Sid.14 とりあえずは方針決定

 あまりにマイナスなものの見方ばかりだと、さしもの百瀬さんも呆れ返るだろうから、ここらで少しだけ前向きな意見を出しておく。


「人の件は一旦置いて、メニューをちゃんと考えよう」


 物事には順番がある。きちんとしたメニューを揃えて、まずはお客さんをお迎えできるようにと。

 売り上げが上がれば給料の原資も増える。そうなれば人も雇えるし、座席数を増やして、さらに売り上げ向上も目指せる。

 まず、うちで大事なのはメニューだと言ってみると。


「そうですね。つい脱線してしまいます」


 早々にパスタから手を付けることに。


「旬の食材を使ったものがいいです」

「何かある?」

「春なら菜の花とベーコンのペペロンチーノとか」

「まあ定番、と言えそうだけど」


 シンプルだから作る方も楽ではと。

 材料もシンプル。手間も掛からない。その分を他のコストに回せる。


「他には?」

「小エビと筍のしょうゆパスタとか」

「ああ、悪くないね」


 ランチタイムってことで、作る手間の掛からないものを、提案してくれてるようだ。そこはちゃんと考えてくれてる。

 さらには「アサリと菜の花のクリームパスタも」だそうだ。

 仕込み等含め手の掛かるものは避けてる。ホワイトソースは、少々手間ではあるがグラタンでも使うし、毎日一応仕込んではいる。


「あとですね、筍と茸のボロネーゼとかどうですか?」

「それは少し手間が」

「でも、ミートソース出してますよね」

「あれはね、手抜き」


 市販のソースを使い挽き肉と玉ねぎを追加してる。

 まあでもあれか、市販のソースの方がしっかり作られてるし。


「じゃあ、それも採用で」


 春先の季節限定メニューを決めておく。

 次いでレギュラーメニュー。


「ナポリタンは外せないですよね」

「まあ、日本人が好きなパスタだし」

「それと魚介のトマトクリームパスタを」

「缶詰トマトでいいの?」


 いいそうだ。できるだけ簡単にするならダイストマト。手を掛けた風でトマト感を出すならホールで。

 その辺は俺にお任せするそうだ。百瀬さん的にはホールトマト、そしてミニトマトを入れたものがいいらしい。

 まず、この六種類で試してみたいそうだ。


「様子を見てメニューを増やしたり、変更も考えたいです」


 さっきと違って笑顔で楽しそうだなあ。否定ばっかりしてたから、かなり不機嫌だったけど。


「ご飯ものですけど」

「せいぜいピラフ」

「リゾット出しましょうよ」

「面倒なんだよなあ」


 普通に炊いた飯で作ると、おじやの如し。じゃあ本来のとなると炊くだけで二十分。出すのに手間取るようだと、ランチには向かない。まあ、裏技的な奴で冷や飯を使うか、固めに炊き上げた飯を使えば、ぐちゃぐちゃにならずに済む。

 冬の方がライスメニューは楽かもしれん。ドリアとかなあ。まあ、夏でも出してていいんだけど。


「ドリアは?」

「あ、それも入れておきましょう」


 メニューが増える一方だ。

 当然だが、以前言っていたジャンバラヤとか、ガパオライスも追加が決まった。


「キンパとかも、あれば女性受けすると思います」

「それさ、すでに周回遅れ気味だと思うよ」

「あ、そう、ですね」


 流行り物は駄目。乗り遅れた時点で意味がない。特に韓国料理はね、次の流行りを予測して提供しないと遅い。

 さて、出すものが決まれば、次にすることは実際に作って、試食を繰り返す。

 それは後日になった。今日は食材が無い。休日だから。次の休日の前に必要な食材を調達し、休日にじっくり取り組むとなったわけで。

 金掛かりすぎる。今月は赤字決定だな。個人事業主の味方、信金で金貸してくれるのか?

 まじで事業資金なんとかしないと。


 決めるものも決めたことで、帰るのかと思ったら。


「店の前ですけど」

「まだあるの?」

「今のままだとアピールできてません」


 そう言えば植木鉢を置くとか、サインボードを置くとか。


「花あっても面倒見きれないよ」

「あたしがやります」

「毎日来れないでしょ」

「毎日店の前を通ってます。その時に」


 だからさあ、タダ働きはね。何度言っても理解しないなあ。

 勝手にやるから給料を払う義務はない、と言い切ってるし。趣味の範疇だから問題は無いはずとも。アパートだと花を育てる場所がない。ここにはそれがある。だから勝手に育てるんだとか。


「南向きですし、日当たりがすごくいいです」

「まあ、日当たりはね」

「一緒にハーブとかも育てますよ」

「なんで?」


 買うより安いとか言ってるし。しかもハーブの類は強いから、鉢植えでも充分な量を収穫できるとかで。

 ただ、暖かい季節は虫が付くから、虫よけネットが必要だそうだ。

 結局金掛かる。


「クレソン、ルッコラ、スイスチャードなら、鉢植えの方が綺麗に育ちます」

「そうなの?」

「特にクレソンは水耕栽培向きです」

「そうなんだ」


 真夏と真冬は無理でも、それ以外の季節は収穫できるそうだ。なんか、店頭が百瀬さんの趣味の領域化しそうだ。まあ、店のためを思ってなんだろうけど。


「でもさあ、なんでそこまでするの?」


 見つめてる。じっと見つめられると、さすがに少し照れるんだよ。


「鈍いって言いました」

「分からん」

「本当に鈍いのか、気付いてて惚けてるのか。分からないです」


 いや、それは俺も同じ。


「事故を起こした責任にしては過剰」

「それもあります。でもそれだけじゃないです」


 まじで考えないようにしてたこと?

 だとしても、こんな三十過ぎのおっさん相手って、どうか考えてもあり得ないでしょ。どこにその要素があるのさ。冴えない筆頭。店も適当で繁盛しなくていい、なんて後ろ向きな経営してるし。

 十歳程度しか差が無いのに、何を考えてるのかさっぱりだ。男なら他に幾らでも将来の有望株居るでしょ。若いんだし。


 結局、深いため息を吐きながら「この件はまたにします」だそうで。

 言わないんだ。確証持てないまま宙ぶらりんだなあ。やっぱり考えない方がいい。あり得ないってことで。


 すっかり日も暮れてしまったが、梱包材を片付けてから帰るようだ。


「しなくていいのに」

「したいからしてるんですよ」

「あ、そう」


 綺麗に束ねて「ゴミ出し、忘れないでくださいね」だそうだ。出す、じゃなく契約したリサイクル業者に委託するんだけどね。家庭とはルールが違うから。

 まあ、その辺は知らないんだろう。

 店のドアに手を掛け、振り向きながら「明日は早めに来ますから」だそうだ。

 ドアを開けるとカランカランと音がして、一歩店外に踏み出すと「マスター次第です」って、なんのことだ?


「明日は何時でもいいですか?」

「何時って、三時じゃないの?」

「早く入れるって言いましたよ」

「まあ、無理のない範囲で」


 無理じゃないと。

 少し睨まれる感じだったが「お疲れさまでした」と言って、店をあとにしたようだ。ドアが閉じられる際にもカランカランと音がする。

 一気に静けさが増す店内だな。なんて思ってたらドアが勢いよく開いた。

 なんで? 帰ったと思ったら。


「あの、今日は楽しかったです」


 え。とだな。


「また、どこか連れてってください」


 と言うと、ドアを閉じて居なくなった。

 あとに残るドアベルの音。若い子の考えることはさっぱり分からん。


 翌日は少し早めに家を出て店に入った。

 やたらとやる気満々の女子大生に、おっさん如きが感化されたのかもしれん。

 食材が納品されると、早々に今できるものを試作してみる。魚介とトマトのクリームパスタなら、ペスカトーレの材料で作れるし。

 トマトじゃなくトマトクリームで絡めるだけ。まあ楽かもしれん。

 コンソメを使わずレシピ通りに作ってみたが、やっぱ俺には味が足りん。これはあれだ、常連のおっさんに食べてもらおう。


 固めに炊いた飯。これでリゾットも試してみよう。味見は常連のおっさん任せで。

 開店時間までに準備を済ませ、試作品もラップをして冷蔵庫行き。


 いつも通りに開店すると、常連のおっさんがふたり、早々にやってくる。


「コーヒーふたつ」


 カウンター席を陣取り「例の子、まだ来てるのか?」と。


「来てますよ」


 へらへら笑ってるし。

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