聖ウァレンティヌスの日
阿々 亜
聖ウァレンティヌスの日1
「この世界の全ての恋人たちに呪いあれ......」
彼氏いない歴28年。
今年のバレンタインデーも例年通り、世界中の幸せに過ごす恋人たちを呪っていた。
場所は東京港区某所のカフェ。
輪蓮千夏とその幼馴染の
そして、店員が注文を取って立ち去ったあと、開口一番千夏が上記の言を吐いたのである。
「この世界の全ての恋人たちってことは、私も入るのかしら?」
葵はそう言って目を細めた。
葵には3年付き合っている彼氏がいた。
しかし、その彼は最近仕事が忙しくてなかなか休みが取れず、バレンタインデーの今日も仕事で会えないのだった。
「葵は親友だから、葵と葵の彼氏だけは慈悲をかけて生かしておいてあげる」
千夏はまるで人類すべての生殺与奪権を握る神ででもあるかのようにそう言った。
「ありがとう、とても嬉しいわ」
葵は苦笑いする。
(見た目はかわいいのに、この破天荒な言動と行動さえなければねー.......)
葵は親友の在りようを心の底から残念に思った。
千夏の容姿ははっきり言って美人であり、黙っていればそこらじゅうの男が集まってくるほどである。
しかし、どこをどう間違って育ったのか、千夏は攻撃的で喧嘩っ早いトラブルメーカーに育ってしまった。
大学時代の合コンで、「喋り方が調子に乗っててムカつく」と相手方の一人を開始5分で殴り倒したときには、葵ももう友達をやめようかと思った。
そうこうして、近づいてくる男を殴ったり、ドン引きされたりということを繰り返しているうちに、男が全く寄り付かなくなってしまった。
その結果、完全に自業自得なのだが、彼氏が全くできないことによって性格に嫉妬深さまで加ってしまったのだ。
「よし、とりあえず手始めに東京じゅうの恋人たちを呪い殺そう」
そう言って千夏は両手の指をわきわきと動かす。
「あんた、その性格でよくウエディングプランナーなんかやってるわよねー......」
そう、こんな千夏の職業はあろうことかウエディングプランナーなのである。
「だって、結婚にくわしくなったら、すぐ結婚できると思ったんだもん......」
と、こんな中学生みたいな発想で職業を選んでしまったのだった。
かくして、千夏は社会人になってからとずっと、憎くてしょうがない幸せな恋人たちの、人生で最も幸せ瞬間のために、身を粉にして働いているのだ。
千夏も哀れだが、千夏に担当されるカップルも縁起が悪いことこの上ない。
幸い、奇跡的に千夏の本性が顧客に気づかれたことはないが......
そんな他愛のない話をしていると、葵のかばんの中の携帯が鳴った。
葵は携帯を取り出し、相手を確認する。
「あれ、ユーリイからだ......」
ユーリイとは葵の彼氏のことである。
ちなみに愛称ではなく本名だ。
ユーリイは東欧の出身であった。
「今日も仕事だって言ってたのに、どうしたんだろう?」
葵は電話に出た。
「もしもし、どうしたの?うん、大丈夫。え、今から?うん、その、千夏と一緒に御飯食べてるだけだから。うん、わかった。じゃあ、あとで......」
そう言って葵は電話切った。
そして顔色を変えて、千夏の方に振り向く。
「ごめん、千夏、大変なの。おばあちゃん急に倒れちゃって......」
「いや、嘘つけ、明らかに男でしょ。内容モロバレなのに、よくそんな見え透いた嘘つけるわね?」
「ええ、そうなの、ユーリイが意識不明の重体なの」
「いやいや、完全に本人からの電話だったでしょ?」
そんなやり取りをしているうちに、日替わりランチプレートが届いた。
千夏は「私より男を取るのか」などど喚きつづけていたが、葵は構わず黙々とランチプレートを平らげた。
同時刻、丸の内オフィス街。
ユーリイ・E・ヴォロノフは恋人への電話を切ったあと、オフィスに戻るところだった。
ユーリイは長身細身で色が白く、すれ違う女性が必ず足を止めそうになる容姿の美しい青年だった。
「ユーリイ、どこ行ってたんだ?」
オフィスに戻った途端、同僚の
「部長は血圧上がって頭の血管が切れそうな勢いだ」
「そうか、それは申し訳ないナ........」
ユーリイはすこしイントネーションがずれながらも流暢な日本語でそう答えた。
「そう思うなら、なんとかこっちに残れないのか......」
「すまない。俺はもうここにいることはできない」
そう言ってユーリイは自分のデスクで手持ちの荷物を片付けたあと、オフィスを出た。
1時間後、ユーリイは丸の内の屋上庭園にいた。
そこへ、葵が現れる。
「どうしたの、急に?今日も仕事で会えないって言ってたじゃない?」
「仕事、辞めてきた......」
ユーリイはあまり感情のこもっていない声でぽつりとそう呟いた。
葵は一瞬理解できず、声がでなかった。
(あれほど、仕事熱心だったユーリイがなんで急に.......)
「数時間前、故郷から連絡があったんだ........」
葵はその言葉を聞いて嫌な予感がした。
葵はユーリイの故郷がどういう状況かよく知っていた。
その故郷からの連絡.......
いい連絡であることは少ない........
ユーリイは2月のまだ寒い空気をひしきり吸い込んでから、こう言った。
「兄さんが戦死した........」
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