泡沫/泡沫 希生 への簡単な感想

 応募作品について、主催者フィンディルから簡単な感想を置いています。全ての作品に必ず感想を書くというわけではありませんのでご注意ください。

 指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。

 そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。


 またネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。




泡沫/泡沫 希生

https://kakuyomu.jp/works/16817330653263760921


フィンディルの解釈では、本作の方角は北北西です。


エンタメらしさを薄めたエンタメ、という印象です。SFが得意とする表現アプローチだと思います。

『「私」と「君」はただ話をしている。』としていますが、実は「ただ話している」だけではなく、ちゃんとエンタメらしい誘導は組めているんですよね。

最後は泡になるのだから自分達と自分達がやっていることに意味なんてない、そうかもしれないけどだからこそ意味を持ちたい、こうすれば意味が生まれるのではないか、そうかもしれないね。

エンタメらしい読み味の「問題提起」「葛藤」「解決策」「変化・成長」は認められるんですよね。人物を出して背景設定を出して場を整え、中核設定を出して問題提起をして焦点を合わせ、葛藤を経て解決策を提示して、物語開始時と比較して変化・成長を示す。ちゃんと読者をエンタメとして誘導しているのです。

この「問題提起」「葛藤」「解決策」「変化・成長」を太く派手に書いてみると、途端に真北エンタメになるだろうと思います。


本作はこの流れをあえて起伏に乏しく、あえてぼんやり描いていると思います。「君」の問題提起は会話のなかでふと思ったようなぼんやりさ、「私」の葛藤もどうしてそう願うのかはっきりしないぼんやりさ、解決策は解決策と呼べないほどか細く、変化は変化と捉えるには微小。骨組みはエンタメですが、その肉付けをあえて薄くしている。

このようにエンタメらしさを薄めたエンタメにすることで、エンタメらしい読みやすさ・読み方は維持しつつ、動きの激しいエンタメでは出しにくい「解決しきらない塩梅」や「奥行きのある穏やかさ」が表現できます。

またエンタメ構成の味付けをしっかり行わないことで、読者がそこにあるエンタメ的美味を自分から味わっていく楽しさを提供することもできます。


なおこの形式とSFの相性が良いのは、起伏に乏しく読者を引っ張りにくい物語展開に代わって個性的な設定で読者を引っ張ることができるからだろうと考えられます。

冷静に考えると本作の会話展開は「泡葬」を始めとしたSF設定なしでも概ねできるのですが、「泡葬」を始めとしたSF設定を入れることで読者のワクワク感を刺激できていると思います。

また世界観は大きいのに物語は小さい、という差が作品を魅力的に演出してくれる効果もあるだろうと思います。


以上からフィンディルは北北西と判断しています。

エンタメらしさ(≒北らしさ)を薄めたエンタメ(≒北)ということで、真北は指せずにフラついているけど、北が弱くなっているだけだから真北から大きく離れることはない。

北北東ではなく北北西なのは、本作で表出された特徴が(くっきりしない面白みを有する)西向きと同化しやすいから、というのがとりあえずの理由ですね。それ以上に東らしさ(と南らしさ)は一切ないから、というのが理由ですが。

泡沫さんは本作で西を目指されたとのことですが、おそらくそのアプローチとして「西らしい話を書こう」ではなく「北らしくない話を書こう」と思われたのではないかと妄想します。西に近づくというより北から遠ざかる意識だったのではないかと。遠ざかろうと思うとなかなか遠ざかれないものです。


余談ですが本作に対して読者が色々な方角を感じるのは、色々な方角の要素があるからではなく、北が弱くて北をしっかり感じられないからだと考えます。そのスープは鰹出汁なんだけど、舌に乗ったスープが薄味で「この出汁は何だろう」と頭で探した結果昆布や椎茸が候補として出てきてしまう。本作はこのパターンだと思います。北(=鰹出汁)が薄味で、色々な方角(=出汁)が候補に挙がっちゃうと。

もちろん良い悪いは別ですよ。飽くまで方角はこうだろう、という話です。


方角は置いておいて、SF作品として考えると「領星」「八十年ぶり」といった背景設定が魅力的だと思います。

「領星」ということは、他にも星を有する別組織がいるということです。支配領域を主張するのは、他に支配領域を主張する別組織がいるからです。支配領域を有するのが自分達だけならわざわざ領〇とはいわないでしょう。

ということは宇宙人がいるのかという話ですが、フィンディルとしてはそうではなく、かつてともに地球で暮らしていた他国なのではないかと想像します。別の星を領地にできるようになった結果、A国はA星も、B国はB星も領地にするようになった。そしてわざわざ惑星をシェアする必要はなくなった。それって私達が今抱いている国のイメージを破壊するものだなぁと思い、面白く感じました。一般的なSFって星由来で発生した組織がその星を支配するのですが、本作は地球上の国由来で発生した組織がその星を支配しているんじゃないかと思います。これって面白いなーと思います。

また「八十年ぶり」というのもSFらしくて面白いと思います。私達って地球を大事にしよう大事にしようと思い行動しているのですが、それって現状では替えが利かないからなんですよね。もし別の星に不自由なく居住できるようになったとしたら、我々は今みたいに地球を大事にしよう大事にしようと思えるのだろうか。資源が足りなくなったら、手狭になったら、別の星を領土に追加すればいいじゃん。だからそんなに星を大事にする必要ないじゃん。と思ってしまうのではないだろうか。それが「八十年ぶり」に出ているような気がして、面白いなと思います。

これらが背景設定に徹しているのもすごく良いと思います。


ただ一方指切りげんまんや火葬・墓などについて「知識として知っているだけだ」と付記すればそのまま出していい、としているのが少しだけ粗いかなと思います。「知識として知っている」は現実世界の文化をSF世界にそのままお手軽に出すための魔法の言葉ですので、その手法をこの短いお話で二度使っているのが少し気になりました。

また背景設定では私達の価値観と大きくズレていそうなのに、やりとり中に出てくる文化は私達の価値観およそそのままであることも少しだけ気になりました。「泡葬」の精神性も私達の感覚と大きく外れたものではない印象があります。さきほども述べましたが、「私」と「君」のやりとり(≒本作のストーリー)はおよそSF設定がなくてもできるものだと思います。

そういうことは十分ありえるので矛盾などではないのですが、背景に感じる設定の質感とやりとり中に感じる設定の質感に一定の接続感があると、よりSFが本作に馴染むかなと期待します。

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