第7話 〈最終話〉私の妹は、今度は私にお手紙を出してくるようです

 クリスマスパーティーの当日。私は別れを告げる手紙を残し、日の出と共に屋敷を後にしました。


 伯爵家から少し離れた場所にはすでに馬車が待っていてくれています。私が近づくと中からは見知った顔の老執事が出てきて丁寧に私を迎えてくれました。


「お迎えに上がりました」


「色々とありがとうございます。これからお世話になりますわ」


「何をおっしゃいます。これくらいの事、なんでもありませんとも」


 朗らかに微笑む老執事は婚約者様が1番信用を置いていらっしゃる方で、なにかと私のお願いも聞いてくださっていたのです。



 そう、この日……私は伯爵家を捨てることにしました。

 妹のワガママも、そのワガママを許す両親と妹可愛さにそれを黙認する親戚たちにも、もううんざりなのです。だから伯爵家とは縁を切って婚約者様の元へ嫁入り致します。


 さようなら、私が産まれ育った屋敷……まぁ、なんの未練もありませんけれど。












 ***










 そしてクリスマスパーティーが始まり、婚約者様は私をエスコートして下さいました。そして私と結婚して領地を治めると宣言なさったのです。









 みんなが祝福してくださる中、私が婚約者様の元へ嫁入りすると聞いてざわざわと騒ぎ出す集団が……あぁ、両親と妹ですね。


 やたらと着飾った両親と、私から奪った古くさいアンティークドレスを着た妹がヒステリックな声を上げていました。あのアンティークドレスは年代物ですから生地は上質な物なのですがサイズも合っていないし妹には似合っていません。自分でもわかっているはずなのにそれでも私から奪ったドレスだから私を悔しがらせるために着るのですからたいしたものですわ。


 どうやらこのパーティーで婚約者様が私との婚約を破棄して妹と結婚すると断言すると信じていたらしく「話が違う!」とか「この子の事を騙したの?!」とか「入婿して伯爵家を援助してくれるはすではなかったのか……?!」などと大騒ぎです。


 確かに結婚すれば、婚約者様は為に伯爵領を一緒に守ると言ってくださっていました。私にとって伯爵領に住まう人たちはこんな家族よりずっと大切な存在です。後継者としてひとりで伯爵領を見回る私に優しい声をかけてくれたのも、「ナイショですよ」ともぎたてのリンゴを丸かじりさせてくれたのも、全て伯爵領で働き暮らす方々なんですから。


 だから私は伯爵領を守る為に奮闘しました。


 妹が浪費する度に勝手に税を上げるお父様から領民を守る為に秘密で個人事業を立ち上げてその利益をまるで領民が納めた税金のように見せたり、バレないように節約したり……。ほとんどは私の名前でやり過せましたが、どうしてもお父様の署名が必要な時は言葉巧みに誘導してサインをもらいました。妹があれこれ欲しいと騒いでる時にお金の話をちらつかせれば簡単でしたわ。この数年、お父様は書面のお金の数字しか見ていませんでしたから、これだけ利益があって、これだけ宝石が買える。それだけわかれば満足なされていたのです。逆に私が引き継ぐまでよく伯爵領地が潰れずにいた事が奇跡ですわね。あ、その頃はまだ妹も小さかったのでそこまで高価な物は強請っていなかったからでしたわ。


 それでも今の婚約者様と婚約してからは、私が正式に伯爵家を継げば婚約者様と一緒に伯爵領を立て直せると信じていたのに結局はこんなことになってしまいましたけれど。


 この数ヶ月、私は婚約者様にこんな相談をしていました。


 伯爵領に住まう人たちを引き取ってもらえないか。と。


 婚約者様が私の気持ちを汲んでくださり、お父様たちにはバレないように話は進み、領民たちもみんな納得して私に付いてきてくれる事になったのてす。


 このクリスマスパーティーの日、まさに今。お父様たちが屋敷にいない間に領民たちの大移動がなされていることでしょう。もちろん正式な手続きは済ませてあります。その書類にはお父様の署名もあるのでなんの違法も犯しておりませんわよ。ただ、お父様がその内容を読みもせずにサインしただけですから。


 そして私自身ですが、一度伯爵家から籍を抜き、あらたに婚約者様の遠縁の伯爵家に養子縁組してもらえることになりました。私はもう成人しておりますし、こちらは思いの外簡単に出来ましたわ。なにより、私の後見人にとある方が名乗りを上げて下さいましたのでもしも両親が反対しても阻止することは出来なかったでしょう。


 これで立場的には同じ伯爵令嬢ではありますが、全く違う伯爵令嬢になれたのです。


 もはや元実家であるあの伯爵領はもぬけの殻。領民が全て移住してしまった領地などなんの意味もありません。どんなに妹が可愛くっても後継者であるはずの長子を養女に出し、領民にも見捨てられた伯爵領にどれだけの価値が残るのかが楽しみですわね。お父様もまさか「移民を認めれば補助金がもらえる」とだけ聞いてあんなに簡単にサインするなんて……その“移民”が、“この伯爵領に移民してくる”。のではなく、“他の領地に移民する”。事なのだとは考えもしなかったようですけれど。でも補助金はちゃんと渡しましたよ?まだ残ってるかなんて知りませんが。


 あら、まだあちらはモメてますのね。 なんでしょう「そんな結婚は認めない」とか「その男はわたしの物だ」とか叫んでますが……あ、警備兵に引きずられるようにして連れていかれました。やっと静かになりましたわ。ついでに両親が「こっちは大切な娘をもてあそばれた」だの「騙された」などと訴えてきたので妹が色々とやっていた悪事の証拠も暴露してあげました。


 なんとあの子、何人もの貴族令息を唆して弄んでいたのです。あんな妹に唆される方もどうかと思いますが、金品を貢がせていた挙げ句にフッた後は悪い噂を流してまるで自分が被害者のように振る舞うなんて……。中には家宝の宝石を騙し取られたらしく伯爵家を訴えると言っておられる方もいましたわ。最初は否定していた両親も山程の証言と証拠を見せつけられ「まさかあの子が」とガックリとその場に崩れ落ちてしまいました。これから賠償金の支払いが大変そうですわね。とんだ純真無垢な天使だったようですわ。





 こうして私は婚約者様と無事に結婚し、今では幸せに暮らしています。婚約者様の治める領地は領民も増え、とても豊かで平和ですのよ。


 え?婚約者様は何者かって……。


 その正体はこの国の第5王子様です。王子ではありますが王位継承権の順位は低く、無いも同然と言われておりますし御本人も王位には何の興味もないそうです。ですから王族から抜け、侯爵位と領地を頂いたそうなのですわ。その頃に私と出会い見初めて頂き婚約したのですが……。私と結婚するためなら伯爵家に婿入りしてもいい。とまで言ってくださったのです。ちなみに私の養子縁組で後見人になって下さったのは国王陛下ですわ。可愛い息子の一生の頼みだからと、引き受けてくださいましたわ。とても感謝しております。


 たぶん妹は私の婚約者様だからこそ欲したと思うのですが、もしかしたら王族の仲間入りが出来るとも考えてたのかもしれませんね。王位継承権は無いも同然の身だと説明はしていたはずですが、聞いていませんでしたのね。きっと。


 そういえばあれから妹も結婚したそうです。言い寄ってくる男性がまだいたようで良かったですわね。まぁ、その後伯爵家が破産して取り潰しになったと風の噂で聞きましたのでろくでもない男だったのだろうことは確かですが。詳細は知りません。私宛に妹から手紙は来るのですが全て暖炉の中へ直行しておりますから。


「くだらない内容の手紙はよく燃えますわね」


「本当に」


 ここは寒い地方ですから、妹も少しは役に立ちましたね。なんて言ったら妹にまた「酷い姉」だと言われることでしょうけど。








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