因縁
『岩戸さん』
その呼びかけに、座っていた彼女はイヤホンを外して反応した。
『あ、朝倉さん? どうしたの?』
アナウンススクールの休憩時間。ひなたは別に睨んでいるわけではないが、。周りの生徒が静かに成り行きを見守る。何しろ2人はスクールで一、二を争うライバルだ。会話をするだけでも緊張が走る。
『試験……どんな感じなの?』
『うーん、色々受けてるけど……難しい! やっぱりみんな凄いんだねえ! キー局も縁がなかったみたいで』
『……そう。マンカイ放送、受けるって聞いたけど』
『うん。えっ、もしかして朝倉さんも!?』
ひなたは静かに頷いた。
『やったー!』
『え?』
『知ってる人がいると心強いから! ねえねえ、前日入りする? よかったら夜ご飯でも―』
『—ごめん』
遮るようにひなたが返す。ほたるがきょとんとした表情で首を傾げた。
『私、当日に行くから』
『あ、そうなんだ! じゃあ、会場でね』
『言っておくけど、手加減とかしないから』
時折挟まれるひなたの挑発に周囲が耳をそばだてる。
『もちろんだよー! 頑張ろう?』
ひなたは何も言わず、踵を返しす。ほたるは再びイヤホンを挿して再生ボタンを押した。画面には、『アナウンス教室 vol.4』と現れる。数日後、2人の命運はくっきりと分かれることになった。
そして、今に至る。
「マンカイ放送新人アナウンサーの岩戸ほたると申します! 初めてのロケリポート、頑張ります!」
訪れたのは駅前のカフェ。情報番組『夕方マンカイ!!』のコーナー収録が行われている。初鳴きから1週間、彼女の反響はやはり相当なものだった。SNSのフォロワーは1,000を超え、男性のみならず女性からもファンを獲得している。そして早くも、こうしたロケ現場においてもデビューを果たすことになった。
ほたるは意気揚々と初ロケに臨んでいる。そしてひなたは今、それをカメラの後ろから眺めている。今日は先輩社員の付き添いだ。
「いやー、ありがとうございます。取材いただいて」
「いえいえ、こちらこそ! ご出稿いただいたんですから、応えないわけにはいきませんよ!」
先輩はお店の主人と和気藹々とした様子で話し込んでいる。
「それも、あの岩戸アナウンサーに食べてもらえるなんてねえ」
「今売り出し中ですから! これからもっとぐんと伸びていきますよ!」
ひなたはその場から少し距離を取る。導入の部分が撮り終わり、スタッフが出演する店員と打ち合わせを始める。
時折、ほたると目が合った。彼女は鏡でメイクをチェックしながら、こちらに向かって手を振ってくる。
「……え、なに? 何なの?」
誰にも聞こえない大きさでそう呟く。自分でも苛立っていることが分かった。今その鏡で自分の顔を見たらとんでもないことになっているのだろう。ほたるはそれを認識する前に打ち合わせに合流する。
「……朝倉さん?」
「……え? あ、はい!」
先輩社員がそばに立っていた。
「大丈夫? 体調、悪い?」
「い、いえ……」
「そう? ならいいけど……」
口に出した後で「はい」と言っておけば良かったと思った。
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