第86話~もう一度行きたい(後編)~

部屋に残された二人はドアの方を呆然と見ていた。


「…お兄ちゃん…雅君を認めた?本当に…素直じゃないです…。」

「認められたのかな…。柄にもなく、たくさん言い返してしまったけど……。」

「…ふふっ…たしかに…お兄ちゃんの前だと雅君、すごく強気発言です。」

二人は顔を見合わせてまた笑い合う。


かなめさんに言われてしまったけど…ずっと呼ぶタイミング考えてたんだ…。でも、そんなのかなめさんの言う通りだ…想うなら…。ずっと待たせてごめんね…。美桜ちゃん。」

峰岸君は美桜に近づき、優しい表情を浮かべ気持ちを伝え、美桜の名前を呼んだ。

美桜はそんな峰岸君にそっと抱き着き、美桜の行動に動揺する峰岸君。


「み…美桜ちゃん…?」

「本当に…待ちました…。でも、待ったかいがあります。……好きな人に呼んでもらう名前は特別ですね。」

美桜は少し抱き着いていた体を離し、ちょっとだけ見上げる峰岸君の目を見ながら照れた笑顔を見せた。


その笑顔に峰岸君は心を打たれ左手は美桜の腰に回し、右手は後頭部に回して美桜を抱き寄せ目を閉じて口づけた。

美桜も合わせるように目を閉じる。


二人は口づけていたのを離し、ゆっくりと目を開け、しばし見つめ合う。

その中で口を開いたのは美桜だった。

美桜は少し俯き、覚悟を決めた目をして顔を上げ、峰岸君の目を見て伝えた。


「…あの…雅君…私…もう一度…異世界に行きたいです。いつ行けるかわかりません。行けたとしても、いつ帰ってこられるかわかりません。…それでも、私の事…待ってて…くれますか。」

「…美桜ちゃん。……ずっと待ってる。約束するよ。……あと、予約。」


峰岸君はそう言うと美桜の左手を優しく取り指を自分の口元に持っていき、薬指に優しく口づけた。

美桜は峰岸君の行動にこれ以上ないくらい顔を真っ赤にする。


峰岸君は「君に負けないくらい強くならなきゃ」と少し寂しそうに笑った。

その笑顔に美桜は込み上げそうになった寂しさを押し殺し、峰岸君の右頬に優しく口づけ、湿っぽくならないようにとびきりの笑顔を見せた。

峰岸君も美桜の想いを受け取り寂しさを押し殺し、優しい笑顔を浮かべた。


二人は峰岸君が帰るギリギリまで甘い時間を過ごし、その後峰岸君はまた学校でと挨拶を交わし帰っていった。


峰岸君が帰っていった後、夕食の時間がきて美桜は家族と他愛もない会話をしながら夕食を楽しむ。

かなめの宣言通り苦手なものが出たが、一口だけ食べた後にかなめが残りを平らげてくれて、美桜の為に好物のグラタンもあったので完食に終わった。

そうした家族の時間を心に刻んでいた。



美桜は眠りにつく前、いつものように日記を書いており、今回は別で手紙も書いていた。

それはカノン宛だ。


美桜が日記や手紙を書き終わり、おまじないの本を手にしながらベッドへ入る。

本の中を開いて強く願った。

叶うかどうかはわからない。

けど、やらなければならない…そんな感情を胸に。


「(私…このまま…やり残した事があるまま人生を歩むなんて出来ません。人生を『つまらない』で終わらせたくない。それこそ本当に『つまらない』。)

リアライズチェンジ…どうか…叶えて。」

美桜はおまじないを唱え終わり眠りについた。




―――翌日の昼。一ノ瀬家のダイニング。


かなめはお昼ご飯を食べる為に部屋からダイニングテーブルに出てきた。

すでに昼ご飯の用意は出来ており、父と母がテーブルについていた。

美桜の姿が見えない事に疑問に思ったかなめが母に問う。

「あれ、美桜は?」

「まだ起きてきてないの。朝も呼んだんだけど、起きなくて…熟睡しているのかなと思って。もう一度お昼ご飯の声掛けに呼びに行ってみるわ。」


母はそう言って美桜の部屋へ向かった。

だが数分経っても母も美桜も来ない事に疑問に思った父とかなめは美桜の部屋へ向かった。


父とかなめが美桜の部屋へ入り、母に声を掛けるとドアの方にいた二人に体を向けた。

その目には涙を浮かべており、二人に震えた声で伝える。

「……美桜が…目を覚ましてくれないの。」

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