何故居るの

 

 いよいよ今日がやってきた。大事な商談の日。

 審査が通って決まれば、グレイスター商会に補助金が入る。しかも金貨1000枚。二度目以降は金貨100枚だけど、それでも大きい。


 何としてでも審査を通りたい。そしたら離婚裁判も出来るし借金だって余裕で返せる。何より従業員が雇える。

 練習も準備もバッチリ。カラフルな織物が映えるようにグレーのドレスも着てきた。

(ヨシ!)


「この度は貴重なお時間をいただきありがとうございますアンドリュー殿下」


 だいぶ暑くなってきた今日この頃。たくさんのサンプルを抱え、私は此処へやってきた。

 きっと後ろを振り返れば街が一望できる素晴らしい景色が広がっているだろうが、今は前しか向けない。


「いや此方こそ。この前のパーティーでは不快な思いをさせてしまって申し訳無かった。王族主催だったのに」

「いえいえ! パーティー存分に楽しませていただきましたので! お料理もすごく美味しかったですし!」

「ふふ、イーサンから聞いたよ。その後が大変だったみたいだね。お家の方は少し落ちした?」

「まぁ……いっときよりは」

「そっか。私より若いのに本当にしっかりしてるよ……。さ、じゃあ早速始めようか! こちらは装飾責任者のリチャードだ」

「宜しく」

「宜しくお願いします」


 まずは王宮をシーズン毎に彩る装飾の意味や決まりを殿下の口から説明を受け、そして実際に装飾されている場所へ赴きプレゼンが始まる。

 グレイスター商会の製品は織物なので、カーテンや絨毯など、既存の装飾からさらにシーズンの色を演出できると思うし、もう随分と昔から王宮御用達となっている老舗刺繍メーカーのレインズとのコラボも視野に入れている。

 実際ガッティーナブティックではコラボされたドレスも販売していてとても好評だ。

 現在王宮に飾られている大きく立派なタペストリーも、グレイスター商会の織物を使えばもっと華やかになるのではないか。


「ふむ、さすがエミリー嬢。ほんっとにしっかりしてるよ。これは個人的な意見だけどさ、王宮の絨毯とカーテン、今はありきたりな深紅だけど……シーズン毎に模様替えするのもなんだかワクワクするよね」

「はは、確かにそうですね。仕事するのも楽しそうです。わたし的にはグレイスター商会の得意なチェック柄で彩るのもありだと思います」

「いいね。ま、でも実際そんなことしたら無駄な贅沢だと国民から反感を買うだろうな」

「そんなことないですよ! 例えカーテンでも布は布ですから! 使い道はいっぱいありますよ!」


 孤児院の子ども達に洋服を作って寄付したり、小物を作ってバザーで売ったり、それこそテディベアなんか作ればヒット間違いなしだろう。なんならコレクターだって出てくるはずだ。


「ましてや王宮で使われた製品ですからね、縫いほどいてただの布としても欲しい人は居ますよ。王宮で使われたという新たなブランド価値が生まれますし。ユーズドでも物は確かですから。新品を買おうと思っても貴族向けの織物って結構高いんですよ?」

「……ふむ。それは考えなかったな……その先があるのか……」

「いやはや……エミリーさんさすが商人ですね……」

「良い褒め言葉です! ありがとうございます!」


 発注にかかる金額と戻って来る金額。たとえトントンにならなくても無駄じゃなければ良い。何かを作って売れば雇用が生まれる。そうすれば国全体が動くから。


「……あのぉ〜〜。いま関係ないんですけど……一つだけ宜しいでしょうか……」

「どうしたリチャード」

「暫く前から柱の陰で誰かがこちらを伺っているのですがアレって……」

「ああ……アレか……」

「えッ……!? 誰か盗み聞きしてるんですか……!?」


 ひそひそ私の背後を見て二人で話すから、ゾッとした。もしも同業者のスパイならたまったもんじゃない。

 一体何処のどいつだいと振り返れば、直ぐ様柱の陰に隠れる男。隠れたところで意味はない。だっていま目が合った。


「………っ〜〜〜イーサン!!? あなたここで何してるのよ!!」


 声高らかに名前を呼べば白々しく出てくる男。我が婚約者。


「や、やぁ……! 偶然だネ! エミリー、殿下もご機嫌麗しゅう! そちらの男性は存じ上げませんがエミリーとはどういう関係で?」

「はあ?」

「えっ、私ですか……!?」


 偶然なわけがあるわけ無い。イーサンがどんな用事で王宮に来るっていうのだ。お父様のウェルナン伯爵ならまぁ居ても可怪しくはないだろうけど、そもそも王宮へ足を踏み入れるなら許可が必要じゃないか。申請しなければもちろん許可も下りない。ということはイーサンはわざわざ申請して後を付けてきたということになる。


「え? イーサン、本気で何やってるの? 今仕事してるんだから邪魔しないでくれる?」

「本当に仕事か? 殿下の伝を頼って男性と見合いでもしてるんじゃ……」

「は? 死にたくなければ今すぐ私の視界から消えてほしいのだけれど??」

「エミリー! 君は危機感がなさすぎるよ! そんなドレスで隠してるつもりかい!? 俺は心配で心配で……!」

「はあ?」

「ッ、まあまあ! ふたりとも落ち着きなよ……! イーサンったらそんなに心配しなくたって本当に仕事してるだけださ! 彼は宮殿の装飾責任者、奥さんも子供も居る立派な幸せ者だから安心して!」

「で、殿下……? 何を仰って……というかイーサン様ってあんな御方でしたっけ……?」

「うーん。私もよくわからない」

「え」


 またひそひそと小声で話す二人。パーティーでも殿下に気を遣っていただいたのにここでもか。しかも初対面のリチャードさんにまで気を使わず始末。あの男、どうしてくれよう。

(今日は大事な商談だっていうのに! 何であの男は! この、この……!)


 沸々と怒りが湧いてきたから、わなわなと拳を握りしめていると、隣りに居た殿下が心を落ち着かせるようにそっと腰に手を添えた。ハッと我に返って握りしめていたサンプルのシワを伸ばす。


「あはは、丁度エミリー嬢からいい提案を聞いたからね、商談も終わりにしようと思ってたんだ! どうだい? 折角だから皆でデザートでも。エミリー嬢も緊張で疲れたろう、王宮のデザートは美味しいよ?」

「わわ! ぜっ、是非戴きたいです……!!」

「良かった! では案内するからちゃんと付いてきてね?」

「はい!」


 さっすが将来国を背負う御方。場の雰囲気も私の心もガラリと変わった。

 私の婚約者もこんな気さくでいて気が利いて切り替えが上手くて落ち着いた紳士だったら良かったのに。

 なんて、そんな人アンドリュー殿下ぐらいしか居ないか。

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