第95話 開拓村チームの行方

「鹿野さん、死んだんじゃなかったのぉ」


空気をぶち破った三好今日香の声。

生きていて悪かったな!と怒ろうとしたがやめた。

このサイコな女と関わると碌でもないことになるのは経験済みだ。

絶対関わっちゃダメな女だ。



「さすが、ハケン〜〜、図太いですねぇ〜〜。ねぇ?石岡さぁん」


「え? ちょ、知らないわよ、私に振らないでよ」


石岡さんがバツが悪そうにモニョモニョと濁した。



山川部長が眉間に皺を寄せたままギュッと手を握り、苦しげに切り出した。


「残りの68人はやまとの事務室に戻ったというのか」


「すみません、私の、目が、行き届かなくて…」


副部長の長谷川さんが苦しそうに部長に頭を下げた。

長谷川さんは日本にいた頃は丸々と肉付きのよい体格だったのだが、

今は見る影もないくらいガリガリに痩せていた。


部長はそんな副部長を見てかなりのショックを受けたようだった。


「……すまない。私こそ、君に重荷を背負わせた。こちらは20人そこそこで手を焼いていたのに、それを君には79人も背負わせてしまった。本当に申し訳ない。

ここまで酷いやつらとは思わず、いや、わかっていたかもしれん。私は君に酷い事を…」


長谷川さんは部長の優しい言葉に目から滂沱のように涙を流して床に臥せって泣き出した。

滂沱のように流れる涙…。

長谷川さんの背中を力強く擦りながら部長も泣いていた。


それを見た開拓村の人らも怒りをひとまず収めたようだ。

やまとの開拓村チームのやつらは恥ずかしげに俯いていた。

ミヨシキョーカだけは顔を上げてキョトンとしていた。



「事務室へ戻った68人を、……助けには、いかない」


まるで血を吐き出すように絞り出した声で部長が言った。


「俺は、先日、皆んなをここから送り出した時に部長である事を終了した、もうやまとの部長じゃない。皆、大人だ、自分の判断で生きればいいと思う。冷たいと言われても、俺は、そう決めた」



決めたと言いつつもとても苦しそうな顔をしていた。

本当は誰一人死んで欲しくないと思っているのだろうか。

あんな自分勝手なバカな部下でも?



「助けるのは無理でしょう。今は魔物の氾濫が起きかけていてギルドで手の空いている者はいませんよ。この街でさえどうなるかわからない状態です。勝手な行動のその先に神のご加護がありますようにとしか。まあ、私が神なら、呆れて加護など与えませんけど」


ザイアス司祭は稀人に関わっていたひとりとして、彼らの態度や浅はかな行動に嫌気が差していたので憐憫の気持ちはこれっぽっちわかなかったようだ。


それにしても何だってこのタイミングなんだよ。

脱走するならもっと早く、いや、ゴホ。

こっそり少人数ずつ出ていけば、いや、ゴホゴホ。

てかマジ大迷惑だな。



「68人かぁ、大人数だな。ゴブリンからしたら格好のエサの塊だな」



そもそもあいつらはやまとの事務室までの道を知っているのか?

なんとなく勢いで突っ走っている気がしてならない。


「事務室まではどんなに急いでも1日では着かないぞ。途中で野宿は必須だろ、食料とか持っているのか?それ以前に魔物や獣に遭遇したら倒せるのか?武器とかあるんか?」


「走って逃げればぁ、どうにでもなるってぇ、こんなまずい食事、1回2回抜いたからって何でもないって言ってた」


三好今日香が空気を読まずに爆弾発言を炸裂させた。

おいおいおい、まずい食事って、また村人が怒るよ?


「本当に走り抜けれると思ってるのか? バカなのか?」


俺の口から溢れる本音を止められない。



「何もかも行き当たりばったりだな。仮に、メチャクチャ運良く、奇跡的に、事務室にたどり着けたとして、そんでどうするつもりなんだ?あそこ、電気も水道も使えない状態だし、周りは魔物がうじゃうじゃだぞ?死霊の森って呼ばれているんだぞ?」


「でもみんな、魔物なんて見てないしぃ、ホントにいるのぉって疑ってた。あと、事務室に戻ったらぁ、前の世界に戻れるかもってぇ。私もそうかもって思ったから、着いていくつもりだったのにぃ、置いてかれた!これってイジメですよね!」


ミヨシキョーカ、なんだかんだと情報持ってるな。

サイコだが侮れないやつだ。だが絶対仲間にはせん!



「私は……それはない、って思った。事務室戻っても日本には帰れないって思ってた。でも、なんか、あそこに戻りたかった……グスっううっ、戻りたいよぉ グスっ」


話に割って入った4係の友部が泣き出した。

気持ちはみんな一緒だろう。

わからなくもないが、それでも頑張ってるやつらはいる。

頑張らない事を責めないが、頑張っている人達の足は引っ張らないでくれ。

そう思ってしまう俺って冷たいのかな。


ふと山川部長の方を見るととても苦しそうな顔をしていた。

助けないと宣言したが心の中で葛藤は続いているようだった。



「アイツらを連れ戻しに行っても、言う事聞かなそうだしなぁ」



身勝手なアイツらが好きに行動してどっかで死ぬのは自己責任だよな。

この国の人も開拓村の人も一度は、というか何度も手を差し伸べた。

その手を振り払ったのはアイツら自身だ。

ただその事で部長が負い目を感じたり、俺らの寝覚めが悪いのはちょっとなぁ。

どうすっかなぁ。



『見殺しにした』とか土屋あたりに言われそうだな。

まぁ俺は良いけどね。言われても。

でも部長は………。

部長やめたと言っても退職届出せる場所もない、気持ちの切り替えがキツそうだ。



「提案!」


俺は手を上げた。


「60…68人? 68人全員を助けるのは不可能だ。おそらくすでに襲われている可能性も高い。仮に助けに行っても『戻らない』と言われる可能性はもっと高い」


戻らないと言われたら、オッケーと返そう。


「とりあえず、見つけられて、かつ村に戻る意思のある者を優先に助ける、ってのはどうだ?」


部長が顔上げた。


「助けるってどうやって…」


「とりあえず一回林近くまで行ってみる。昨日のギルドの依頼で林の近くをブックしてあるからそこまでは飛べる。もしどうにもならないくらいゴブリンがうじゃうじゃいたら即戻るが」


「行くって、飛べるって?」


部長には以前に魔法がある事は話したが詳細は伝えていなかった。

部長が一緒に住む仲間になったら詳しく話そうと思っていた。


「魔法でテレポートする。林付近をブックマークしてあるのでテレポートができる。ただそこに誰かがいるかはわからん、けどマップで近くにいればわかるので」


「マップ……」


宙を見つめて山川部長は指を動かしていた。


「これ…そういう意味か」


「え?」


「いや、実は私もマップを開けるのだけど、黄色い点だらけで使い方がいまひとつわからなかったんだ」


「ああ、街中で開くとそうなりますよね。外で開くと敵、魔物とか盗賊とかは赤く映りますよ。……って部長?」



山川部長はまさかの職業持ち、つまりゲーム経験者だった。

部長の職業を聞いてみると”剣士“だそうだ。

これは、良い戦力が手に入った。

レベルを聞いてみた所、


「いやぁ、すぐやめちゃったんだよ。実は僕はミリオタでね、ミリタリーオタク。友人に誘われてサバゲーの方に転向してね。あ、リアルじゃないよ? ゲームのサバゲーね」


なるほど。

始めてすぐに別ゲームに移った口か。

剣士の戦力は初心者だが、この世界でマップやアイテムボックスなどが使えるだけでも破格だな。

アイテムボックスの中身を聞いてみたところ、”初期装備”“初期武器”“初心者用回復薬9個”

だそうだ。


いや、初期とは言え、丸裸よりは全然オッケーだぞ。

いざって時は身を守れるし、要らなくなったら売ってしまえばいい。

たぶんそれなりのお金になるはず。



山川部長も一緒に、68人を助けに行くことになった。

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