氷の令嬢は花を愛でる
@kanapon301015
氷の令嬢は花を愛でる
私、ノエル・グレイシアが
フリージア公爵家の
使用人となって早くも
三ヶ月程が経った
氷の令嬢…周囲から「凍血姫」
(とうけつき)と呼ばれる
銀髪碧眼の公爵令嬢
レティシア・フリージアは
とてもお綺麗な顔をしているのに
毎日が無愛想で、大変不機嫌である
一体、何が気に入らないのか
今日も今日とて毎日の日課
同じ様に銀髪碧眼ではあるが
レティシアとは違って
表情穏やかな血を分けた
実の妹であるフランシアを
私の見ている目の前にも関わらず
お小言は相変わらず途切れなかった
レティシアがフランシアに対して
ちくちくと言い続ける今日の内容とは
フランシア達が通う学園での
筆記試験の成績結果であるようだ
「フランシア、何故貴女は試験成績が
学年首位では無いの?日頃の勉学を
怠けていたの?」
「…ごめんなさい、お姉様…。」
フランシアは何も言う事ができない
それもこれもレティシア自身が全ての
文武において男女問わず学年首位だからだ
巷の貴族達も噂する様に
レティシアは間違いなく化け物である
「私にも出来る事が貴女に出来ない訳が
無いでしょう?日頃の努力が足りて
いないのではなくて?」
「はい、お姉様…」
フランシアが詰められ過ぎて
居ても立っても居られない気分になって
私はついにレティシアに口を挟んでしまった
「…レティシア様…フランシア様も
夜遅く迄頑張っていた事ですし…その…
お説教もその辺で…」
するとレティシアの冷たい視線と共に
攻撃の矛先が私へと向かう
私は心臓が握られた様な
背筋が凍る様なそんな気分になって
頬から冷や汗が流れた、こ、怖い
「お黙りなさい、ノエル。頑張ったから
結果がダメでした、何てお話にならないでしょう、下らない反論でわたくしの話を
遮るのであれば、クビよりも遥かに
恐ろしい目にあいたいのかしら?」
「…ひぇ…も、申し訳ございません」
怖すぎるレティシアの視線
心臓の脈が慣れない運動をした様に
早く脈打って、息も苦しいし
身体が寒くなってきた気がする
早くお家に帰りたい…
「…ノエル、私が至らなかったのは
事実なのです、本当に申し訳ありません
お姉様、微力を尽くして今後精進します」
震えて何も聞こえていない私を一瞥して
ため息を吐くレティシア、ため息も冷たく
凍える様な息なんじゃないだろうか。
ともかく何もかもが冷たい
「…興が削がれたわ。この話はお仕舞いにします。フランシア、今日は確か…ブランドン伯爵令嬢とお茶をするのでしたね?」
「はい、お姉様、フリージア家に
泥を塗らないよう気を引き締めて
行ってまいります」
「当然です。恥にならない様しっかりなさい。それでは私は用事があるので、また。」
静かにそう言ってレティシアは自室へと去る
あれだけ怒られていたにも関わらず
満面の微笑みで姉レティシアの背中を
見届ける妹フランシア、この姉妹は
対象的である、特に表情が
どちらも容姿端麗で私が男なら
絶対放っておかない、美人姉妹である
フランシアは人当たりの良さも有り
笑顔を絶やす事が無い人気の令嬢で
社交界では「花咲く令嬢」と呼ばれている
私も一押ししてる令嬢である
「…しかし…レティシア様は相変わらずですね…」
「…ノエルは知らないでしょうけど
お姉様はああ言うふうに厳しいけれど
実はとっても優しい方なのよ?」
「え?そうなのですか…?その様には見え…あ、失礼しました」
ちょっと言いかけて、慌てて口を摘むんで
私は誤魔化す様に頭を下げる
フランシアは何も聞いてませんよ、と
言った様に相変わらず満面の笑顔で
可愛らしく微笑んでいた。
私は事の発端のフランシアの成績が
ふと気になってしまったので
フランシアの試験の結果をチラ見した
─総合得点498/500 学年順位4位
減点の内容はどうやらスペルのミス
QとOの違い、そんな些細なものだ
私は目を疑った。
だって推しの令嬢の成績
思っていたよりも遥かに凄いんだもん
どうやら満点者が三人いた様で
その結果フランシアの成績は
学年4位だそうだ
これで怒られてしまうとは
「…あの、フランシア様…私
ブランドン伯爵令嬢との
お茶会の準備してきますね…」
「ええ、よろしくね、ノエル」
相変わらずフランシアの
微笑む姿は素敵だった
それから数刻が経って
ブランドン伯爵令嬢との
お茶会が始まった
私はてっきり友人との
楽しいお茶会を
想像していたのだけれど
談笑は最初のうちだけで
途中からフランシアと言うよりも
フリージア公爵家に対する
ブランドン伯爵令嬢の嫌味や
皮肉に似た暴言の数々である
フランシアはどの様な嫌味を
言われても笑顔を崩す事は無かった
終いにはそのフランシアの笑顔も
気に食わなかった様で
遂に事件は起きた
「そのヘラヘラした態度が癪に障りますわ!
今すぐ苦痛で歪めてあげる!!」
ブランドン伯爵令嬢はあろう事が
手に持っていたティーカップの中に
態と並々に注がれた熱々の紅茶を
フランシア目掛けて引っ掛けた
「フランシア様っ!!」
バシャッ!!
熱っ!?何これあっつ!?
私は咄嗟にフランシア様を
庇い壁となって身体を使って
紅茶を受け止めた
私が心を込めて淹れた
熱々の紅茶である
「ノエル!?」
「貴女の様なノロマな令嬢には
ノロマな使用人がお似合いね
それじゃあ、またね、フランシア様」
ブランドン伯爵令嬢は
そう吐き捨てて
清々しい顔でその場を後にした
私は紅茶をモロに被った部分が
火傷した様でズキズキと
痛みはじめてきた
容赦なく私が淹れた紅茶を
ぶちまけやがって…
ちくしょう、覚えてろ…
「ノエル…大丈夫…?」
「はい、大丈夫…です…。」
フランシアが私を心配して
すぐに駆け寄ってきてくれた
私の身体では全てを
受け切る事が出来ず
フランシアのドレスも
飛び散った紅茶で
シミになってしまい
目立つところが汚れてしまった
幸いな事はフランシアが
怪我を覆わなかった事だ
あのままならフランシアの
可愛らしい顔が火傷を負って
爛れてしまってたかもしれない
最悪の事態は免れたが
しかし、フランシアの
着ているドレス…これ、とても
大切な奴じゃなかったっけ…?
「フランシア様のお召し物が…
汚れてしまいました…
申し訳ございません…」
「…フローリア母様の…
…大切な形見のドレスなの…
貴女に怪我をさせて…それに
ドレスも…汚してしまいました…」
フランシアの眼から涙がポロポロと
溢れた、私は初めてフランシアの
泣く姿を見た、私のためにも
泣いてくれている
健気なフランシアの
その姿を見て私も悔しくなって
私の目からも涙が溢れた
おそらくフランシア以上に
涙が溢れて居た、それだけに悔しい
「フ…フランシア…様…私…が
至らない…ばかりに…もうじわげ…
ございまぜん…」
「ノエル…貴女の所為ではないわ…」
遠くの方で足音が聞こえる
今一番会いたくない人物がやって来た
「めそめそと騒々しいわね
一体どうしたと言うのかしら?」
レティシアの視線は
相変わらず鋭く冷たい
泣いてる私達を見回すと
何かを理解した様に頷き
一つため息をついた
「…フランシア…貴女の取り柄は
笑顔しか無いのだから
今すぐに泣くのをやめなさい。
それとドレスが汚れている様に見えるわ
すぐに着替えて、そのドレスを
私の所に持って来なさい、わかった?」
「…はい、お姉様…」
フランシアは涙を拭って
気丈に立ち上がる、暗い顔で
ゆっくりと自分の部屋へと
向かって行った。
レティシアは鬼かと思っていると
視線が私の方へと向けられた
殺気の様なモノを感じる
私はレティシアに殺されて
しまうのだろうか?
「ノエル…事情を全て説明しなさい
包み隠す事なく、一字一句確実に。」
「は…はい…レティシア様…」
私は身体の痛みを堪えながら
レティシアに起きた事の全てを
ブランドン伯爵令嬢への怒り混じりで
淡々とレティシアに説明した
話しているうちに悔しさと
身体の痛みでまた涙が溢れた
「事情はわかりました。…ノエル
フランシアを護った貴女の行動
実に、大義でありました
メイド長に事情を説明し
身体を手当した後
しばらくの間、休養を取る事
わかりましたか?」
てっきりお叱りを受けると
思っていたのだが
そう言う事ではない様だ
しかし、レティシアの顔は
神話の悪魔の様にとても怖い
その気になれば空気どころか
生き物の息の根まで
凍りそうな雰囲気である
「…早く行きなさい
後はわたくしが対処します」
「はい…レティシア様…」
ノエルが去った後、レティシアは
ギリギリと歯軋りをした
その表情はまるで鬼神の如き
怒りは烈火の様に轟々と燃え上がる
「ヌールッ!!」
レティシアが叫ぶと
何処からともなく男が現れる
執事服を見に纏った無表情の
銀髪の男、レティシアの目の前で
跪き、首を垂れる
正に典型的な主従の関係である
「…ここに、レティシア様」
「一部始終の裏取を、それと
ブランドン伯爵令嬢を招待して
是非、お気に入りのドレスで
参加してもらいたいの」
「…かしこまりました
状況はノエルがレティシア様に
伝えた通りでございます
裏取をする必要もございません
ブランドン伯爵令嬢を、招待致します」
「頼みましたよ、ヌール」
ヌールはレティシアに静かに
お辞儀して、霧の様に音もなく
その場から消え去った
ヌールが消えるや否や
鬼神の様な形相で指の骨を
バキバキと鳴らすレティシア
「さて、どの様に落とし前を
つけましょうか…」
レティシアの怒りのその表情の中に
冷たい微笑みの様なものがあった
翌日、ブランドン伯爵令嬢が
レティシアの案内の元
フリージア家に招待された
ブランドン伯爵令嬢は
それはそれは大層豪奢な
ドレスを着込んで
フリージアの家に現れたのだ
一方レティシアのドレスは
対象的に凄くシンプルだった
お茶会の準備はヌールが全て行った
「また、お招き頂いて光栄ですわ
レティシア様」
「…ええ、会えてとっても嬉しいわ
ブランドン伯爵令嬢」
微笑むブランドン伯爵令嬢に
静かに会釈するレティシア
「所で…フランシア様は…?」
レティシアの眉がピクリと動いたが
表情は一切変わる事なく
ブランドン伯爵令嬢に淡々と説明した
「さあ?昨日何があったのか…
妹は自室に篭っています
情け無い姿なので
今日はご遠慮下さい」
「…ふ…それは仕方ないわね」
レティシアはブランドン伯爵令嬢の
顔から一瞬笑みが溢れたのを
見逃さなかった、鋭い視線のまま
ブランドン伯爵令嬢を席へと案内する
席へと深々と座らせた後
レティシアは淡々と切り出した
冷静ながら怒りの炎が燃えている
「…所で…わたくしの居ない所で
随分とお楽しみになっていたようね?」
「…一体、な、何のことかしら…?」
ブランドン伯爵令嬢は話をはぐらかす
頬には冷や汗が流れている
「…何一つ解っていない様なので
貴女の様な愚図にも徹底的に
教えて差し上げます」
「痛っ!?」
ブランドン伯爵令嬢は
レティシアの左手に肩を
掴まれると激痛が走る
思いもよらない握力に
ブランドン伯爵令嬢は顔を歪ませた
レティシアが右手を伸ばすと
ヌールがすぐにティーポットを手渡す
ティーポットの蓋の空気穴から
熱々の湯気が漏れ出している
「ブランドン伯爵令嬢…
貴女には、フランシアを侮辱し
フリージア家の使用人を怪我させ
更に、家宝のドレスを汚してくださった
お礼をして差し上げます。」
「ひっ…!?お、お許しを…」
レティシアは邪悪な笑みを浮かべる
「…許しとは何ですか?
ブランドン伯爵令嬢…これは御礼です
一切遠慮する必要はありませんよ?」
「あ…あっ…や…やめて…」
ブランドン伯爵令嬢は
レティシアの力で
押さえつけられて
その場から動けない
恐怖で顔が引き攣る
「改めて、ブランドン伯爵令嬢には
丁寧に教えて差し上げます
この世でフランシアを
虐めて良いのは…後にも先にも
…わたくしだけなのですよ?
お分かりになりましたか?」
レティシアはティーポットの中に入った
淹れたばかりの中身を一切容赦なく
ブランドン伯爵令嬢に
注ぎ始めようとすると
フリージア家にブランドン伯爵令嬢の
悲痛な叫びが木霊した
「…おや?気絶してしまいましたか
思っていたよりも根性が
有りませんでしたね…ヌール」
「はい、レティシア様」
食器の片付けをほぼ終わらせたヌールは
手を止めて、レティシアの方へと
静かに身体を向ける
「生ゴミを捨てておいて
この娘を丁重にブランドン伯爵家に
送り届けてちょうだい、言うまでもなく
"熨斗かリボンも付けて"ね。」
「かしこまりました、レティシア様」
ヌールはレティシアに深々とお辞儀し
気絶したブランドン伯爵令嬢を
引きずってその場を離れた
その日の夜、私はフランシアに
汚れてしまったドレスをレティシアに
渡す様に頼まれた
形見のドレスを汚してしまったので
合わせる顔が無いと言う
確かにどの様な小言を言われるか
解ったもんじゃ無い
私はドレスを両手で大切に運び
レティシアの部屋の前まで来た
やけに静かである
レティシアの部屋をノックする
「レティシア様、入りますよ?」
返事は無かった、レティシアは
物書きやいろんな裁縫とかで
集中している事が良くあり
返事がない事もしばしばで
そのまま部屋に入る事も良くある
レティシアはその事に関しては
余り気にしていない様子だった
「レティシア様、フランシア様の
ドレスをお持ちしましたレティシア様?」
私はレティシアの部屋を見渡す
とても綺麗に整理整頓がされていて
レティシアの潔癖さを際立たせていた
私はレティシアを探しながら
部屋の中を移動すると
今迄に見た事のない
薄暗い入り口が本棚の隣にあった
「あれ?何だろ…この中かな?」
私は恐る恐る薄暗い入り口へと入る
薄暗い通路をゆっくりと直進して行って
しばらく歩く、すると明るい部屋へと出た
さっき迄薄暗い場所にいた所為か
明るさで目が眩む、私は咄嗟に目を瞑った
「レティシア様?いらっしゃいますか?」
返事は無かった、人気もない
私は眼を慣らしながら
ゆっくりと瞼を開く
目の前に映る光景に
自分の目を疑う
「…え…なにこれぇ…」
目に入って来た光景に唖然とした。
壁にはフランシアの写真、肖像画
本棚には「フランシア写真集」
「フランシア成長記録」が綺麗に並び
机の上にはフランシアを模した人形
デフォルメされたイラスト
フランシアを模したミニチュア
その隣には等身大の精巧な
フランシアの彫刻
終いにはベッドに少しセクシーな
フランシアが描かれた抱き枕である
一面がフランシア一色に染まった
花咲く令嬢部屋である、これはすごい
「え?何でこの部屋…フランシア様
だらけなの…?一体何で?」
私は余りの情報量に脳みそが
パンク寸前だった
この状況にドレスを抱えて
うんうん悩んでいると
背後から人?の気配がする
背筋が凍りつく様に冷たい
私は最悪の状況を脳裏に思い浮かべた
「…み、た、わ、ね…」
探していた聴き覚えのある声
私は即座に両親への感謝を
出来る限り頭に思い浮かべた
お父さんお母さん…今迄…
産んでくれて本当にありがとう
育ててくれて本当にありがとう
そして、先立つ不幸をお許し下さい
私はその場で動く事が出来ず
氷の彫刻の様に固まってしまった…。
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