魔王統譚レオサーガ・ジェフリー伝 ~流刑の獅子と島の守り人~

鳳洋

プロローグ 雪の夜の惨血

 アレクシオス帝暦一七九九年・十二月末日。


 その名の通り、古代の英雄アレクシオス大帝が即位した年を始まりとする暦の記念すべき一八〇〇年目が間もなくやって来ようとしている。年越しまで残り数刻を残すのみとなったこの夜、アレクジェリア大陸の北西に浮かぶフィリーゼ王国領の小さな島・ロッドウェル島は凍てつくような真冬の寒気に覆われていた。


「た……助けて……!」


 そのロッドウェル島の片隅に佇む小さな町・モイズヒル。深々しんしんと降り積もる雪は助けを求める少女の悲鳴を吸い込み、この閑静な寂れた北洋の田舎町にいつもと同じ静けさをもたらしている。


「やめ……て……」


 鋭い鉤爪で切り裂かれた頬から、血がぽたぽたと滴り落ちて足元の雪を赤く染める。震える声で懸命に命乞いする少女の細い首を、黒い獅子の魔人は片手で握ると人間離れした怪力でその小さな体を持ち上げた。


「お姉ちゃん……!」


 狭い路地裏の壁に背中を押しつけて怯えながら、少女の幼い妹は目の前の恐ろしい光景から顔を背ける。まるでライオンを擬人化したかのような漆黒の魔人は自分の頭を覆う長いたてがみに被った粉雪を厭うこともなく、冷然と少女の首をへし折ってその命を奪ったのである。


「次は貴様の番だ」


 息絶えて動かなくなった少女を路地裏の隅に放り投げた獅子の魔人はゆっくりと振り向くと、底冷えを誘うような残酷さを湛えた声で少女の妹にそう言った。


「助けて……神様……!」


 もはやできることはただ天に向かって祈るくらいしか残されていない。恐怖に青ざめ、両足の力が抜けて冷たい雪の上にへたり込んでしまった少女の妹に、獅子の魔人は凶暴な唸り声を上げて襲いかかった。

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