「プログラマならばリアリストである」は偽である

@wasuregai

第1話

 「名前負け、という言葉があるでしょう。となると、あるヒトやモノに対して、ふさわしい名前、程度が低すぎる名前、不釣り合いなほど素晴らしい名前がある、ということになる。それならば、名前には格があるといえるね。それで、だ。それを踏まえて君のこの課題での関数の名づけには、どんな背景があるのかぜひ伺いたいのだけれど、構わないね。」

 僕の学部のある教授は、こういう言い方が恰好いいと思っているのか何なのか、常日頃煙に巻くような言い回しばかりする。


「評価の基準はテストケース200件を正確に短時間でクリアできるかどうかで、後は問わない、と言ったのは私だし、いくら君が下ネタに走ったとしても、今学期一番の評価がついたのは君なのだけれども。なに、単純な好奇心だよ。」


 夏には麻のスーツ、冬にはツイードを選ぶ、おしゃれ好きなおじいさん、といった風を醸しながらも、ヒョロガリ理系ヲタクが年経た、という雰囲気はぬぐえない、目だけが年甲斐もなくきらきらした人。それが教授だ。今もこうして僕の提出物を見て、CSV読み込み関数のseishi()、JSONファイル書き込み関数のchild()を始めとするネーミングにああだこうだといいながらも、結局は「中身」の話がしたいのだろう。目がそう言っている。


 「卑近な、という言葉がありますよね。誤用されている場合もありますが、その言葉自体は単に身近でわかりやすいことを表すのは存じております。しかし、卑しくて近い例、というのはすっと頭に入ってきやすいんじゃないですか。入学以来、僕らに可読性の高いコードの重要性を説いてこられたのは教授ですよ。二つの別のデータが流れて、複雑に組み合わさり、最後にすべてが一体となって別の何かができるところが、びしっと保健体育でやるような『子供のでき方』に重なったから採用してみました。」

 そっと水を向けてみた。


 「ふうん。確かにね。」


彼の特徴的な目が瞬く。視線が交差した。


 「ねえ。やっぱり、来年はうちのゼミにおいで。」


それだけ言い捨てて、教授はふらふらと講義棟から出ていった。小さくなりゆく背中が運動場を横切り、書庫に消えるのを見送って、僕はそっと溜息を吐いた。


 勿論、お誘いいただけるのは名誉なことだが、先生の立場は正直かなり難しい。弟子扱いでもされたら、研究者生命なんて風前の灯火なのである。なんたって、35年前に出された『祓詞における型定義の有用性について』を皮切りに、怪しげな論文を濫造し、とうとう学会を追われて、なぜかうちのような弱小私立地方大の教授に収まった変人だという噂が学部1年春の時点で聞こえてくるレベルなんだから。


「例えば君たちが丑の刻参りをして、誰かに復讐しようとしているとする。ただ『死んじゃえ』と思ったとして、そのエネルギーがどこかに作用することはありうるけれど、憎い誰かの心臓の動きを止めることに集中して最適化されるとは考えにくいね。なら、逆に全て事前に道筋をつけておいたらどうだろうか。君たちの怨念は一直線に仇敵の心臓の洞房結節めがけて進み、一定時間そこを押さえつけて、無事満願成就させるかもしれない。」


よりにもよって情報科学科の新入生向けガイダンスでこんな大演説をぶったその日から、教授は僕らに「データ構造とアルゴリズム」やら「計算機演習B」やらの当たり障りのない授業を持ちながらも、端々からこの「やばさ」をご提供くださってきた。


……そして、それなのに、悪くないな、と思ってしまう自分に一番、辟易している。

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