第117話~失いつつある力~
美桜が突然意識を失い、倒れてから数十分後。
フローライト家の使用人に手配を受けた専属の医師が到着し、美桜の寝ている部屋には医師や屋敷の使用人、サントリナやアイリス、知らせを受けたオリヴァーやフロックス、ライラックの皆が集まっていた。
「美桜ちゃんが倒れたって、王宮で仕事をしていたら急に知らせが届いたから驚いたけど…。実際、何があったの?」
医師が、寝ている美桜の診察を行っている後ろで、フロックスがサントリナに問いかけていた。
そのやり取りを他の皆が静かに聞いていた。
「お兄様、お顔が怖いですわ。心配なのはわかりますが。はぁ…美桜ちゃん…突然倒れたんですの。本当に…突然。それからは何度も声を掛けているのですが、目を覚ます気配が見られません。」
サントリナは心配のあまり顔を強張らせる兄フロックスに呆れつつも冷静を装い淡々と当時の状況を説明した。
皆がサントリナの説明を静かに聞き、医師が美桜に診察をしているのを、ただただ見守るしか出来ない事に、今の美桜に何も出来ない事に、俯き、悔しさを押し殺すしか出来ずにいた。
医師が美桜の診察を終え、皆に告げた事はただ眠っているだけという事だった。
こればかりはどうにも出来ないとの事で、目を覚ますのを見守るしかないと告げた。
診察を終えた医師はその場にいる皆に軽く頭を下げ、部屋を出て行き、使用人の一人が医師を見送るため、部屋を出て行き後を追った。
サントリナやアイリス、オリヴァーやフロックス、ライラックはいつもの事ながら部屋に残り、その他の使用人の皆は各々仕事に戻る為、部屋を後にした。
部屋に残った五人はそれぞれ、目に入った椅子やソファに腰かけ、美桜が無事に目を覚ますのを祈り待つ事にした。
その頃、美桜は夢を見ていた。
「これは…いつもの…夢?私…何故、夢を…。そういえば…お茶のおかわりをもらおうと、ソファから立ち上がった時に、突然…意識が遠のくと言うか…なんだか、引っ張られるというか…変な感覚がしたんですよね。それにしても…ここは相変わらず、寂しくてカノンさんはいないのですね…。」
美桜は何もない白い世界の中にたたずみ、自分に起こった事を思い出しながら考え、辺りを見渡した。
今回も美桜一人で、相変わらず寂しい空間が広がっている。
美桜が何を試しても、夢から覚める気配がないのを感じ取り、その場で座り、状況を把握するため、思考を巡らせた。
「最近の夢は…カノンさんがいない事が多いです。前回の夢はカノンさんの声だけが聞こえて、触ったと思ったら一瞬でした…。入れ替わる前の夢は必ず、カノンさんの姿があって、お話が出来て、握手も出来て…。
そういえば、以前、占い師さんに力が消えかかっていると言われたのですよね…。それが関係している?前回の夢から覚めた時、サントリナお姉ちゃんが二日も寝ていたと言っていました。
以前、おまじないの本を調べた時に、回数制限があると書かれていました。それも関係しているのでしょうか…。『おまじない』それは…漢字で書くと『お呪い』と書くのですよね…。このまま…夢から覚めなかったら…。」
美桜は考えれば考えるほど気分が沈んでいき、膝を抱えて俯き、足に顔を埋めた。
「皆に…会いたいです…。」
『一ノ瀬さん!』
『美桜ちゃん!』
『『『美桜!!』』』
「…雅君…いのりちゃん…お兄ちゃん…お父さん、お母さん…。」
美桜の頭の中に、現代日本にいる大切な人達の声や姿がよぎり、次第に涙が溢れてきた。
現代日本にいる美桜の大切な人達と同じくらい、大切な人達も美桜の頭の中をよぎった。
『『美桜ちゃん』』
『美桜さん』
『美桜様!』
『美桜嬢』
『『『美桜様!!』』』
「サントリナお姉ちゃん…フロックスお兄ちゃん…オリヴァーお父さん…アイリスさん…殿下…屋敷やアザレアの皆さん…。会いたいです…。」
美桜は、頭の中に浮かぶ大切な人達を思い浮かべながら、溢れてくる涙を抑えきれずにいた。
そんな美桜の心に、ふと負の感情が芽生えた。
「…つまら…ない…。こんな…うまくいき始めた時に…倒れて…夢に閉じ込められるなんて…そんなの……………つまらない。」
美桜が負の感情からくる言葉、『つまらない』をつぶやくと、どこからか声が聞こえ始めた。
「美桜ちゃん…お願い…目を…覚まして…。」
「美桜ちゃんの…大事な妹の元気な姿…また見たい…。」
「美桜さん…君のおかげで街がものすごく活発になっているのだよ…。その目で見て欲しい。だから…目を覚まして欲しい。」
「美桜様…もっとお話、聞かせてください…。お友達同士の会話…美桜様ともっとお話し…したいです。」
「美桜嬢…正直、カノン嬢の体なのに、人格が違うのは戸惑う事もあって、複雑だけど…。それでも…今の国の形は、まぎれもなく君の力だ…。君は、この国にとって、大切な国民の一人だ。どうか…大切な民の目が、覚めますように。…女神様、どうか…願いをお受け取りください…。」
美桜の耳に入ってきたのは、美桜を心配し、美桜を想い、祈る声だった。
美桜は足に埋めていた顔を上げ、声のする方に目を向けた。
寂しい世界のはずなのに、その場所だけ光り輝いて見えた。
美桜は涙をぬぐい、立ち上がり、声のする方に手を伸ばした。
「皆さんの…祈る、優しい声。目を…覚まさなきゃ…。夢に閉じ込められるなんて…嫌です。私の人生…まだ……終わってない。………世界が…ぐらつき始めました…。もうすぐ…目が覚める。」
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