56. 風神の猛威

 魔道トラックから一人の金髪の男が出てきて叫ぶ。


「貴様、オディールだな! 我が王都を脅かす魔女よ、成敗してくれるわ!」


 それは王子だった。


 二度と見たくなかったクソ王子。オディールはウンザリしてため息をつく。


「あのさぁ、僕が一体何をしたって言うんだよ。勝手な理由こじつけて暴力に訴えてくるなら、もう実力行使しかないよ?」


「ふん! ほざけ! お前らに軍隊などないことは調査済みだ。この街は俺が支配してやるんだよ!」


 王子はそう叫ぶと、自身の持つ【英雄】のスキル、【覇者の軍団】を唱えた。


 数百人の兵士たちの身体が黄金色に光り輝き、攻撃力も防御力も一気に何倍にも跳ね上がる。これはへーリング王族に代々伝わるチートスキルで、このスキルのおかげでへーリング王国は長年大陸一の王国として君臨できていたのだ。


 くっ!


 オディールは悩む。何倍に強くなろうが、【お天気】スキルによる大自然の猛威は圧倒的である。しかし、手加減しないと殺してしまうのだ。王子は自業自得としても個々の兵士には罪もないし、家族もいるだろう。いい感じに手加減をして戦意を喪失させないといけないが、それは簡単ではなかった。


「魔道部隊、砲撃用意!」


 王子の号令でトラックからワラワラと魔法使いが降りてきて呪文を唱え始める。


「あのバカ! フローレスナイト! 防御だ!」


 ガウッ!


 フローレスナイトは身を縮め、盾を立ててキャノピーを守る。


 直後、炎槍フレイムランス風刃ウインドカッターが嵐のように押し寄せて激しい爆発音とともに盾を穿うがっていく。


 キャァッ!


 その衝撃はすさまじく、ミラーナは思わずオディールに抱き着いた。


「ハッハッハーー! 見ろ! これが王族の力だ!」


 王子はガッツポーズをを振りかざし、興奮と歓喜の声を上げる。


「あのバッカ野郎め……」


 オディールは好き放題やるクソ王子への怒りが抑えられなくなり、ギリッと奥歯を鳴らした。


 楯もいつまでも持たない。もうもうと上がる爆煙からは盾の破片がパラパラと降ってくる。


 小刻みに震えるミラーナ。二人で花に囲まれてのんびりと暮らすはずだったのに、なぜこんなことになってしまったのか? オディールは申し訳なくて胸がつぶれるような思いがする。


 オディールは大きく息をつくと覚悟を決めた。理想ばかり言ってても殺されてしまう。これはれっきとした軍事侵攻、例え死者が出たとしても、それは正当防衛なのだ。


 オディールはミラーナの背中をやさしくなでる。


「大丈夫だって。見てて」


 オディールはキュッと口を結ぶと天に向かって両手を伸ばし、祭詞を叫んだ。


「【風神よ、砂をもて愚者を飲みこまん】!」


 澄み渡った砂漠の青空が一瞬ピカッと閃光を放つと、ゴゴゴゴゴと、地鳴りが響き渡る。


 魔道部隊の一方的な攻撃に動けなくなっているフローレスナイトを見て、ニヤニヤしていた王子だったが、いきなりの地鳴りに顔色を失った。


「へ……? な、なんだ?」


 横の方に何かがもくもくと巨大な黄色い壁のように立ち上がっていく。


 見上げんばかりに成長した黄色の壁はやがてものすごい速度で迫ってきた。その、見たこともない不気味な存在は王子に底知れぬ恐怖を呼び起こす。


「な、何だあれは!? 総員防御態勢! 来るぞーー!」


 王子が叫び終わると同時に激烈な砂嵐が王子の軍隊を襲った。


 グハァ! うぎゃあ!


 一気に何も見えなくなり、強烈な暴風が兵士たちを吹き飛ばし、魔道トラックを転がした。


 それはまるで地獄絵図だった。数百人もの屈強な兵士たちがあっという間に、何もできぬまま砂嵐の中吹き飛ばされていく。


 全てを無に帰す大自然の猛威は辺りを強烈な轟音で覆った。


 ミラーナはオディールにギュッと抱き着いてくる。オディールは苦々しい表情で壮絶な景色を見つめ、そっとミラーナの髪をなでた。


 幸せを紡ぐために使うべき【お天気】スキル、オディールは人を傷つけるために使ってしまったことに良心の呵責を感じる。


 先日の破滅の預言もこの先にあるのではないかと思うと、オディールは胸が苦しくなり、ミラーナをギュッと抱きしめた。


 しばらく響いていた轟音もやがて収まり、砂漠には静寂が訪れる。


 砂嵐が通った後には何も残っていなかった。


 ただ、一面の砂の海が広がるばかりとなっている。


「くっ……、あのバカのおかげで大惨事だ……」


 オディールは辺りを見回し、やりすぎてしまったことに困惑と後悔の色を浮かばせた。


 やがてあちこちでモコモコと砂が盛り上がると、中から兵士たちがよろよろと出てくる。


 もはや戦闘どころではなく、兵士たちは一生懸命仲間を掘り出し始めた。


「【ピィ太郎】! 手伝ってやりな!」


 オディールはゴーレムに指示を出し、ピィ太郎は『ピィ!』と敬礼して急いで救助へと走っていった。


「お前ら何やってる! 攻撃だ! 攻撃しろ!」


 砂まみれになった王子は、必死に救助している兵士たちに向かって怒鳴るが、誰も言うことを聞かない。ただ、声を掛け合いながら仲間を探し、掘り起こし続ける。


「くぅぅぅ……。情けない!」


 王子は転がった魔道トラックの上に座り頭を抱えた。


 卵型ゴーレムたちに乗ったケーニッヒたちもやってきて救助を手伝う。


 意識のないものには聖水を飲ませ、治療していった。


 いくら攻めてきた敵とは言え、命を奪うことはなるべく避ける。この世界では珍しい考え方ではあったが、それが日本的な発想から生まれたセント・フローレスティーナの矜持きょうじだったのだ。

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