「知らない人」

「ええ話やあ!!」


 猫田がハンカチを目元にあてて叫ぶ。ひなたの立ち会ったパブリシティの試写を見て、完全にその虜になってしまったようだった。


「大葉物流のプロ意識がビンビンに伝わって来るよ!」

「あ、ありがとうございます……」


 画面を覗き込んでいた影山も同調した。


「面白いパブリシティの使い方ですね」

「そうですか?」

「見る人にもすごく刺さると思います」


 アナウンサーを目指していた身としても、伝える力を評価されたのがひなたには嬉しかった。


「ありがとうございます!」


 そしてそれは、確かに自信となっていた。


「あと朝倉さんのリポートが良いよね」


 猫田が続ける。


「え、そうですか?」

「うん。それもあって見入っちゃうというか―」

「楽しそうですね」


 その声に、オフィスはしんと静まり返った。天野がこちらに向かってくる。彼はそのまま再生されていた画面に目を遣った。


「おお、面白いじゃないですか」

「あ、ありがとうございます……」

「物流会社のパブですか。確かに、実際の仕事風景を見てもらった方が、視聴者にとってもイメージがわきやすい」

「は、はい」

「ところで、この後ナレーションが入るんですよね?」

「え?」


 天野の問いに、ひなたが聞き返す。


「ナレーション、入るんですよね?」

「……いえ、これはこのまま行こうかと……」


 天野はきょとんとした顔をしてみせた。


「うーん……それは、どうなんだろうなあ。アナウンサーのナレーションがあった方が見る人も親近感がわくでしょう」

「えっと、えっと……」


 答えに悩む中、影山が割って入る。


「敢えてナレーションを入れず、生の声を使うということですよ」

「君は分かっていないな」

「……は?」

「知らない人の声じゃ、ダメだと言っているんだよ」

「え……」


 天野の目線は影山を向いている。しかしその言葉は間違いなくひなたに突き刺さった。崖の上から突き放され、海に落とされるような感覚。今にもよろめきそうになる。


(知らない人……そうか、そうだよね……)


 影山が一瞬こちらを向いた。そして再び天野を向き直す。


「それどういう意味ですか」

「そのまんまの意味だよ」


 天野は相変わらずの純真無垢な表情である。一方の影山は、彼女が今まで見てきた中でも間違いなく不機嫌だった。何も言わず、ただ確かに天野を睨みつける。彼の言葉は、影山にとっても侮辱と感じていた。


「では……」


 意識する間にひなたの口が先走っていた。


「比べてもらいませんか」

「……ん?」


 自分でも何を言ってるのか分からなかった。だが、啖呵を切った以上話し続けるしかない。


「ナレーションは入れても構いません。その代わり、私のリポートも残させてもらいます」

「ほう」

「終わった後、大葉物流さんに聞きに行きましょうよ。どっちが良かったかって」

「……大葉物流が、決めるの?」


 猫田の言う通り、正直あまり意味のない話である。


「はい!」


 しかし、あそこまで言われた以上、彼女も引き下がることはできなかった。アナウンサーになれなかった自分に火が点いたのは間違いなかった。


「なるほど、いいでしょう」


 柔和な笑みを浮かべて天野は了承した。この時点でもひなたは自分の言動が整理できていなかった。彼が去って数分後、後悔の波が押し寄せることとなる。

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