制作局長・天野蒼志

 マンカイ放送は、これまで以上の活気で賑わっていた。


「おはようございます!」

「天野さん、おはようございます!」


 制作局長・天野蒼志。キー局『フロンティアテレビジョン』からの出向で局へとやってきた。


「何よりもまずは挨拶から! 元気にいきましょう!」


 持ち前の明るさで、彼は瞬く間に社員の人気を集めていく。


「ん?」


 こちらに歩いてくる2つの人影が目に入る。


「おはよう!」

「天野さん。おはようございます」


 営業部1年目の朝倉ひなた。そして、隣に立つのは、自分がかねてより知る人物である。


「……おはようございます」

「おいおい! 声が小さいぞ、影山君! ハッハッハ!」


 彼の背中を叩く。それでも影山は変わらず軽く会釈しその場を通り過ぎて行った。ひなたもいつもと違う彼の姿が気になった。


「影山さん、いつもより元気ないですけど、大丈夫ですか?」

「……そうですか?」

「でも、天野さん人気ですよね」

「気になりますか?」

「もちろん。だってFCSの方でしょ? そんな方がマンカイ放送にいるなんて、凄いですよね」

「凄い、ですか……」


 影山の相槌がそれを肯定していないのは彼女にも分かった。


「あの、天野さんとどこかで面識があるんですか?」

「え?」

「『久しぶり』って言われてませんでしたっけ?」

「……ああ」


 そう言いいながら録音室のドアに手をかける。


「まあ、腐れ縁ですよ」


 天野は制作局長として、ロケに積極的に顔を出した。


「いただきまーす!」


 今カメラの前では、1年目のアナウンサー・岩戸ほたるが、中華料理屋をリポートしている。


「んっ……ん! げほっ! ごほっ! か、からああああい!!」

「ハハハ! うちの麻婆豆腐は辛いんですよ」

「ちょ、ちょっと! 笑っていないで水! 水を……」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます……ってこれ唐辛子入ってるじゃないですか!」

「大成功!」

「大成功じゃなくてちょっと!」


 ほたるの立ち回りに現場は爆笑に包まれていた。収録は見事に一発で終了し、次回の放送への期待が高まる。天野も満足そうに現場を見届ける。それもそのはず、この構成は、彼自身が考案したものだった。


「天野さん!」

「岩戸さん、よかったよ!」


 ほたるが彼の下へと駆け寄ってくる。


「もうヒリヒリですよー!」

「口の周りが真っ赤だね」

「ええ!?」

「うそうそ、ハハハ!」


 彼女も着任僅かの天野に対し、早々に心を開いた。空野や明子たちから話し方を学ぶ一方で、天野からはテレビでの魅せ方を教えてもらっている。


「テレビは、見る人にとっては一瞬の出来事だ。それを忘れられない体験にするのが僕たちの役目なんだよ」

「はい!」


 現場が撤収する中、2人は先に店の外へ出た。自販機で天野が自分と彼女の分のコーヒーを買う。


「しかし、岩戸さんはすごいなあ。1年目とは思えない」

「そ、そんな……私なんか、まだまだです」

「先輩の教育が良いんだろうね」

「はい! 本当に勉強させて貰っています。空野さんや光田さんはもちろんですけど、影山さんにも」


 天野の手が止まった。


「……影山くん? 営業の?」

「はい。影山さんって凄いんですよ。私たちとは別でアナウンサーの仕事任されているんです。『カゲアナ』っていうみたいなんですけど、確かに発声とか滑舌とかリスペクトしかなくて……天野さん?」

「ん? ああ! そうなんだ、色々な人から吸収できるなんてすごいよ」


 缶を開け、天野はコーヒーを口にする。


「……カゲアナ、ね」


 一言、そう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る