第108話~自立~

美桜が久しぶりにアザレアに行った翌日。


この日、カノンの兄フロックスは父、オリヴァーと王宮へ会議に行き、サントリナは個人的に行きたい場所があるとの事で出掛けて行った。


美桜は目を覚ましてから誰かしらと共に行動していたので一人で行動するのを久しぶりに感じていた。


「(今日は私一人…。何もしないのは落ち着かないので今日もアザレアに行きましょう。)」


美桜は軽装に着替え、侍女のリリーや護衛を付けてアザレアへと向かった。


美桜がアザレアへと着き、護衛と離れ、リリーと一緒にアザレアの長のハンプスのもとへと行った。


ハンプスの家に行き、美桜は家の中に案内され、美桜自身久しぶりにハンプスと対談する事になった。


「……。(ハンプスさんと個別でお話しするの…久しぶりで…緊張します。)」


美桜が緊張の表情を浮かべていると、先にハンプスが口を開いた。


「カノン様…災害の時は誰よりもいち早くこのアザレアに来て頂きありがとうございました。街の皆でやるべき事を…カノン様にさせてしまいました。」

「い、いえ…そんな…。」


ハンプスが美桜に向かって座りながらも頭を下げてきた。

美桜はカノンの日記で災害の事やその後の事を知っていたが、ハンプスの行動にたじろぎ、否定した。

今の空気にいたたまれず、今度は美桜が口を開いた。


「あ、あの、そういえば街並み…随分とキレイになりましたが、所々建物が欠けていて、街の景観に合わない気がするのですが、直さないのですか?少しもったいない気がします。あ!もし予算が足りないなら…。」

「あぁ…いえ…予算などではありません。街の皆の意見です。皆が好んで今の景観を保とうとしているのです。」


美桜の言葉に頭を下げていたハンプスが頭を上げ申し訳なさそうな表情を浮かべた。

美桜はハンプスの言葉に少し表情が沈んだがすぐに引き締めた顔に切り替えた。


「そうですか…。あ、あの!他に…他に私に出来る事はありますか?!炊き出しとか、お菓子の指導とか!何か…何かありますか!!」

「……お気持ちは…嬉しいのですが…今は…何も…。炊き出しも…必要ないくらいに経済が回り始めていまして…食材も他の街で調達したり、自給自足も前より補えて…。」


ハンプスの言葉に美桜はまたしても表情が沈んだ。


「昨日…フロックス様にも相談した事なのですが…。私達…自立したいと考えています。今まで受けた御恩はお返しします。この街の為に使って頂いた労力や予算分…。時間はかかりますが、今後の税金の引き上げ等でお返ししたいと思っています。」


自立したい。

そのハンプスの言葉は街としていろいろ機能し始めた彼らにとっては当然の志だが、美桜にとっては拒絶にも感じる言葉だった。

受け取り方の問題もあるだろうが、アザレアの事を想いこの世界に来た美桜は寂しさを感じた。


「そう…ですか…。お話、ありがとうございました。お邪魔…しました。他も回ってみます。」


美桜は少し震える拳を握り、静かに立ち上がり、ハンプスに頭を軽く下げ踵を返してその場を後にした。


「美桜様!お疲れさまでした!……美桜様?どうかされましたか?お顔の色…悪いです…。」

「大丈夫です…。他…見て回りましょう。」


美桜は心配して声を掛けて来てくれたリリーに静かに応え、静かに街中に歩き出した。

リリーはいつもの雰囲気とは違う美桜に戸惑った。

ハンプスの家の中でどんな会話があったのか疑問に思ったが美桜をまとう空気が聞いてはいけないと言っているようで、リリーは何も聞けずただ美桜について行く事しか出来ずにいた。


美桜は街中を歩き回りお菓子屋さん、カフェ、北の農園、砂糖の実の加工場、チョコレートの実の加工場…至る所に行き自分に何が出来るか、出来る事はないか、困っている事はないか声を掛けまった。


だが、皆から返ってくる言葉は「大丈夫です。特に問題ありません。」この一言のみだった。

美桜は最初でこそ平然を装っていたが、返ってくる言葉を重ねるたびに次第に心に影を落とし始めた。


街を一通り回り、結局何も出来ないまま美桜は護衛と馬車と合流し帰路に着いた。



帰りの馬車内。

リリーと美桜は馬車内で話す事もなく静かに過ごしていた。

その空気は重いもので、リリーは何を話していいか、声を掛けようか迷ったが、何も言葉が思い浮かばず下を俯く事しか出来なかった。


美桜もまたこの日も一人俯き、考え込んでいた。

「(今日も…何も出来なかったです…。昨日も思いましたが…私がこの世界でできる事…もうないのでは…ないでしょうか…。アザレアの事…心配して来てみても…皆さん自分の力で立ち上がって…もうあの時のように俯いていません。人は日々努力し、進化する。まさにその段階…けど…何も出来ないのは…寂しいです。以前は…あんなにも頼ってくださったのに…。もう、いらないと言われているみたいで…冷たく…感じます。感じるだけで、皆さんは悪くないのに…。自立は…喜ばしい事のはずなのに…。)」


考えれば考えるほど、美桜は何も出来ない事に悔しさが込み上げ、次第に目から涙がこぼれ落ち始めた。

美桜はワンピースを握り、込み上げる感情をただ堪える事しか出来ずにいた。

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