第205話 番外編ーファルビニアの戦い(後編)

俺は神殿の正面、扉から少しだけ離れた場所でメディテーション(魔力回復)を行っていた。

神殿を深い堀で囲んだため、残っていたアンデッドにパラさん達が近づくたびに面白いように堀へと落ちてくいく。


「カオるん、返事は瞬きでお願いします。声を出すとメディテーションが解けてしまうでしょう?」


タウさんからそう言われて、俺は「わかった」と一回瞬いた。


「MPの回復はどうですか? 20%?……30?……40?……50?」


タウさんが俺の目を見ながらパーセントをあげていくが、ゆっくりすぎる、瞬きしたいぞ。俺は瞼がピクピクするのを頑張って堪えた。むぅぅぅ。


「…60?……」


アカン、瞬いてしまった。


「MPは60%ですか、もう少しかかりますね」


いや、もう90%いっとる。あとちょいだ。

青いバーはグングンと進む、よし、ほぼMAXだ。



「ぶっはぁぁ、MPマックスだ」


俺は瞬きと一緒に息も止めていたようだ、思い切り吐き出して吸い込んだ。

タウさんに呼ばれて周りに散っていた皆が戻って来る。


「堀の内側は大体片付いた」

「あとはあそこ、扉を塞いで立ってるヤツらから後ろ、つか、神殿の中のヤツらだねぇ」


パラさんが堀を指差し、リンさんが神殿の扉を指差した。


「カオるん、正面にも堀をお願いします。この神殿を完全に堀で囲いましょう。僕らがここから徒歩で帰還をする事はありません」

「そうだな。帰りはテレポートかアジト帰還スクだからな」

「そうです、皆さん扉の横、あの柱の裏あたりをブックマークしてください」


そう言ってタウさんは柱へと歩き出したので俺らも慌てて着いていった。

俺はそこをブックマークをした後、イラプションで掘った神殿側面の溝の端まで行き、正面を塞ぐようにイラプションを4回放った。念のためさらにもう2回。正面から溢れてくるから深くしておこう。

青いバーをチラリと見て、ボックスから青Pを出して飲んだ。


さて、神殿の周囲は済んだ。マップで確認しても赤は建物の中だけだ。

最早、『点』ではない。建物の中が真っ赤だ。

これは、通勤ラッシュ並みの混雑ぶりだな。


「堀の外にも討ち漏らしがチラホラいるが、まぁ許容範囲内か」

「ええ。今はまずこの神殿です」

「タウさん、ファイアスクが残り3枚。どうする?取っておくか?今堀で使うか?」


「それは今、堀の中を焼いてください。あとレモンさんからの連絡でファイアスクロールを作ったそうですので」

「あ、じゃあ私が取ってくる」


リンさんがそう言って消えた。やまと屋へとテレポートしたのだろう。

1分も掛からずにスクロールを持ったリンさんが戻ってきた。

リンさんがそれをタウさんに渡すと、タウさんは皆に配りながら話す。


「ここからが本当の正念場です。作戦を話す前にひとつだけ。決して無理をせず危険を感じたら各個帰還、これだけは全員守ってください。作戦ですが、入口にファイアスクロールを投げ込んだと同時に突入します。マップは範囲を狭めて建物がきっちり入るサイズに調整してください、全員です」


皆が空中を指でクリクリと操作している。


「入ってみませんと建物の内部がわかりません。突っ込んだら直ぐに菱形隊形に。先頭がパラさん、その後ろに少し広がってアネ、ミレ、その後ろが僕、両脇がゆうご君とカンさん、最後尾がリンさん。カオるんは僕とリンさんの間にカスパーと密集で入っていてください」


「わかった」「おう」「はい」


「準備はいいようですね。パラさん、お願いします。行きますよ皆さん!」


パラさんが扉の前に立つ。

扉には出ようとしても出られない「5列の呪い」をかけられたスパルトイがいる。

パラさんはそこへ向かってファイアスクロールを翳して詠唱した。


扉に挟まった5体のスパルトイの中央のヤツが燃えたと同時に炎が両隣、その隣、そして後ろへと爆ぜながら燃え移っていった。

そう、魔法のファイアは、一体なら大した威力はないのだが、複数になるほど爆発したように燃え上がる。


俺はカスパーの隙間からタウさんを見失わないように緊張して待つ。

入口付近のアンデッドが爆ぜ飛んで出来た空間へと、先頭から皆が走り突っ込んでいく。

もちろん俺もタウさんの背を追いかけて神殿の中へと滑り込んだ。


くっさぁぁぁ!鼻が、俺の鼻が死んだ。

皆も咽せたり、身体折り曲げて悶えていた。


「ファイアを!スクロールを使って、ください」


タウさんの声で我に返った皆が周りのアンデッドを薙ぎ払う。

中は、外から見たのと同じくらいの広さの部屋だったが、向こう側の壁に奥へと続く通路があるのが見えた。

その通路からゾンビやスパルトイがゾロゾロと出てきていた。


やはりダンジョンのような謎空間なのか。

部屋のアンデッドを焼きながら通路がある壁の方へと進み、ライト魔法で部屋を明るくした。

通路の中の天井へもライト魔法を放る。

照らし出された通路は幅も高さも3メートルくらいだ、奥からアンデッドがぎゅうぎゅうに押し合いながらこちらへと向かってくる。

混雑しすぎて逆にスピードが出ないのか?


燃やしながら進んでいたが、100メートルも行かないうちに少しだけ広い場所に出た。突き当たりには扉があるがそれは閉まっている。

扉の前の両脇には台座がありその上にガーゴイルがいた。

2体のガーゴイルの間の床が黒く渦巻いていてアンデッドはそこから湧き出していた。

目がギョロリと動いた。ガーゴイルは作り物ではなく魔物だ!

俺は即座に『報連相』を使って情報を皆に伝達した。


「ありがとうございます、カオるん!パラさん、アネ、ガーゴイルをやってください!」


皆が報連相で受け取った情報の中に『2体のガーゴイルが死者の門を開ける』とあった。

恐らくアンデッドが湧いている床のあの黒い渦はガーゴイルが開いているのだろう。

パラさんとアネさんは流石ナイト、と言うべきか、台座から飛び立つ間も与えずに一撃でガーゴイルを斬り倒していた。

やがて床の黒い渦が止まり、ただの床へと戻った。


それと同時に、その先の扉が開いた。


「うっ」

「キッつい」

「なんだこれ…」


開いた扉から重たい空気がこちらへ流れて出てきた。

重たいというか、もうハッキリと目に見える幾つかの色が混ざったような空気がのしかかって来た。

皆は床へと押し付けられそうになるのを必死に耐えているようだが、耐え切れず膝をついた者もいた。

俺にはそこまで重くない?俺に効かないという事は魔法防御が効く、つまり魔法攻撃の一種か?

俺はふと思いついた魔法を使った。


「清掃!」


そう、派遣魔法の『清掃』だ。

外で使った時はイマイチ効果がわからなかった。ゴブリンの臭いやアンデッドの臭さには効き目は無かったのだ。

ただ、流れて来ていた汚い色の空気がフワッとかき消された!


「…ナイ…スだ、カオるん」

「ありがと…ございます」


タウさん達がよろよろと立ち上がった。


「カオるん、あの部屋へも清掃を」


「オケ。せいそおおおおおおおう!」


シュワワン…

汚れた空気が溢れ出ようとしていた扉の中へ、俺の清掃魔法が入り込む。


「皆さん、行きますよ」


タウさんの掛け声で皆が中へと突入した。


そこには床に沢山の腐った死体があった。

アンデッドでは無い?……本物の死体…か。

貴族のような衣装が足元に置かれていると思ったが、衣装ではない、元は中身があったのか、髪の毛が残った頭蓋骨が付いていた。

それと、騎士のような服は血塗れで赤黒く染まり、頭や腕は無くなっていた。

首輪を嵌めた腐った兵士もたくさん転がっている。


「うわっ!」

「ぐわあ」


ドガっ!


床に気を取られて油断をした。

先頭にいたパラさんとミレさんがすっ飛ばされて壁に激突した。

タウさんやカンさん達も床に縫い付けられたようになっている。

カスパーの間から、敵が見えた。

顔色が悪く白眼を向いているヤバい女だ。半開きの口からキザキザの歯も見える。

俺は咄嗟に『報連相』を放ち、それからカスパーに攻撃を命令した。



「呪われた巫女…」


報連相でわかった情報だ。

4体のカスパーは巫女に纏わりつき攻撃を行なっている。

相手のHPバーが見えないのが難点だ。どれくらい攻撃が効いているのだろうか?



「カオるん危ない!横だ!」


誰かの叫びで横を向くとすぐ近くまで巫女が来ていた、しかも大口を開けて!


「ぎやああああ!アーンデッド!アンデ、ち違う、タ、ターンデッド!ダメだ、効かない!」


「カオ!ターン、アンデッドだ!」


誰かが叫んだ。

そうだ!


「ターンアンデッド!ターンアンデッド!」


シャキーン……。


良かった、効いた。食べられる前に。

迫って来ていた大口が光の粉のようになって消えた。


「ヒールオール!せいそーーーう!」


皆のHP回復させてこの部屋に清掃を放った。

と言うのも、あのヤバい女が部屋の奥にまだ2体いたのだ。

アイツらが汚色モヤモヤを出していた。

カスパーは3体が消されてしまったが最後の1体が巫女を倒したようだ。

この部屋に巫女は全部で4体いる。

一体は俺が、もう一体はカスパーが倒した。

だがあと2体いる、しかもあのモヤ攻撃をされるとパラさん達は近寄れない。


「奥にまだ何かいます!」


ゆうご君の声で奥を見ようとするが、俺の位置からは大きな祭壇が邪魔で見えない。

俺はゆうご君の方へと移動した。


祭壇の裏、床から上半身を出したおっさん?

いや、床から生えているのか?

とりあえず、報連相だ!



「死の司祭!皆さん迂闊に近寄らないでください!」

「これは、詰んだな」

「触れた者を死へ……、近寄れないぞ」

「どうします?」

「カオるん、とりあえず巫女をターンアンデッドで倒してください」


「あ、あぁ、わかった」


司祭が床から飛びかかってくるのではと、俺は恐る恐る左側から巫女へと近づく。


「ターンアンデッド!」


シュワっ


巫女が消えた。遠回りになるがぐるりと後ろ側(祭壇じゃない方)を通って今度は右側の巫女へ。


「ターンアンデッド!」


シュワ……パァンっ!パパパ


巫女が消えたと思ったら、再び巫女が現れた。


「こっちに巫女が出た!」

「こっちにもいます」

「え、ちょっとまた4体になってるぞ!」


俺は巫女から距離を取りながら皆の方へと戻った。

4体の巫女はまたしてもドロモヤ攻撃を、部屋の四隅から放って来た。

俺は急いで『清掃』を放つ。


「不味いですね。このままですとカオるんのMPが尽きます」


そうだ。かなりマズイ。

俺はサモンを3体失い、再度召喚するにもMPを消費する。

それから巫女が定期的に出すドロモヤを掃除するのにもMP消費だ。

巫女は倒しても復活してしまう。

あの奥の床からはみ出している司祭が親玉なのはわかるが、触るとこっちがエンド。

どうする、どうしたらいい?


ふと思いついた事をタウさんへ話す。


「タウさん、あの白眼巫女なんだけど、さっき4体目を倒すと同時にまた4体が現れた。3体まで倒して一体放置してみる」


「ぶっ、カオるん、しろめ巫女ってw」

「そうですね。やってみてください。4体分の清掃を続けるよりはラクでしょう。気をつけて」


俺は一体ずつ近づいてはターンアンデッドをかます。

うん、復活はしない。

一体だけは残しておく。やはり白眼の復活は無い。


「カオるん、巫女にサイレントをかけられるか試してください」


「わかった」


俺は白眼にゆっくりと近づいた。


「サイレント!…サイレント!」


一回目は掛からなかったが、どうやら2回目でサイレントがかかったようだ。

白眼はドロモヤを出せなくなった。



「とりあえずカオるんはMP回復を。皆は司祭に近づかないようにこの部屋の観察をお願いします。何かがあるはずです」


「何かって、何を見つけたらいいんだ」


「沈黙していたはずの神殿を活性化させた何か、です。ファルビニア王国が稀人にこの神殿を攻めさせたと聞いています。王国は何をしたかったのか、ここで何をするつもりだったのか。マップを見てもこの神殿は二間のみです。僕らが入ってきた部屋と、そこから通路が伸びたこの部屋。何かがあるはずです」


「私、さっきの部屋を見てくるよ。何も無かったけど見落としがあったかも」

「リン、私も行く」


「リンさん、アネさん、お願いします」


ふたりがこの部屋から出て行った。

俺はメディテーションでMPを回復しながら思い出す。


外から入ったあの部屋は、アンデッドを燃やした後はガランとしていた。

特に何か目立った怪しい物は無かった。


通路もただの通路だ。

通路の行き当たりが少し広くなり、ガーゴイルの台座が2箇所、パラさん達がガーゴイルを倒した後はガーゴイルの復活は無かった。

ガーゴイルに挟まれた扉前の床……、そこからモリモリとアンデッドが湧いていたがガーゴイルを倒した後は湧いていない。ただの床になった。


そしてこの部屋。

この部屋にはドロドロのモヤモヤを出す白眼巫女がいた。4体。

倒すのは容易かった。ターンアンデッドでいけた。ただし、全員倒すと即復活する。

今は一体のみ残してそいつにサイレントをかけているのでモヤは出せない。

ただ、床の上を滑るように移動してくるので、パラさん達が殺さないように相手をしている。

パラさんは通路へと誘導しようとしたが、どうやら部屋からは出ないのか出られないのか、クルリとこちらに向かってきたので焦った。



そして、この部屋には腐りかけた死体が幾つも転がっている。

アンデッド化していたら襲ってくるはずだが、床に打ち捨てられた状態だ。

着ている物から判断すると、王族、騎士、それと稀人だな。一見兵士の死体に見えるが首の辺りに首輪が見える。それに何より、黒髪だ。血と埃で固まっているが、日本人の稀人だろう。


どれも皆、祭壇に近い位置でコト切れている。逃げる間もなく、という状況が目に浮かぶ。


では彼らはどうやって司祭を起こしたのか?

もしも司祭が昔から起きていたのなら、もっと早くに大陸のこっち半分は(もしくは大陸全土)はアンデッドの地になっていただろう。


そうでないという事は何かしらで封じていたはずだ。


『こっちは何もないわね』


リンさんからパーティ念話が入った。

パラさんとミレさんは白眼を誘導し続けている。


……あれ?


「タウさん、何で司祭は出てこないんだ?俺達がさっきからこの部屋で騒いでいるのに、睨んではいるけどそれだけだよな?」


「ええ、それも気になっています。カオるんからの報連相で得た情報ですと、死の司祭は触れただけで相手の命を吸い取る即死攻撃を持っている。なのに何故か祭壇の後ろから出てこない」


「ここからだと見えづらいけど、祭壇の後ろの床から生えてるんだ」


俺の言葉にタウさんとゆうご君が部屋の横側から祭壇の後ろが見える位置へと移動した。

司祭がタウさんらに威嚇をしたのを見てヒヤッとした。タウさんとゆうご君の命が吸い取られるのではないかと思った。


俺の心配を他所にふたりは静かに戻ってきた。


「確かに、床から上半身を出した状態ですね」


あれか…?もしかしてだが、下半身が意外と太ってて床から抜けられない系?


「いえ、違うと思います」


タウさんにピシャっと否定された。いや、俺、口に出していないよな?



「タウさん、司祭が出ている場所、あれ床じゃないですね。床より少しだけ高い」


ゆうご君の話が気になって俺も司祭を見に行った。

あ、本当だ。

俺は司祭が生えてる床に『報連相』を使ってみた。魔物じゃないから無理かも知れないがダメ元だ。


『死の司祭の寝床。永遠の棺。現在は封印の蓋が開いた状態』


え、マジ?


「カオるん!!!」

「カオるん」

「カオさん」


「あ、ご、ごめんなさい」


タウさん、ゆうご君、カンさんの3人にいきなり大声で名前を呼ばれたので思わず謝った。


「おい!見つけたのか!」


パラさんとミレさんが凄い勢いで部屋へ駆け込んできた。

続いてアネさんとリンさんもだ。



「ええと、ごめん」


「何謝ってるのか知らんけど、これはイケるか!」

「ええ、司祭はまだこの世界に出きれていない。理由は不明ですが中途半端なままです」

「蓋をすればいいんじゃないかな」

「カオるん、天才!」


「いや、俺は…何も」


「蓋だ!蓋を探せ!」

「たぶんあれです、あの壁に立てかけてある石板!」

「アレだ!」


どれだ?

俺は皆が見ている方の壁を見た。

壁…かと思っていたが、壁に立てかけてある分厚い石の壁だ。

大きさは高さ3メートルくらい、厚さは20センチはありそうだ。






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すみません、こんな区切り悪いところで『続く』です。

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