第16話 (株)やまと商事事務統括本部第三係 菊田弘視点①
俺、菊田弘は今森の中を走っている。
趣味がジョギングでもなけれな、ハイカーでもキャンパーでもない。
走る事どころか、虫がいるような森も大嫌いなインドア派だ。
では何故、森を走っているのか。
それは数時間前に遡る。
いつものように出勤して、いつものように目立たず自席で静かに過ごしていた。
お昼になったら社食で食事をし、あとはひたすら終業のチャイムを待つ。
そんな日常のはずだったのに、この日は違った。
仕事が始まりパソコンでネットを見始めて1時間もたった頃、突然机に突っ伏して寝てしまった。
目が覚めて焦った。
仕事中の居眠りをお局ババアとその一団に見られたらどんな陰口を叩かれるか。
慌ててキョロキョロすると近くの人らがみんな寝ていた。
え?
なんだ?
どうした?
なにがあった?
そう言えば部屋も薄暗く天井の照明が消えている?
目の前のパソコンも画面がおかしくなっていた。
ノートパソコンだからコンセントから電気を取れなくても電源は多少はもつ。
だけど社内の通信が切れているのか?
さっきまでこっそり見ていたネットも「繋がりません」の文字が表示されていた。
静かにパニクっていたら一番端の窓の方から大声で誰かの名前を呼ぶ声が室内に響いた。
声の主は鹿野くんだった。
鹿野くんは第六係、俺は第三係なのでチームは違う。
年齢は俺と同じくらいの40代後半だろうか?
ただ、俺は正社員だが鹿野くんは派遣社員だ。
そう。俺はこのやまと商事に正社員として入社した。
と言っても、まぁ、親がコネを最大限にふるったおかげでの入社だった。
地元茨城県では実家はそこそこ名の知れた地主であった。
俺は小さい頃からひ弱ですぐに寝込むような子供だった。
頭も並程度であったため家や親に守られてそこそこの大学まで出してもらい、東京都内に本社がある大手商社にツテ入社した。
入社後は茨城県内の営業所に配属になった。
が、職場内までは親の力も及ばず、すぐに職場内イジメの対象になりウツを発症して休職した。
休職、復活、リハビリ、休職、復活、リハビリといった感じを3ローテーションしたあと、東京都内の本部へ転勤となった。
「忙しくない部署だからゆっくり身体を休めなさい」
と人事課の人から言葉をもらった。
忙しいから心を壊したんじゃないのは誰もが、医者もが、知っていたくせに。
「同じような境遇の人もいるから大丈夫」
そんな言葉に騙されて、事務統括本部 第三係にやってきた。
本当に騙された。
百人ほどいる部の半分以上が性格の悪そうな年配女性だらけだった。
若い子がバリバリ働く営業所も辛かったが、
今とどっちが辛いだろう。
毎日陰口や当て擦りを言われてすぐにウツが再発した。
ただ、忙しい営業所と違って、ここはひと月に一度でも顔を出せば欠勤していても給料が貰えるという事が救いだった。
そうして月に一日だけ出社する日々を送っていた。
月に一度の出社日のある時、
同じチームのお局ババアの土屋さん達が聞こえよがしの陰口をいつものようにしていた。
聞きたくないので産業医の面談時間まで喫茶室で時間を潰そうかと立ち上がった時、土屋さんとそのパート仲間の話が耳に入ってきた。
「アイツに押し付けちゃえ!」
「ハケンにやらせればいいよ」
「男で派遣ってキモすぎない?ギャハハ」
ハケン?
誰の事だ?
俺の陰口じゃないのか?
「かーのー!これ、やっといて!」
土屋さんに呼び捨てにされていた男性の派遣社員がいた。
それが鹿野くんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます