第4話~カノンの自伝(Ⅰ)~

 使用人の手を借りて身支度を整えた美桜は、使用人の案内で食堂で朝食を採っていた。


「(若い使用人さんは普通に接してくれるけど、ご年配の使用人さんはカノンさんに対する態度が少し冷たい気がするのはなぜでしょう)」


 美桜は心に引っかかる気持ちはあるが、それは後で考えることにして、朝食を早々に済ませて部屋に戻ることにした。


「よし、まずは状況の整理をしましょう……。

会話は……先ほど出来ていたので、大丈夫として……文字は……」


 読み書きのほうは部屋にあった本やペンで試してみた。


「文字も……読み書きできます……。

どうして……」


 いろいろ考えてみた結果、一つの考察が生まれた。

 長年使っている言葉や文字の読み書きは、その人自身の身についているものだから癖のようなもので、自然と出来てしまっているのではないかということだ。


 だがそれ以外の知識や技術、記憶、考えは美桜のままだ。

 おおむね整理できたところでさっきの紙の束を一枚ずつ読んでいく。


 その内容はカノンの自伝だった。

 美桜は最初読むことに躊躇ったが、読み進めてみることにした。


***


 アルストロメリア王国の侯爵令嬢であるカノン・グレイス・フローライト。


 彼女はフローライト家の末娘として生まれ、令嬢として必要な教養をそつ無くやり遂げる。

 だがそれは彼女自身の負けず嫌いの性格故に妥協を許さず、誰が見ても納得のいくよう影で予習・復習をし完璧になるよう仕上げていた。


 そんな彼女の努力を知らない家族や他の貴族からは、末娘と言う生い立ちや失敗のない完璧な令嬢と言う理由で彼女を必要以上に甘やかす。

 日頃から人に囲まれ華やかな生活の中で何不自由ない生活。


 傍から見ればどこに不満があるのだと思うかもしれないが、自分で手に入れた地位でもなければ、自分から習いたいと言ったわけでもない。


 親が決めた道を当たり前のように進んでいて、まるで自分の意思はそこにないような気がして今の生活や周囲の対応、自分の日頃の振る舞いにさえも「つまらない」そう呟くようになった。


「さすがカノン様。

何を教えても一度で完璧にこなすのですから、もうこれ以上私がお教えできるものはありませんわ。

このような逸材のお嬢様を持って旦那様は鼻が高いですわね」


 家庭教師もこのような調子で褒め称える。


「さすがは私の娘だ。

何をさせても完璧だ。

これで社交界に出るとなれば他の貴族達が黙っていないだろう。

ましてや容姿も申し分ないのだ。


私はとても鼻が高いぞ。

褒美に欲しいものを何でも買おう。

ドレスでもアクセサリーでも何でもよいぞ」


 父も日頃からこの調子だ。


 こんな環境が続き、気がつけば17歳。

幼少のころは良くてもさすがにこうも甘やかされ続ければうんざりする。


「いい加減、年を考えて甘やかすのはやめてもらえないかしら」


 ため息交じりに呟くカノンは他の令嬢とは少しずれていた。


 このように甘やかされれば我が儘で自己中心的な振る舞いをしてしまうだろう。

だが当の本人はドレスやアクセサリー、社交界と言う令嬢達が興味津々なものには目もくれず、古代の歴史や政治、法に関するものに心を奪われていたのだ。


 そのことを父に話してみたら令嬢らしくないと一蹴された。


「『女は政治にかかわるな』なんて考えが古いわ。

女だろうが男だろうが、国をよくしていこうとする気持ちを持つもの達で協力していけば、良い政策が行えるはずなのに。

お父様のわからずや。

いいわ、それなら私が社交界で他の貴族たちに直接掛け合ってみるしかないわ」


そう意気込むカノンだった。

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