第19話 閑話 ゾンビが

話は遡る。


俺、鹿野香が死霊の森の中の事務フロアにひとり置き去りにされた晩のこと‥‥。



俺は東の資料庫に立て籠もっていた。

マップを開くとすでに職場の建物内のアチコチに赤い点がユラユラと蠢いていた。

とにかく今夜ひと晩はここに籠るつもりで段ボール箱を使って寝床と簡易トイレを作成した。

トイレはシュレッダーゴミを段ボールの中に入れて"猫トイレもどき"を作ったのだ。



する事もなくなり今夜はサッサと寝てしまおうかと考えた時、便意を覚えた。

寝る前にスッキリしておこうという事でさっそく猫トイレもどきを使用した。

使用しようとした。



だが、段ボールに向かって、イザ、出そうとするが出ない。

お腹は痛い。

ウンコしたい感はある。

あるのに出ない。


何故かストッパーがかかったかのように段ボールで用が足せないのだ。

外の木々に向かって立ちションならいくらでも出せる、と思う。

外の木陰で野グソ・・・も、出せると思う。


だが、室内の段ボール、で なぜか出ない。

う〜〜〜ん、う〜〜〜ん。


ふと、以前の派遣仲間(女性)の話を思い出した。

その女性は派遣に先行きの不安を感じ将来的に正社員の勤め先を探す事にしたそうだ。

そのために何か資格を…介護の資格を取得しよう!と思ったそうだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


介護の資格を取るための学校でさ〜、

最後の宿題というかレポートなんだけどね

紙オムツを実際に装着して排尿しないといけないの

「介護される側の気持ちをレポートにまとめなさい」

というのがあったんだよ

でさあ、これが、出ないのよ。

膀胱がメッチャ痛いくらいオシッコしたいのに、

何かのストッパーが働いてオシッコ出ないのよ。

何度トライしてもダメで結局嘘のレポート出したよ


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


と言っていた話を思い出した。


あの時は男の俺に何て話をするんだと苦笑いをしたが、これって、今俺にも謎のストッパーが働いている?

人間なのに猫トイレで出来るかーとか

人間としての変な矜持でも深層心理に埋め込まれているのかな?


「俺はネコ‥‥俺はネコ‥‥」


ダメだ。

出ないぞ。



仕方がないので猫トイレは諦めて、フロアの中央のエレベーター裏のトイレに行くことにした。


いざ行かん 人間のトイレへ!



マップで確認をすると今のところこの部屋の前の廊下に赤い点はない。


作戦としてはこうだ。


ここを出たらまず廊下を南へ向かってダッシュ、角を曲がったらそこで大きな音を立てる。

ここに人間がいるぞーと敵に知らしめる。

西や北にいる赤い点が南へ移動し始めたら、来た廊下を猛ダッシュで戻り資料庫の前を通り過ぎて今度は北へ。

角を曲がり北の廊下を突っ走ると中央に抜けるドアがある。

そこを抜けると、エレベーターホール西側のトイレ入り口がある。

男性トイレが西側なせいでかなり大事だ。


まず南、敵を引き寄せ、北経由で西トイレ、うん、オケ。

そっと音を立てずに資料庫のドアを開けて廊下に出た。

真っ暗なはずの廊下が俺の頭の上のライト(魔法)で明るく照らされた。


マズイ!

これ、敵が寄って来ちゃうか?

ジッと止まってマップを見ていたが、どうやら大丈夫のようだ。


廊下を南へ向かい一気に進んだ。

が、マップを見ると角を曲がったとこに赤い点がひとつ。

角の手前で一旦ストップ。


さっきはいなかった。

いつのまに沸いた?

俺の作戦がしょっぱなで躓いた。


再度マップ確認。

いる。

そこに。

角を挟んだ向こう側に。


マップには、角のこっちに青い点(俺)、角のあっちに赤い点(何か)

距離的に角からお互い3m程か‥‥。

ここは死霊の森、‥‥ゾンビ、だろうか?


「角を曲がるとそこにはゾンビが!」と妄想していてふと気がついた。


あれ?

これ、同じ光景をどこかで見たような気がする。

デジャブ?

いやいや、日本にゾンビはいないよな?

ゾンビの映画のシーンか?

いや、俺、怖い映画とか観ないし。

う〜〜ん、う〜〜ん


ピン!


「あ!」


思い出した、ゲームだよ。

パソコンのオンラインゲームを始める前にプレステをやったことがあった。


子供の頃はゲーム機を持っていなかった。

兄は買ってもらったけど、俺は買ってもらえなかった。

兄は俺に貸してくれることもなかった。


大人になったら自分のお金で買ってやるって思ってた。

大人(社会人)になってからの7年は忙しくてそれどころじゃなくなった。


7年勤めた会社を退職して上京し、少ししてようやく余裕ができた。

ボッチの夜が長くて、「そうだ!ゲームをやろう」と、初ゲーム機を買ったはいいが、どんなソフトがあるのかもわからず、

何となく手に取ったのが『ゾンビハザード』というホラーアクションゲームだった。


今思えば、ホラーもアクションも苦手な初心者の俺にとって、いきなりハードルの高いスタートだったな。

で、そのゲームの冒頭部分なんだけど、主人公がとある洋館についたところからゲームはスタートした。


鍵がかかっていて入れないドアが並んだ薄暗い廊下、

その廊下を進み、

行き当たりの角を曲がると、そこには!!!


ムシャムシャと死体を貪るゾンビが血まみれの顔で振り返る

そしてこちらに襲いかかってくるのだ!


ガブガブガブガブ‥‥

「You Died‥」

ゲームオーバーだった。


おっふ。死んだ。

ゲームスタート直後にゲームオーバー。


よっし、もう一度!

廊下に並ぶドアは何度試しても開かない。

となるとやはり角を曲がってあいつのところに行くしかない。

えーと、武器武器武器。

ナイフがあった!

とりあえずナイフを装備だ。


しかし、いきなりナイフで接近戦って、ナニコレ、ハードモード?

イージーモードを選んだつもりだったけど、もしかして間違えたか?

ハード選んじゃったのか?

とにかくナイフをセットしてー、いざ!角を曲がるぜ!


ガブガブガブガブ

「You Died‥‥」

おっふ


ナイフで攻撃とか、俺にはむいていないな。

うん。戦わずに逃げよう。

とにかく角を曲がらないとゲームが進まない仕様みたいだ。


まず角を曲がる → ゾンビが振り返る → すぐ逃げる


うん。この作戦でいこう。

角の前に立ち深呼吸

さあ、角を進むぜ!


ゾンビ振り返り

アワアワアワアワ ← 逃げられずパニック


ガブガブガブガブ

「You Died‥‥」

おっふ


うん。あれだね。

落ち着いて、「回れ右」でダッシュだね。

さあ、進むぞ。


ゾンビ振り返り

はわ! グルグルグルグル

ガブガブガブガブ

「You Died‥‥」

おっふ


コントローラーを持つ指に力が入りすぎた!

回れ右を押してる指が離れなくて、その場でグルグル回ってるうちに

ガブガブされたよ。


ふ〜。

「回れ右」は難しいぞ。

回らずにそのままバックステップで下がればよくないか?


ゾンビ振り返り

よし!バックだ! とてとてとて…

ガブガブガブガブ

「You Died‥‥」

のおおおおおおお!バック遅いよ


よし、ダッシュ前進でゾンビをかわして‥‥

かわせず、ゾンビに突っ込んだ。

ガブガブガブガブ

「You Died‥‥」


うん、ちょっと斜めに前ダッシュだね。

よっし!かわした!

壁に直面した!行き場がない!ゾンビが回れ右した!

ガブガブガブガブ

「You Died‥‥」


その後100回近くYouDiedになった。



「このゲームはこの廊下しかないに違いない。他の部屋は入れないし、ゾンビは強いし?うん、廊下は堪能したからもういいや」


ゲームは封印されたのだった。


という記憶が瞬時に蘇った。

現在の状況、角の向こうにゾンビ(←もはや決め付けている)がいる。

ゲームでは何度死んでもリトライ出来るが、ここは現実?

死んだら終わりだ。(たぶん)


………

うぅん

…………………。

戻ろう。


トイレに行く途中「You Died」になったら洒落にならん。



そしてすごすごと資料庫に戻った俺は猫トイレに駆け込み、

にゃーにゃー言いながら無事「ンコ」をする事に成功したのであった。


ちなみに、その後パソコンでオンラインゲームを始めたときも

前衛や攻撃職ではなく、後衛、回復、生産など、安全かつコツコツ系を選んだのは言うまでもない。

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