第90話 ゴブリンの氾濫

次の日の朝、教会では皆が慌ただしく動き始めた。


買い出しチームはシスター見習いのルーラちゃんと、シスタービアンヌ。

そしてうちのチームからは西野さんと新田さん、ダンの計5名。


地下室片付けチームはザイアス司祭のもと、シスタージーラ、うちのチームからヨッシー、ユースケ、ユイちゃん、それと山川部長の6名が。

そこに10歳前後の男の子たちも加わり片付けが始まった。


最年長のシスターダイアンと身重のあっちゃん、アリサとマルクは、残った子らの世話と食事準備を行っていた。

俺は朝一番にギルドへ様子を伺いに行った。



森と林の……森と林?「もりとはやし」面倒くさ。

森林でいいか。

森林のゴブリンどもが気になったのでギルドへ情報収集にいった。

ヒューゴ達もどうしているのか気になったし。



ギルドに入ると、中はいつもと違う空気で騒然としていた。

依頼ボードから依頼は全て外されて、代わりに”冒険者待機の紙が貼られていた。

冒険者達はそこかしこで塊り、何があったのかとヒソヒソ話をしている。


しばらくするとギルドの中がいっぱいになったので、ギルドの外で待機をするように言われた。

その間もギルド職員は慌ただしく動いていた。


「ランクBパーティの“赤気”と連絡取れました!」

「Cの“剛腕“はどうだ」

「剛腕はすでに待機してます!」

「パーティ、個人とわずEランク以外は全て集めろ!」

「現在外に50名ほど集合しています。先に説明してまだ来てないやつらを引っ張ってもらってはどうですか?」

「そうだな。とりあえず説明して一度散らすか」


俺はギルドの外に集まっている冒険者の中に竜の慟哭のヒューゴ達がいないかと探した。

俺が見つけるより先にヒューゴ達が俺を見つけたようだった。


「カオさん!」


ヒューゴの後ろからバルトロとメリーも顔を出す。

3人は昨日のゴブリンの異常な湧きで、ギルドの招集も察していたようだった。

とはいえ、パーティランクは下から2番目のDであり、今回のような魔物の氾濫は初めての経験で、かなり緊張した顔をしていた。


実は俺も緊張している。


ゲームで『モンスター湧きイベント』はよく開催されていた。

今回のように街の近くに湧くイベントはレベルの低いプレイヤーでも楽しめるように、モンスターのレベルもそう高くない事が多かった。

また、イベント時は死んだときのデスペナルティが免除される事もあり、死んでも即復活してまた挑むといったふうにお祭り騒ぎで楽しめた。


が、ここが、異世界での“現実”なら、死=終わり だろう。

ヤバイな。

気軽に死ねない。

うっかりも死ねない。

絶対死にたくない、と思うとものすごく緊張してきたのだ。



「……大丈夫ですか? カオさん!」

「カオさん、顔が真っ青ですよ、カオさん!」


あぁ、俺か。

緊張のあまり呼ばれてるのに気が付かなかった。


「大丈夫、大丈夫。たぶんだけど、たぶん大丈夫」


「いや、それ、大丈夫じゃないんでは?」


俺があまりに緊張していたせいで逆にヒューゴ達はリラックスできたようだ。



「みんな!聞いてくれ」


ゴルダの低くて太い声がみんなの頭上に響き渡った。

説明を始めるようだ。



「ここ数日ゴブリンの目撃が増えていた。北西の林、及びその先の森にかなりの数のゴブリンが発生している事がわかった。ギルドの斥候に探らせたところ、林に五百、森におよそ二千」


冒険者達が一斉に息を飲んだ。

ゴルダの話は続く。


「王都には早馬を走らせたが、馬が王都に着くのに5日、王都の冒険者や騎士団が駆けつけるのに10日、支援が来ると予想されるのは速くて15日後、それまでは俺たちで踏ん張らねばならない」


「そ、そんな」

「二千五百のゴブリンが……」

「15日どころか1日だってもつかどうか」

「いや、まだこっちに向かって来るとは限らんだろう」

「バカか あそこから1番近いこの街に来ないわけがない」

「ギルマス!ゴブリンはこっちに向かっているのか?」


「いや、まだ動き出してはいない」


「なんだ。じゃあゴブリンがそのまま留まってくれれば王都からの援軍が間に合うんじゃ…」


「すでにハグレのゴブリンはボロボロと林から草原に出始めている。ゴブリン本隊がいつ動き出すのかはわからん。10日後かもしれん、5日後かもしれん、明日かもしれん。今、かもしれん」


冒険者達の顔が絶望に染まった。



「ランクD以上は今回の討伐に強制参加とする。Dは年齢も若い、住民と一緒に避難の補助に回るように。実際前線で戦うのはC以上だ。お前らはいったん街中の冒険者にこの事を伝えてくれ。その後戦う準備をしてここにまた集まってくれ」


「あの、質問なんだが」


緊迫した空気を破るように俺はゴルダに声をかけた。


「この街に冒険者、えと、ランクD以上の冒険者って今どのくらいいるんだ?」


眉間に皺を寄せたままゴルダが答えた。


「150人……くらい、だろう」


それを聞いた冒険者がボロっと漏らす。


「150で二千五百のゴブリン……無理だ」


おそらくここにいる冒険者はみな同じ事を考えただろう。




「え?150人もいるのか。なんだぁ、よかったぜ」


俺はさっきまでの緊張が吹き飛びのんびりと言った。


ランクD以上が150人もいるのなら、ゴブリン2500匹なんてあっという間だ。

ちょっと安心した。

心の中で言ったつもりが口に出てたようだ。


「おい!何がよかったんだ!」

「あっという間なわけないだろ!」

「二千五百だぞ!こっちがあっという間にやられるわ」


うわ、そこらじゅうから大ブーイング。

だが俺は落ち着いて続けた。


「え?だって150人いるんだろ?ひとり20匹も倒せばあっという間に三千だぞ?」


え?俺、計算間違えていないよな?

150X20……で、3000 あってるよな?



「ひとり20匹とか!簡単に言うなよ!」


「だから、5人で組んで100倒せばいいんだぜ?」


「だから!百とか!無理に決まってるだろう」



「あ!俺ら昨日68匹倒した!四人で!」


ヒューゴがポロっと口にした。

続いてメリーも。


「うん。途中で街に戻ったけど、続けてたら百匹いけたよね?」

「ちなみに僕らランクDです」


メリー言葉にバルトロがうなづきながら言った。

周りの冒険者達が口をつぐんで俺らをガン見した。




「要は戦い方だと思うんだ」


ぐるりと皆んなを見渡して俺は言った。



「どう戦う?」


怖い顔を少しだけ面白そうに歪めたゴルダがきいてきた。

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