


「ぐぅぁっ!!」

「そいつは〈聖魔剣〉の類だ! まともに撃ち合うな!」


「……【斬剛撃】!!」


 指揮官らしき男が、一瞬で間合いを詰め、強烈な一撃を放ってくる。俺はかろうじて〈魂奪の剣〉で受け止めたが、勢いを殺しきれず後方へ吹っ飛ぶ。


「……俺の【斬剛撃】を……やはり貴様も【剣士】だな? だが、動きがまだまだ素人だ。【補正】に頼りすぎだ!」


』って、コイツも【剣士】か……だが、バルムなんかとは全然違う……レベルが段違いだ、コイツはやばい……


「ぐがっ!!……」


 左足に激痛が走る。下を見ると、先ほど右肘から腕を切り落とされた男が這いつくばって、短刀を俺の左袋はぎに突き立てている。


「ははっ、ちょうど俺がのたうち回っている所に来てくれてありがとよ!! お返しだ!!」


 さらに深く短刀を突き刺してくる。一瞬で俺は〈魂奪の剣〉を逆手にもちかえ、コイツの首に突き刺した。だが、


「今だ!!」


 残りの男達が一気に畳み掛けてきた。致命傷はないものの、本当に少しずつ切り刻まれていく……


『う、うわぁー! 【気殺】!!』


「消えた!」

「索敵かかりません!」

「全員、魔壁全開! 初撃だけなんとか耐えろ!! おおよその位置が掴めれば、あとは俺がやる!!」


 ◇


 遠くに奴らの声が聞こえるが、全く頭に入ってこない。とにかく逃げる、逃げるんだ。足に短刀が突き刺さったままだ。動くたびに激痛が走る。それがなくても、頭痛で頭が割れそうだ、視界はグラグラして気持ち悪い。さっきから何度も吐いている。顔もゲロと涙と鼻水でクチャグチャだ。それでも怖い、怖いから逃げる!! でも、何なんだ! この状況は! 何で俺がこんな目に!! 精神的にも肉体的にも限界だ……


 俺は大きな木の根元に倒れ込んだ……もう動けない、血を流しすぎたか……こんなあっさり死ぬのか、って言うか、さっき落雷で死んだばっかりじゃなかったのかよ……一体何なんだよ、これは……魂がどうのとか…魂……【魂の制御】……


「お、おい、発動しろよ、【魂の制御】! なんか、回復魔法的なスキルないのかよ! 何か回復できるのもは!?」


《---【魂の制御】発動。 【魂の回廊】にて検索。 【水聖魔法】該当。ただし、魂位、並びに【真魂再生】不足のため取得不可---》


「……へ?…ダ、ダメのかよ……はは……え? もう死ぬのか? あっけないもんだな……」


 何だったんだろうか、一体、この人生って……人生とも呼べんだろ、これ。1日も経ってないし……夢かな?? ただ、夢にしては……痛すぎる……日本で普通に生きてきて、そうそう痛みに耐性なんてできないんだよ……いっそのこと、この剣で……


《---所有する『魂石レイス』に回復スキル【回復促進】を確認。『魂石レイス』がスキル譲渡に合意。通常スキルとして【回復促進】を取得---》

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