決まり手

「大葉物流、出稿が決まりました」


 数日後、役員会議に嬉しい知らせが舞い込んだ。


「新規クライアント、決めてきたのは朝倉さんです」

「おお、あの子が!」

「やるなあ」


 猫田の報告に、役員が口をそろえて喜びの声を上げる。天野もその一人だ。


「素晴らしいですね! お客様との繋がりが広がるのは良いことです」

「ありがとうございます」

「ところで、決まり手は何だったんですか?」


 天野が尋ねる。その言葉を待っていたかのように、猫田は口角を上げた。


「それがですね……」


 それは、パブが放送された翌日のこと。猫田はひなたに連れられ、大葉物流にお礼の挨拶へと向かった。そこには平松も同席していた。


『素晴らしかった!』


 顔を出すや否や、社長の大葉が口を開いた。


『ドライバーの皆も、あんな熱い思いを持ってたんだなあ。自分の会社だけど、感動した』

『よかったです』

『早速仕事の電話がいくつか入ってきてるよ。ありがとうね、朝倉さん!』

『こちらこそ、ありがとうございました』


 大葉は続ける。


『しかし、あの声が良かったなあ』

『声、ですか?』

『うん』

『ナレーションの……?』

『いや、現場にいた人の』


 即答する大葉の言葉に、彼女は目を丸めた。


『ナレーションもよかったけど、現場の実況っていうの? あれがすっと入ってきたんだよ……あれってもしかして朝倉さん?』

『え……あ、はい!』

『すごいね! 営業なのにあんなこともできちゃうんだ』

『ま、まあ……』


 「本当はアナウンサーになろうとしていた」と言うべきか迷ったが、少し話が入り組みそうなので軽く受け流そうとした。その時だった。


『なあ、平松くん』

『はい』

『うちのCMのナレーションさ、朝倉さんにやってもらえないかな』

『……へ?』


 ひなたから思わず間抜けな声が出た。


『わっ、私の、声ですか……?』

『うん。あなたに読んでもらいたいなあ。どうだ、平松くん』

『そうですねえ……ただ、マンカイ放送の社員ですからね……』


 猫田もいる以上、さすがの平松も即答が難しかった。2人の顔色を伺う。その猫田はひなたの顔色を伺っていた。


『え、えーっと……そう、ですね……』


 ひなたの頭上に、ある答えが浮かんだ。しかし、それを口に出すには憚られる。さすがに調子に乗っていると思われないだろうか。だが、筋のことを考えると、言わない手はない。


『仰る通り……私はマンカイ放送の人間です』


 一か八か、賭けてみることにした。


『他局に私の声が流れてしまうのは、厳しいかと……なので』

『なので?』


 ひなたは顔を上げ、大葉に投げかける。


『読みますから、CM契約はマンカイ放送で独占させていただけませんか?』


 沈黙が流れる。余計なことをしたと思った。だが言ってしまった以上、そのまま大葉の顔をじっと見続ける。


『そりゃそうしなきゃな! ハハハ!』


 大葉が手を叩いて笑った。


『平松先生、そこらへん仕切れってくれるな?』

『当たり前じゃないですか! マンカイ放送で1局使用、進めますね!』


 平松がひなたに親指を立てる。


『『ありがとうございます!』』


 猫田とひなたは深々と一礼した。


「と、いうわけでして」


 自信ありげに猫田が報告を終える。当然、天野は驚きを隠せない。


「朝倉さんの声が、決まり手だと……?」

「はい。CMを呼んでくれるなら朝倉さんにと。それならばと、当社の独占契約で、月額30万円のレギュラー枠を提案し、決定いただきました」

「……社員の、ナレーションで、ですか?」

「仰る通りです」

「……そう、ですか……」


 天野は椅子に背をもたれ、何とかその事実を咀嚼しようとしていた。


「天野局長」


 そこに猫田が畳みかける。


「アナウンサーほどではないにしても、お客様にとって営業はマンカイ放送の顔です。皆さまからすれば『知らない人』ではないのです」

「……しかし、話すのはアナウンサーの仕事であって―」

「確かに、営業の仕事ではないでしょう。ですが朝倉さんは、自らの声と話を武器にして、実際に営業をしてきました。これは、紛れもない事実では?」


 天野は何も返さない。


「これは決して越権行為ではない。声を武器に各々の役目を果たす……それが、カゲアナたちです」


 猫田は粛々と会議室を後にする。すっきりした表情を浮かべ、自らのデスクへと戻って行った。


「やっぱり……今回も、招いちゃったかなあ!」

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