Sid.27 乗り越えるべき壁高し

「忌憚のない意見を聞かせてもらえればと」

「新メニューか?」

「そうです」


 おっさん連中、しげしげと見てるけど、さっさと食って不味いでも美味いでも、言って欲しいんだよなあ。

 瑞樹も気になるのか、作業しつつもおっさんの動向を見てるし。


「タダ、なんだよな?」

「試食ですからね。お代はいただけませんよ」

「じゃあ、遠慮なく」


 一人前を分けて出した。二種類のメニューを半分ずつだ。

 早速口に運ぶおっさんだが、黙々と食ってるだけなんだよなあ。意見は食い終わってからってことか。

 しっかり食べ終えると「ごっそさん」と言いながら、水を飲み「ふぅ」とため息を吐き「お冷やおかわり」とか言って、空いたグラスにすかさず水を注ぐ瑞樹だ。ぐびっと飲み干して軽い咳払いまでしてるし。

 おっさん、妙な前振りは要らないんだがな。


「いいんじゃないか」

「そうだな。強い化調の味も無いし自然だ」


 ジャンクフードに慣れた人には、薄味と思えるかもしれないが、一般的には充分だろうと言ってる。俺みたいなバカ舌の持ち主だと、確かに薄く感じるんだよな。ただ、瑞樹にはいい塩梅だそうだから、おっさんもまた同じ感想を持ったと。

 まあ、標準的な味付けってことで、とりあえず「合格だ」と言ってもらえた。


「上を目指すなら、もう少し手を掛けた方がいいぞ」

「ランチですよ。間に合いませんって」

「仕込みでしっかり手を掛けりゃいいだろ」


 そうなんだけど、仕込みに時間を掛ける、ってことは負担がさらに増す。現状、俺ひとりで作業してるから、さすがにきついんだよ。

 こんなの言っても詮無いことだが。客には関係ない話だし。


「瑞樹が大学卒業して、うち専門になったら」

「ケチケチしないで他に雇えばいいだろ」

「無理ですって。現時点でかつかつなんですよ」

「ま、俺らにしてみれば、暇な店は寛げるけどな」


 がっはっは、と品の無い笑いを噛ますおっさんだし。

 暇な店だから長居しても文句を言われない、なんてのも居心地の良さに繋がるとかで。今後忙しい店になると来店機会が減るかもな、とか意味ないじゃん。


「客席も増やすのか?」

「その予定です」

「若い人を呼び込む?」

「そうですね。できれば」


 騒々しい店になるのは嫌だとか言ってる。俺もそれは嫌なんだが、若い人を呼び込むってことは、騒々しさもセットになるし。それでもおばさん連中の溜まり場より、まだ遥かにましだと思う。そもそも今の若者なんて、スマホばっかりいじって、会話自体も少ないだろうし。瑞樹の友人が例外なんだよ。

 あとは「映え」なんて言って、写真撮るのに夢中で食事しない連中だな。そんな連中には来て欲しくないし。


「あれか? なんたら映えとか」

「それは遠慮したいです」

「話に聞くだけだが、あんなの呼び込んでも意味無いだろ」

「残飯が増えるだけですね」


 食い物を粗末にするだけで、売れりゃいい店主には都合がいいだろうけど。俺はそういうのは排除したいし、何より勿体無いからな。

 奇を衒うようなものはやらない。あくまで見た目普通で味がいい、ってのが理想だ。

 映え、なんて言ってる連中は所詮、見た目重視だから、うちには来ないだろう。

 あ、そうだ。


「今月中に一度改装するので、少し休業する予定なんです」

「改装? この古びた感じじゃ駄目なのか?」

「古びた……まあ、そうですけど、それだと若い子を」

「若い子なんて減る一方だぞ。爺相手の店の方が流行らないか?」


 人数の多い世代を対象にした方が、とか言ってるけど、それだと爺むさい喫茶店になるでしょ。若い人が寄り付かなくなるし。少ないとは言っても、やっぱり取り込んでおきたいし、常連化してくれればね。地元の人なら長い付き合いもできる、なんて可能性も。


「どっちにしてもあれだな、俺らは老い先短いからな」

「好きにやりゃいい。味はまあ、もっと頑張りましょうって奴だ」


 この先、本気で客を増やしたいならば、まだまだ改良の余地はあるぞと。

 これまでよりは良くなった、であって、客を呼ぶにはまだ弱いからだそうで。やっぱり化調を使った方が、なんか旨いと思わせそうな。

 いやいや、それだと舌の肥えた客には通じない。今まで楽してたからなあ。

 俺ひとりの時はそれでもよかった。でも、今は瑞樹も居るから、現状維持はアウトだ。仕方ない。もっと改良を加えてみるか。


 ランチタイムが終わり店内が閑散とする時間。

 瑞樹と一緒にカウンターに並んで、遅い昼飯を食いながら話が出た。


「まだ合格じゃないんですね」

「見込んだ通り、おっさん連中、舌が肥えてる」

「もう少し改良するんですか?」

「そうだね。今のままじゃ無理みたいだから」


 店の中をいじったり、店頭を飾っても肝心要の料理がなあ。あのおっさんを唸らせないと、客の増加は見込めない。

 趣味の延長線上でやってきたからなあ。味なんて分からんし。


「美味いと評判の店巡りでもするか」

「口コミ評価の高い店ですか?」

「口コミもなあ。当てになる部分とならない部分があるし」


 ラーメン店なんて、好みがはっきりしてる分、家系が最高と言う人も居れば、家系は脂ギトギトで食えん、なんて人も居る。澄んだ鶏がらスープのシンプルな奴が一番、とか言う人も居るわけだし。真っ黒なスープが美味いなんて高評価の一方で、しょっぱいだけ、なんて意見もある。

 万人受けってのは無理なんだよなあ。


 そもそも論で客と言えど、正確な味覚を持ち合わせているのか、ってのもあるわけだ。何をもって美味い不味いを言ってるのかもある。

 幼少の頃に口にして馴染んだ味が、一番美味いと感じるのもあるし。

 食べ慣れないものを美味いとは言わない。大きく主観に左右されるわけで、結局、正解なんて無いとも言える。

 あとはマスコミの影響力だな。食レポでこりゃ美味い、なんて紹介されれば殺到するし。

 客もまた基準を持ってない。だから情報に左右されるのもあるんだろう。


「とりあえず、休日を利用して飯屋巡りするか」

「あたしは?」

「一緒がいいな。俺より遥かにまともな味覚だから」

「そうでもないです」


 改装が済み次第、店巡りをすることに。また金が掛かる。キリが無いな。

 改装に合わせて新メニューなんて目論んだが、一部に留めてあとは改良を続けよう。

 本気で取り組むと、たかが飲食店なんて言ってられん。苦難の連続になるだけだ。


「新メニューだけど」

「全部見送りですか?」

「一部採用であとは改良を続ける」


 やっぱり学校でやってるのとは違うと。学生が好成績で卒業して、飲食店を開店しても失敗しそうだとか言ってる。

 センスもあるからなあ。若くても成功する人はする。年食っても俺みたいに、上手く行かない人も居るわけで。経験だけじゃない、元々のセンスだよなあ。


「元気無いです」

「壁がな」

「一緒に乗り越えましょう」

「そうだな」


 少なくとも俺には瑞樹が居る。彼女と一緒なら気合も入ろうと言うものだ。


 夕方以降になると、また少しずつ客足が増えて、少しだけ賑わいの時間帯になる。

 閉店一時間前になって、ドアベルが鳴り客が数人。


「いらっしゃ、あ」


 途中まで言いかけて気付いたのか、どうやら瑞樹の所属するサークルの連中のようだ。


「まだ大丈夫か?」

「九時閉店だから」

「じゃあ、コーヒー」


 四人ほどぞろぞろ来て四人席に。


「マスター。ブレンド四つです」

「はいよ」


 お冷やを持って行くと呼び止められてるな。

 すでに静けさ漂う店内だからな、話し声はよく聞こえるわけで。


「あいつ辞めちまった」

「あいつ?」

「百瀬に惚れてストーカーしてた奴」

「サークル?」


 違うそうだ。大学を辞めて田舎に帰ったとかで。サークルメンバーに挨拶も無く。

 顧問に聞いて大学を辞めたと知ったようだ。

 そうか。恋に破れてストーキングをするも、警察にマークされて居場所を失った、ってこと? その程度で大学を辞めるとは思えん。他にも理由があったんだろうな。こうなると憐れみを感じなくも無いな。


「でも良かったかもね」

「そうだな。これで付き纏われずに済むし」

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