80. 新たな神話

 茎の太さもどんどんと太く立派になり、もう直径一キロは優に超えているのではないだろうか?


 先端はもはや宇宙に達していて、青空の霞の向こうにうっすらとその姿を見せるばかりとなっている。


 巨大な葉が次々と展開し、途中でどんどんと枝分かれしていった枝先にはやがてつぼみが見えてくる。数十メートルはあろうかという大きなつぼみが無数に現われてきて大空を覆いつくしていく。


 と、その時だった――――。


 いきなり太陽が消えた。


 みんなが驚いて太陽の方を見ると、なんと皆既日食となって幻想的な光のリングが星空の中に浮かんでいる。


「ちょ、ちょっと、これ、どういうこと……?」


 オディールは焦って、金髪のおかっぱ娘に戻ったレヴィアに聞く。


「さぁ、分からん。じゃが、こんなことができるのは世界には一人しかおらんからのう。お主、よほど気に入られたと見える。カッカッカ」


 レヴィアは嬉しそうに笑った。


「月を動かせるお方……、はぁ……」


 オディールはそのとんでもない力に感嘆し、星空に怪しく煌めくリングを見上げた。


 やがて大樹のつぼみは黄金色の光をまとい、暗がりの中のランタンのように空を明るく照らし出す。


 どんどんと膨らんでいくつぼみは、最後には純白に輝く大輪のバラの花となって大空を埋め尽くしていく。開ききった白バラからはキラキラと輝く黄金の微粒子があふれ出してきた。


 光の微粒子はセントラル一帯に降り注ぎ、まるで花火の中に身を置いたかのような、美しい景色が広がっている。


 うわぁぁぁ!


 神秘的で壮大な花の演出に観客たちは歓声を上げ、大きな拍手が沸き上がった。


「うわぁ、素敵ねぇ……」


 ミラーナはうっとりしながら空を見上げ、まるで雨のように降り注ぐ神秘的な光の微粒子を手のひらで受ける。


 やがて日食が終わりを迎え、リングの端からまばゆい光が顔を出すダイヤモンドリングとなって大空を彩った。


 おぉ……。うわぁ……。


 ざわめく観衆。


 徐々に明るさを取り戻していく中、一本の枝がゆっくりと降りてくる。数十メートルはあろうかという巨大なバラのつぼみはステージの上に降り立つとゆっくりとその花びらを開いた。


 一体何が起こるのか、オディールたちも観客もみんな固唾を飲んで見守る。


 白バラから放たれる眩しい黄金色の輝き。吹きだしてくる黄金の微粒子の中、クリーム色の法衣をまとった女性がふわりと浮かびながら優雅に登場し、にこやかにオディールとミラーナへ向けて両手を広げた。


「め、女神様……」


 オディールは目を丸くして叫んだ。


 まさか創造神である偉大なる女神が来てくれるなんて思いもしなかったのだ。


 どよめく観客席。


 女神様のことは誰でも知っている。しかし、それは神話の世界の話であって、まさか実在し、降臨することがあるなんてみんな想像もしていなかった。


 みんなその人知を超えた創造神の降臨に圧倒され、慌てて手を合わせる。


 お、おぉぉぉぉ……。


 地響きのような歓喜の叫び声が響き渡り、涙を流し、打ち震える人々が続出した。


「人の子らよ、なんじらは幸いである。私の大切な二人の子供、オディールとミラーナの街に住まうことはまさに奇跡……。ありがたく思えよ」


 女神の伸びのあるつややかな声が観衆たちの魂に直接響き渡る。


 うぉぉぉぉぉぉ!


 数万人の観客は割れんばかりの歓声で女神に応え、女神は嬉しそうに微笑むと軽く手を上げ、うなずいた。


 宇宙からのバラに乗って現われた女神の降臨、それは新たな神話の一ページを紡ぎ、伝説となった。



          ◇



 女神は美しいウェディングドレスを身にまとった二人を並ばせると前に立ち、オディールを見つめた。


「オディールよ、汝はミラーナと結婚しようとしておる。汝は、ミラーナを愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、堅く節操を守ることを誓うか?」


 オディールはミラーナと目を合わすと幸せそうに微笑み、前を向いてしっかりと女神を見つめた。


「誓います!」


「絶対か?」


「絶対です!」


「もし、浮気でもしたらこの街焼き払うぞ?」


 女神は少し茶目っ気のある視線でオディールを見つめる。


「そんなことにはなりません!」


 ちょっと憤慨しながらオディールは返す。


 女神は嬉しそうにニコッと笑い、うなずくと今度はミラーナを見る。


「さて、ミラーナ、汝はここなオディールと結婚しようとしておる。汝は、常にオディールを愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、堅く節操を守ることを約束しますか?」


「誓います」


「よろしい!」


 女神はほほ笑み、うなずいた。


「ちょ、ちょっと、なぜミラーナには聞かないんですか?」


 納得いかないオディールは女神に噛みついた。


 すると、女神はテレパシーをオディールに飛ばし、ニヤッと笑う。


『結城くん、君、ちょっと東京で恋多かったかなぁ?』


 うっ……。


 オディールは言葉に詰まる。前世では仲良くなった女の子にすぐ惚れて、それでも告白できずに機会を逸し、何度も恋を散らしてきたヘタレな所業が全部バレていたのだ。


「別にオディールを疑ってるわけではないぞよ」


 女神はそう続け、オディールは「ははぁ」と観念したように頭を下げた。

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