第196話 初めて知った
タウさんが月サバのメンバーを連れてやまと屋を訪れた。
最近は何か調べ物があると忙しそうにしていたのだが、ひと段落ついたのだろうか?
「カオるん、パラさん久しぶりですね。リンさんは?」
「おう、タウさん、こんちわ」
「リンさんは二階のリドル君ちだ。奥さんの具合を見に行ってる」
「ああ、あつ子さん、そろそろですか?ふむ、リドル君とあつ子さんも含めて話をしたかったんですが無理でしょうかね」
そんな話をしていたら二階からあっちゃん達が降りてきた。
「タウロさん、こんにちは。ふぅぅ、お腹重いー」
「タウさん、こんちわ」
「こんにちは、お邪魔しています。あつ子さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないけど、頑張るー」
「え、え、あっちゃん、大丈夫じゃないの?休む?2階で休む?」
「もう、蒼ちゃん、ウルサイ。心配しすぎ」
いつも仲良いよなぁ、あっちゃんとリドル君。
見るとやまと屋大人メンバーと月の砂漠メンバーがリビングに勢揃いしていた。
どうしたんだろう?重要な会議でも開くのか?
「カオるん、やまと屋&月サバ会議をここで開かせてくださいね」
「どぞどぞ」
おお、やはり会議か。何の議題だろう?
皆が思い思いの場所に腰をおろした。
リドル君はあっちゃんのためのひとり用ソファーをアイテムボックスから出して、さらにクッションも取り出しソファーの上に置いた。
あっちゃんがそこに腰を下ろし、リドル君はその横の床に座った。
姫の騎士というより下僕…、ゲホゴホ。
「ええ、会議と言いますか、あくまで僕の想像による話になるのですが、気になっていた事を調べるのにデータを集めていました。王都側の稀人の情報は僕が、やまと商事側はあつ子さんにご協力をいただきました」
あっちゃん、もうすぐ生まれそうな状況で何やってるんだよ。
そう言えば、個人情報のアンケートとか頼まれて提出したな。
あれがそうなのか?
「これを見ていただけますか?」
タウさんが数枚の紙をテーブルに広げた。
やまと商事の社員の家族構成が書かれた紙、月の砂漠の血盟員の家族構成、それから知らない人達。
「3枚目は王都にいる他の稀人の方にご協力いただきました。
まず言っておきたいのはこの国の稀人全員を調べたわけではありません。亡くなっている方もいます。そこはご了承ください」
ほう、なるほどな。王都にいない稀人もいるだろうしな。
「まず着目した第一点は、家族と合流出来た者、出来ない者を比較してみると、本人がシングル、つまり配偶者がいない者で親兄弟と合流した人はいませんでした。ゼロです」
皆が紙を真剣に覗き込んだ。
なるほど、そこに書かれている家族構成を見ると確かにそうだ。
やまと屋でいうと、ユイちゃんとナオリン、キックと俺の4人はシングルだ。
月サバだと、アネさん、レモンさん、ゆうご君がシングルだ。
あと、ミレさんは…、バツイチ子なし、まぁシングルのようなモノか。
しかし、タウさんもカンさんも家族持ちだけど家族と合流は出来ていないぞ?
「僕やカンさんは家族持ちなのに、家族と未だ合流出来ていません。単純に家族がこの国以外にいるのでは、とも考えられますが、王都の他の稀人を調べると同じ状況が見て取れます」
そう言って三枚目の紙を指差した。
「王都の稀人で家族があるにも関わらずまだ合流出来ていないケース。ああ、やまと商事でもいらっしゃいますね。この方、大塚さん、大久保さんのおふたり。同じ家族持ちなのに他の方とどこに差異があるのだろうかと考えました。………もしかすると年齢、この方はお子さんが16歳と20歳、こちらの方は17歳、こっちは22歳、29歳。うちの娘は19歳と22歳です」
タウさんはひと呼吸の間を置いてカンさんを見つめて話す。
「カンさんの息子さんは15歳…ですよね」
「ああ…」
「この世界の成人は15歳です。もしも15歳という区切りで子供、つまり14歳以下は親のそばに、15歳以上は独り立ち、もしくは、こちらに来なかった、のでは」
カンさんが大きく息を飲んだ音が聞こえた。
「あ……でも、安田さんのとこは上の子、高校生だったけど王都にいた…ぞ」
そうだよ、安田さんと同じ顔の大きいお姉ちゃん、高校生だよ。下の子は小学生で歳が離れた姉妹って聞いた。
「あくまで僕の想像の話です。僕らを転移させた神さまが子供を親の近くに飛ばす配慮をされる神さまだとしたら、家族に未成年、この世界の未成年ですが、15歳未満がいた場合、兄弟姉妹を離さずに飛ばした……とも考えられます」
「じゃあ、翔太は………」
カンさんがどこか遠くを見ている表情になった。
「翔太は15になったばかりだった。誕生日がもう少し遅ければ、会えたのか、何で誕生日が…」
「カンさん、すみません。あくまで僕の想像ですから。…続けても大丈夫ですか?」
「あ、ああ、スマン。タウさんだって辛いのに…」
「いえ。 それから子供がいない既婚者の方は配偶者とも会えていないようです。やはり神さまは『子供』に配慮をされているように見えますね」
ふむ、この異世界転移は何かの選別で行われているとは思ったが、タウさんの話を聞いてなるほど、と思った。
「あ、でもさ、もし15歳以上が異世界転移してないとしたら、日本にいるって事だろう?それはそれで安全というか安心なんじゃないか?」
「は?」(←タウ)
「え?」(←パラ)
「えぇ?」(←リン)
「え?」(←あっちゃん)
「ふぁ?」(←ミレ)
「あ?」(←リドル)
「ええ?」(←山さん)
「はい?」(←アネ)
「え?」(←俺)
「いや、ええ?」(←パラ)
「は?」(←タウ)
「はぁあ?」(←アネ)
「え?何、え?え?」(←俺)
「いや、だから、ええええ?」(←パラ)
「カオるん?」(←タウ)
「いや、まさか?」(←山さん)
「だから、何!」(←俺)
俺以外の皆が集まってコソコソと何かを話している。
何だよ、感じ悪いな。ハッキリ言ってくれよ。
俺、なんか変な事言ったか?
「…………ボソ、ボソボソ、知らないなんて事ありますか?」
「いや、………でも、ボソ、カオるんだからな」
「ボソボソ、…………カオ君だし……ボソソ」
「何よ!ハッキリ言ってくれよ」
「カオるんさ、隕石の話知ってる…よな?」
「隕石?一般的な隕石の事か?」
「ほら、知ってないっぽい」
アネが何故か嬉しそうに俺を指差す。(人を指差したらイカンぞ?)
「驚いたな、あんなに連日やってたのに?」
「半年くらい前からかなり大々的にTVで取り上げ始めましたよね」
「何だよ、隕石がどうしたんだよ!」
「地球に落ちるって話、聞いてませんか?」
「ん?いや、隕石なら結構普段から地球に落ちてるらしいぞ」
「それは小さいヤツですよ、大体が大気圏突入で燃え尽きます」
「もっとデカくて地球が滅亡するサイズ!」
「そんなアフォなw地球が滅亡するぐらいのサイズの隕石が落ちてきたら、地球が滅亡するじゃないかwww」
いや、俺、何を当たり前な事を力説してるんだ。
……あれ?皆が黙っている。ジッと俺を見つめている。
嫌な汗がじっとりと背中を流れ落ちた。
「地球滅亡サイズの隕石が地球に向かっているという話、TVで結構やっていたんですけど」
「ネット…YoooTubeではもっと前から騒がれていましたね。特に海外、アメリカとか。中露でも他のSNSで漏れ始めていました」
ゆうご君は流石今時の子だな、俺、SNSとかあまりわからん。最近ようやくYoooTubeっていうのか?それでK-pop見てたくらいだ。
あ、でもそれも、3年前とか5年前とか表示されてたから今の新曲を観たかったけど、出し方がわからなくてずっと同じものを観てた。
「いや、でもひと月は、あ、こっちに来る前のひと月ですが、夜の情報番組でもかなり取り上げられていましたし、合間のCMでも各自の防災準備を促すものが流れていましたよね?」
山さんからもビックリ情報が飛び出た。
そうだったの?俺、知らんかった。
そう言えば最近、転移前の半年くらい前頃からTV全然観てなかったな。
見る時間がない、というか疲れていて気力がなかったからスマホでK-popの流し聴きがほとんどだった。
「いや、でもさぁ、肝心の『いつ』とか『どこ』は伏せられていただろう?防災準備って言われてもなぁ」
「そうですね。どんなに準備しても真上に落ちたらお終いですからね」
「海外に比べて特に日本はノンビリしていましたね」
「隕石なんて個人レベルでどうにかなるもんじゃないからな」
「日本のTVで情報出し始めたのって、米中露の何とか宇宙船の作戦が失敗に終わったあとだよね?」
「ああ、ネットに出てましたね。それで各国も進退極まった感じで隠していた情報を逆にバラまいて、少しでも誰かが名案を出してくれないかって、それに縋り付く勢いでしたね」
「いや、急に言われても名案なんか出るかっての」
驚いたな。世間がそんな事になっていたとは全く知らなかった。
「カオるん、本当に知らなかったみたいですね」
「いつ、どこでって情報はきっと国の上の方のやつらは知っていたんだろうなぁ」
「そうですね。政治家の誰それが党を抜けたとか、海外へ移住したとかのニュースが、最後のひと月は全く放送されませんでしたね。当たり前すぎて、もうどうでもよかったのかな」
「マスコミとかどこまで知っていたんだろう」
「どうせなら思い切って何月何日の何時何分、どこそこに落ちますって言って欲しかった」
「私立の学校は閉鎖に入ったところもあったよな」
「うちは公立でしたから……」
「休業にする会社もポツポツと出始めてたな。完全に閉業じゃなくて休業ってとこが日本らしいw」
「会社を倒産させて隕石が落ちて来なかったら大変だからな。ちょっと休んでおこうか?みたいな感じか」
「ですね。電気も水道もガスも止まらなかったし、交通も普段通りだったな。ただ、金持ちと偉い人がどっかに隠れたw」
「うちの企業も部署ごとにとりあえず交代勤務で自宅待機がせいぜいでしたね」
「うんうん。ケチー!どうせ商社の仕事ストップしてるのに、半分出勤させるんだからー」
「あっちゃんあっちゃん、ケチって…」
え、うちの部署って交代勤務だったんだ?
「それ、知らんかった」
「ん?それって?カオっち。隕石?ケチ?交代勤務?」
「交代勤務。俺、言われてない。毎日出社だった」
「あぁー、また島のヤロウだわ、それ」
「どうりでいつも以上に仕事が多いと思ってた」
おかしいと思ってたけど仕事が回ってくるのはいつもの事だったし、どこかのチームでインフルエンザでも流行ってるのかと思ってたよ。
「カオくん、スマン」
山さんが頭を下げた。
「いや、別に山さんのせいじゃないですよ。部長の指示を無視して独断指示を出すのは島のいつもの事だろうし。あ、でもあの日って全員出社してませんでしたか?」
「そうなんだよ。上からの指示で、今後の会社の体制や出勤について全社員に話があると、まぁ、社内放送でだけどね、それであの日は久しぶりに全員の出社になったんだ」
「凄いですね、ピンポイントで偶然その日とは」
「本当にねぇ」
「全くですね。けどあの日は驚きました、あの時のTV」
「そうそう、誰かがすぐTVつけて!って叫んだんだよね」
「それでつけたら、画面に大きく隕石が映しだされてて、今日です!今日です!ってアナウンサーが叫んでいた」
「え、って事は、本当に隕石来たんだ?」
俺のひと言でまた皆が俺を無言で見つめた。
俺は慌てて言い訳をする。
「いや、だから普段のニュースも知らなかったし、あの日も普通に出社して、いつもの朝8:50の入力を済ませたら、資料庫で資料の区分けとファイリング作業して、10:00ちょい前に自席に戻ったあたりで失神したから」
「カオっち、資料庫にいたのか。じゃあ事務室でのあの騒ぎは知らないか。みんな席立ってTVに集まったり、家族に連絡したり、私もその辺で意識を失った」
だから、あの日、この世界に来た日、皆が床に転がっていたのか。
仕事中に気を失ったにしては席についている人が少ないと思ったんだ。
「じゃあ、本当に地球に隕石が衝突したんだ。つまりもう地球は無い、って事か」
ぼんやりと浮かんだ言葉を口にした。
自分の口から出た言葉が耳から入ってきて、ようやく理解が追いついた。
そうか、地球は、もうないんだ。
この異世界転移は片道キップだったのか。
あ、だからカンさんやタウさんは家族を捜すのか。
地球にいたままだと……あ…。
この国で見つからなくても、他の国でもいい、この世界に来ていて欲しいと思うのはもっともだ。
「って事はさぁ、みんな、この世界に来た当初から、もう地球は無いんだって知ってたんだ」
「ええ、でも口には出したくなかったのでお互いに話す事はなかったですね。あの頃は家族と会えてなかったから、地球が無いと口にしたら立てなくなりそうで」
「ヨッシー達も知ってたのかな。開拓村のみんなも?」
「ええ、あの日、事務室にいた者は皆、認めたくないけれど知ってはいたと思います」
「カオっちが知らないのがビックリした」
「そうですね、僕らも驚きました。まさかあの大災害をカオるんが知らないままこの世界で過ごしていたなんて」
「そっちのが驚きだよー、カオるん」
「カオるんが知らなかったというあまりの衝撃で、何を話していたか忘れてしまいましたよ」
「あ、転移の条件?家族のとこ」
「ああ、そうでした。ではカオるんのためにもう少し遡って話しますね。
地球に隕石が衝突…、僕らは死んでこちらへと転移したのか、はたまた死ぬ直前に転移させられたのか。
何かの大きな力、つまり神さま的な力でこちらの世界へと来たのかは不明です。
ただ、全人類とか日本人全員かどうかはわかりません。少なくとも、この国、この大陸へは何かしらの選別が行われたのは確かです。選別の条件なんですが、恐らくはゲームですね。調べたところ5つのゲーム名が明らかになりました。そのうちのひとつは僕らがやっていた『LAF』です」
「タウさん、でもカオるんの職場はステータスの職ブランクが97人いたよ?オンラインゲームやってないみたいよ?」
「そうなんです。そこがまだ解けていない謎のひとつです。実は王都の稀人のあるグループなんですが、朝カラオケをやっていた大学生の5人組が一緒に転移してきたそうです。その5人のうちゲームをやっていたのはふたりだけだそうです」
「どういう事だ?」
「まだデータが少なすぎて何とも言えませんが。まぁ、第一の選別条件が5つのゲームのどれかの経験者。第二の選別条件が15歳未満の紐ついた家族の転移。第三の条件はまだ不明ですがゲームをやっていない者の紐付けも起こったと考えられます。それから、いつの時点のデータを元に選別条件が作られたのかも謎です。カオるんは10年前にはやめていましたよね?レモンさんは5年ほど前から始めた。このふたりは時期が被っていないのに、ここにいる。仮に第一条件だけならカオがいた頃のうちの血盟員MAX50人でしたのでもっと大勢転移していないとおかしい。けれど俺ら以外の血盟員はこの国にはいません。もちろん、他の国に居る可能性もありますが」
確かにそうだ、もしあの頃の血盟員が転移してきていたら、もっと多くの血盟員と王都で会ってもおかしくない。
「ウサ男くんとか花屋敷ゴロウもいないね。割と最近までログインしているの見ましたよ?」
「そうなんです。最近までのうちの血盟員でも来てない人が数名います。もしも、最近のある時点での血盟員が選別対象なら、彼らも来ていないとおかしい。ではこの9人が選別対象になったのは何故か?」
「でも、最近の血盟員だと、カオるんがいるのが変だよね?」
いや、変って言われても困るな。
皆が、タウさんが、また俺をジッと見る。
どうしよう、何か思い出さないと……って何を思い出せばいいんだよ。
「カオるん、10年前にやめて、最近またログインしました?」
「いや、してない。してないぞ?ここ数年はスマホで簡単に出来るヤツしかやってないし、今年に入ってからは忙しくてゲームもやってなかった。……あ、」
「あ?」
「あ、てか、5年くらい前だが、パソコン使わなくなって捨てようかと思い、その前に一回ログインした。明け方、一瞬だけ」
「あああ!俺も思い出した。深夜から朝までクラハンマラソンしてた、あの時一瞬カオのログイン情報が流れてすぐ消えた」
「ああ!あの時ですか!」
「今いるメンバーじゃないか?あのクラハン参加者って」
「はい。私も参加させてもらいました。眠くて皆を見失いがちになりましたアレですよね?」
「そうそうwレモンちゃんが寝ぼけて敵に突入したやつw」
「なるほど、あの時ですね。恐らく転移メンバーはあの時点で選別されたのかもしれませんね」
いや、どの時だよ、寝ぼけたレモンさんが敵に突っ込むって、寝かせてやれよw
「五年前……そう言えばその頃かな、僕がゲームを始めて、そしてやめたのって」
「私もそうかも、何月何日は覚えてないけど大体五年前くらいだわ。それと朝食準備の2時間前くらいによくゲームしてた」
どうやら山さん達も同じ時期らしい。
「なるほど、転移の選別は5年前のあの日あの時間のデータが元になっているかもしれませんね」
「だから転移者が少ないのかも。早朝4時は1番ログイン数が減る時間だ。深夜組は3時あたりから寝始め、早朝組は大体5時くらいからインをするから、4時前後が1番人が少ないな」
「そだねー。うちらもクラハンマラソンがなければ寝てる時間だよねー」
「って事は、あの日クラハンが無ければ、もしくはクラハンに参加しなかったら、僕らはここにいなかったって事ですね」
「ああ、隕石の下敷きだったな。危なかった」
「てかさー、カオるん、ラッキー過ぎない?ピンポイントでインした時がソレってー、カオるん何者?」
「何者って、いつも地道に生きてるただのおっさんだけど…」
いやでもマジに危なかったな、俺。
職場が遠くいつも朝早く起きてあれこれと動いていた。
あの日の朝、何気にパソコン捨てようかと思い立たなければ、
棄てる前に幾つかのアプリを開かなければ、
LAFのアイコンをクリックしなければ、
今ここにいなかったかも知れないのか……。
「この世界、というかこの国に転移した人間の選別条件で今わかっているのはこれくらいです。僕は…、15歳以上は地球に残されたとは思いたくない。幼い子供を親に紐つけて近くに転移させるような優しい神だ、きっとこの世界のどこかにいると思っています。カンさん、これからも捜しましょう」
「ええ!」
ふたりの家族捜しに、俺も出来る限り手伝おう。
皆もそう思っているようでタウさん達を見て小さくうなずいていた。
「タウさん、転移する人間の選別が5年前のその日だとしたら別の謎が発生します。僕らのアイテムボックスの中身がおかしいです。僕はその頃LAFを始めたばかりだ。だからその時点だと初期装備のはずだけど、アイテムボックスに入っていたのはレベル90で揃えた武器、装備だったです」
「うん。そうだね。これは情報を収集していないからあくまで僕の想像だけど、5年前は人選だけ、アイテムボックスやレベル等は転移直前のデータが使用されているのかと…、いや、違うな。ゲームのシステムデータではなく、使用されたのは個人の記憶データかもしれない。それなら納得がいく」
「個人の記憶データ?」
「タウさん、どういう事だ?」
「カオるんとレモンさんのステータスに表示されている魔法の違いです。WIZ魔法はレベル1から7種類ずつ習得出来ます。カオるんはゲームをやめるまでにレベル10までで70種類、全部習得してましたよね?レモンさんはレベル7まで49種類を習得済みでした。けれど現在のステータスに記載されている魔法はカオるんは46個、レモンさんは45個でした」
「ちょっ、カオるんw 70個中46個って残りはどこに忘れてきたんだよ」
「そうです。まさにパラさんが今おっしゃったソレです。カオるんは忘れて来たんですよ。忘れた状態で、この世界に来た」
皆がタウさんと俺の顔を交互に見つめている。
「カオるんがゲームをやめたのは10年前、忘れている事あってもおかしくはありません。70種類の魔法のうち、よく使っていた46種類だけ覚えていたのでしょう。レモンさんは最近までゲームをされていたので記憶が新しい。49種類中、忘れたのは4個、恐らく普段全く使わない魔法だったのでしょうね」
なるほど、その通りだと思う。
俺もステータスに載っている魔法はどれも普段から使っていたものばかりだ。
「納得です〜」
「俺もだ。70個の魔法を全て頻繁に使用してたわけじゃないからな。習得しても一度も使わなかったモノも沢山あった。それが消えてたのか。無くても全く困らないがな」
「つまり、僕らのアイテムボックス、もしくは女神倉庫に入っていた物も僕らの記憶によるものである可能性が高いです」
「なるほどなぁ。って事は俺らも何かしら抜けているかも知れないって事か」
「タウさんやゆうご君は頭がいいからしっかり覚えていそうですね」
「ああ、それでかな。アネに借りようと思ったら無いって言われたの」
「リンー、私、何か無くなってた?」
「ほら、指輪の重複を試そうとして力の指輪を借りようとしたら持ってないって言ったの覚えてない?」
「ああ!言った。女神倉庫発見の前だったから、倉庫に入れっぱだったんだと思ってた」
「いや、アネ、前衛ナイトが力の指輪を外して倉庫に入れとくわけないじゃんw」
「てかアネッサさん?ナイトが指輪を忘れるとは、どういう事ですか?問題ですよ?」
そうか、アイテムボックスも倉庫も俺の記憶によるものだったのか。
最近めっきり物忘れが多くなっていたが、その割には倉庫に山ほどアイテムが入っていた。
俺としては「よくやった」と自分を褒めてやりたいぞ?
そう、それに王都の店ナヒョウエ、よく覚えていたな、俺よ。
近所の焼き鳥屋にはよく寄っていたので、記憶の奥底から消えずにいてくれたのか。
皆は自分のステータスを開きアイテムボックスを一生懸命チェックしているようだった。
そんなに必死にならなくても、無くて今まで来たんだから今後も無くても大丈夫だぞ?
タウさんも呆れたような苦笑いで皆を見回していた。
「まぁ、僕の考察はこんなところです。あ、あとひとつ。これもデータが4人分しかないので理由は不明なんですが、カオるんの若返りについて」
そこで皆が一斉に俺をガン見した。
「何ソレ」
「カオるん?」
「やっぱりー!!!カオっちのこめかみの白髪が無くなったのって気のせいじゃなかったんだ!」
「若返った?変わってないよな?カオるん」
「パラさん、10年前と変わらない方がおかしいから」
「いや、そうじゃなくて若返ったってほど若く無いよ?」
「ほっといてくれ!」
「カオるんは現在49歳ですが、ステータスでは39歳の表示があるんです」
「何だ、ソレ」
「49が39にって意味あるの?中高年から中年へ???」
「カオるん…、何でそんな中途半端に若返るの?」
「アネさん、俺が自分で若返ったわけではないから。誰かの、神さまの?仕業だから」
「髪さま……」
「違う!元からこのくらいフサフサしてたぞ!」
「そっちの髪だと何故わかった。変なとこ鋭いな、カオるん」
「どうせなら10代とかになるでしょ、普通は」
「いや、だから、俺が選んだんじゃねぇえええ」
「はいはい。いいじゃないですか、10年でも若返って。羨ましいですよ? で、それでですね、王都にも同じようにステータスで表示が出てる人を探してみました。ら、何と、3人いました」
「何だって!3人もいたのか、若い中高年が!」
「いえ、ひとりは17歳に若返ってました」
「おっ、本当の若返りだw」
「俺が偽者みたいに言うな、ミレさん」
「カオるんも入れて4人の共通点を探しました。①ゲームから遠ざかっていた。②そのゲームは10年以上続けていた。③やめた時点で成人している。④シングルである、扶養家族がいない。共通するのはその4点ですかね。住んでいた地域も年齢も職業も違う。ゲームも別。もしかしたらもっと別の何かがあるのかも知れませんが…」
「17歳の子って?」
「ええ、彼は15歳から10年ほどやっていたゲームを2年前にやめたそうです」
「なるほど、本来は27歳だったけどこっちに来たら17歳だったわけだ。それはステータスの表示だけか?」
「いえ、見た目も高校生でした」
「おおお、本当の若返り系異世界転移だ」
「まぁ、今後には関係ないのでこれ以上調べなくて良いかなと思っています」
最初から調べなくてよかったぞ。何で調べた。
「先日カオるんとレモンさんに魔法を書き出してもらった時についでにステータスの内容も書き出してもらって、気になっていたので調べてみました」
やめて、余計なお世話。
「それと、カオるんのステータスでもっと気になるところを見つけました」
もう、そっとしておいて。
「え?何?何?」
「カオるん面白すぎだよな?今度は何?」
「カオるんの職業に『HKN』というのがあり、派遣魔法がありました。HKN…派遣はゲームではなくてリアルの職業ですよね?」
「そーです。派遣してました」
ちょっとやさぐれながら答えた。
「ステータスにリアルの職業が付いているんです。カオるん差し支えなければ派遣はどのくらい勤めていたか、お聞きしても?」
「え、ええと、派遣先は幾つか変わったけど20年かな。やまと商事が1番長くて10年越えか」
「なるほど。ステータスに関してはちょっと聞きづらくて情報を集めていません。この中にいらっしゃる方で教えても良いと言う方がいましたらお聞きしたいのですが、ゲーム以外の職業が表記されている方は居ますか?ちなみに僕もあります」
「え…」
「タウさんも?」
「はい。僕は職業欄にELFの他に、DIKとあります。あ、僕のリアルの職業は大工です」
え!知らんかった。タウさんの職業が大工!
どう見ても、頭脳を使う系の職業だろうと思ってた。
「あの、僕もあります。MCN。リアルは自営で整備工をしています」
「MCN…メカニックですかね」
「他にはいらっしゃいませんか?」
「隠してるわけじゃなく、出ていない。俺はリアルが車の整備、販売だ」
「俺も出てない。システムエンジニアだけど」
「私も無いー。服飾系のお店の店長〜」
「私は事務だったけど結婚で退職、それ以降は専業主婦、時々パートタイマー」
「あの、私も派遣は3年ほどやってましたがステータスには出ていないです。最初が銀行で、それから派遣で、現在は事務ですね」
「僕はやまと商事に20年勤めていたけどステータスには出ていないな」
あっちゃんもユイちゃんも、キックやナオリンも無いそうだ。
リドル君も出ていないそうだ。
「皆さんありがとうございます。出ているのが、カオるん、カンさん、僕の3人ですか。今お聞きした感じですと、一概に長くその職業に就いているから出るわけではないみたいですね。カンさんとパラさんは似た職業ですが、パラさんに出なかったのは『車』と言うこちらの世界には無い物で限定されているからでしょうか?同じようにミレさんのシステムエンジニアもこの世界に変換が不可能だったのでしょう。カオるんの派遣が表示され、山さんやキックが表示されなかったのも、似たような感じですかね。この世界に変換しづらい職業」
「でもさー、カオるんだって派遣事務でしょ?」
「これ、言ってもかまいませんかね?カオるん?」
「え?何? もうこの際何でも言ってくれ」
「カオるん、派遣魔法も表記されてましたよね?書き出してもらったじゃないですか?あれ見て思ったのですが、カオるんは事務じゃないですよね?いや、あれは事務の一種なのかな?派遣魔法一覧を皆に見せてもいいですか?」
「どうぞ、かまわん」
するとタウさんはアイテムボックスから紙を一枚取り出した。
俺が書き殴った汚いモノではなく、キチンと見やすく書き直されたモノだった。
----------
【派遣魔法】
力仕事:どんな物でも持ち上げられる 持続時間60分
整理整頓:複数の敵を一列に並べる 持続時間10分
仕分け:魔物の解体を瞬時に行う
清掃 :自分を含む一定の空間が浄化される
報連相:敵の情報をPTメンバーに瞬時に伝える
早帰り:近接の街に帰還する、PT全員に作用
----------
なるほど、こうして纏めてもらえると意外と使えそうな魔法だな。
今まで試した事が無かったが、今度試してみよう。
「何だよ、これ」
「ん?悪かったなぁ、変な魔法で…」
「いや、違う、逆だ。凄くないか?仕分けとか何?瞬時に解体?ホウレンソウとか早帰り、すげぇな。PT狩り用だな」
「WIZの魔法だけでも羨ましいのに何コレ、ズルいの域に達したよな?」
「知らんがな」
「内容も凄いですけど、魔法名を見てもらえますか?カオるんは、派遣事務でも作業系が多かったんじゃないですか?」
「それは、元部長として申し訳ない」
「あ、いや、別に…」
「カオるん、カンさん、僕、恐らくですが身体を使った作業系でこの世界に変換可能な職業がステータスに表記されたのではないかと思います。それともしかしたら期間も関係しているかも知れませんね」
「なるほどねぇ。俺も車に関してなら負けない自信はあるんだけどなw」
「俺もだー。この世界にパソコンがあれば負けないぜ!」
「そうか、僕はやまと商事に20年いたけど、営業、事務、管理など転勤の多い職場だったからなぁ。だいたい3年で移動が当たり前だったし、今思うと、コレという技能は無いな」
「タウさん、職業にDIKがあるって事は、大工魔法もあるのか?」
「おお?」
「タウさん!」
「いえ、残念ながら、魔法は無いです。ただスキル欄にいくつか大工系の記載はあります」
「へえええ」
「いいなぁ」
「ねぇ、カオるんの派遣魔法見たい。ちょっと狩りに行かない?」
アネさんのその言葉で、俺たちは街の外に繰り出したのだった。
最初はダンジョンへ行こうとしたのだが、ダンジョンの魔物は倒すと消えるので解体が出来ない。
なので、死霊の森の前の草原へと皆で狩りに行った。
俺の派遣魔法のお披露目だ。
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