サプライズ【イーサン視点】


 ハァハァ……なんて幸せなんだ……。エミリーの手が、毎日頑張る美しい指が俺のものに触れてくれる。

 可愛い俺のエミリー……。そもそも男がホテルに誘う時点でもっと疑うべきだろう? シャワーだって言われた通りに浴びちゃって。純朴で頑張り屋さんでちょっぴり天然なんだからもう。可愛いなぁ。


 俺の婚約者がえっちで可愛いから頭を撫でると、キッと睨まれた。それでも責任を果たそうと頑張ってくれるエミリー。

 嗚呼エミリー、そうだよ。あと少し、あと少しで……ッ!

 エミリー……! エミリー……!


「──あああっエミリぃー……っ!! ………………夢か」


 何だい。あと少しだったのに。

 しかし今日のは夢だが起こったことは現実だ。俺の婚約者がとてつもなくえっちで可愛いからこうして夢にまで見ている。次に会えるのはいつだろう。

 前回はエミリーの為に催淫作用のアロマを焚いたが自分に効いてしまって大変なことになったから、次回は身一つで望もう。そうすればエミリーもちょっとは認めてくれるのではないか。

 全く。俺はこんなにモテるのにエミリーったら俺にだけ辛辣なんだから。つれないところも可愛いよエミリー。


 って、今日はこんな惚気けている場合ではないんだった!

 エミリーという人物を知ったからには動かねばならない!


「お父様……! どうしてグレイスター家が大変だってこと教えてくれなかったんですか!」

「何だイーサン。やっと自分の婚約者に興味を持ったのか」

「っし、知る機会が無かっただけです……!」


 別に興味が無かったわけじゃない。寧ろ、興味があったから、敢えて遠ざけていたのかも。

 出来ない作法を卑下するわけでもなく恥じて動かないわけでもなく、にこにこ輝く笑顔を武器にして、「すごいわ。皆さまどうしてあんなに上手に踊れるのかしら。本当に美しいわ!」って心の底から本気で言うんだ。

 美しいのは君の方だよエミリー。


 俺は醜い心を持っていたから、それが受け入れられなかった。純朴ささえ受け入れられなかったんだ。どうせ“こっち側”の人間なんだって、認めなかった。

 それが蓋を開けてみたらどうだい。不倫しておいて地位欲しさに離婚を拒否する母親に散財する妹。借金の返済に追われパーティーの後でさえ仕事をしている。だけど君は投げ出さずひたむきに頑張るんだ。

 そんなの見せられたら誰だって好きになるに決まってるさ!

 放っておいたら誰かに持っていかれてしまうじゃないか!

 ただでさえ俺のエミリーはえっちで可愛いのに!!


「グレイスター家については私から何度も援助を申し出たが毎度頑なに断るから最近は諦めたよ。さすが商会上がりというのか……そもそも父娘おやこで変に真面目だからなぁ。迷惑を掛けたくないと心から思っているんだろう」

「婚約している、理由はそれだけで十分じゃないんですか?」

「なんだ、父を馬鹿にする気か。私だってそう言ったさ。エミリー君にだって直接申し出たけど、家族じゃないからと断られた。家族の問題は家族で解決する、とね」

「かっ! 家族じゃないだって!? 将来結婚するのに!?」

「そうだとしても今現在家族ではないからな。本人たちが頑張って解決しようとしているのだから大人しく見守るのも一種の優し、」

「なら俺エミリーと家族になるよ!」

「……は?」

「エミリーを助けたいんだ! お父様! 結婚の許可を!!」

「み、見守るのも一種の優しさ……」

「結婚の許可を!!」

「ムムム……っ」




 *******


「──というわけでエミリー。結婚しよう」

「というわけがどういうワケなのか全く分からないわ」

「どういうわけも必要無いだろう? 俺たちは婚約しているんだから。いつかは結婚するさ」

「いやそれはっ、そうだけど……っ、い、いま? いま私プロポーズされてるの……?」

「そうだよエミリー」


 色とりどりのハーバーライトが海面をきらきらと輝かせる。

 最高のディナーを楽しんだあと、とりとめもない会話をしながら海風が肌を撫でるこの場所で、俺は片膝をついた。婚約者に結婚指輪を差し出して。

 周りでデートをしてたカップル達はパチパチと祝福してくれている。

 なんて幸せな光景なんだ。きっとこの瞬間は俺達にとって最高の思い出になるだろう。


「さあエミリー。焦らしてないで早く受け取っておくれ」

「えっ、えっ、むっ、むりぃぃ……」

「む、むり……??」

「いやだって……! こんな急に……っ!」

「サプライズさ!」

「ん゙ん゙……っ」

「え゙……」


 なにやら不穏な空気に見守っていたカップルたちの拍手の音が段々と静まってゆく。

 こんなのは駄目だ! 美しくない! 俺は伯爵家の息子だぞ!?

 プロポーズを断られたなんて一生の恥じゃないか! しかも婚約者に!!

 最悪の事態は絶対に避けたい。仕方無い。ここはエミリーの純朴さと天然を利用させてもらおう。

 これはエミリーの為でもあるんだよ。だって俺の妻になるのだから。


「っエミリー……! エミリー……!」

「何で突然小声なの……」

「これは貴族のしきたりだから受け取ってくれなきゃ困るんだよ……!」

「そっ、そうなの……?」

「ごめんよ……! てっきり知っているものだと思っていたから……。サプライズにしてしまった俺が悪いね……ごめん……」

「やっ、えっ……わ、私の方こそ知らなくてごめんなさい……」

「俺が指輪をはめるからそれで終わりだよ。はめても良いかい?」

「っ、分かったわ……! ど、どうぞ……ッ!」


 震えるエミリーが左手を差し出すと周りから「おおーー!!」と歓声が上がる。やはりこうでなくては。

 “とても嬉しそうに”左の薬指を眺めるエミリーに、もう一つ念押しで吹き込んだ。


「本当は婚約して一年でこのしきたりを行うのだけど……改めて謝るよ。遅れてごめんね」

「そうなのね……。あの……知らなかったから……イーサンが謝る必要はないわ。むしろ私の方が謝らなきゃ……本当にごめんなさい」

「良いんだよ。こうして受け取ってくれたんだから。因みに指輪を受け取ってから一年は健康上の理由以外で外しては駄目だよ」

「え゙」

「分かりやすく言うと婚約から一年目は互いのは意思疎通の期間、指輪は問題無く過ごし意思疎通が出来たという証なんだ。“私達は結婚を約束した仲なんだ”って周りに見せつけるためにね。もしも二年目で更に式を上げる前に指輪を外していたら、そういう・・・・ことだよ」

「そうなのね……全然知らなかったわ」

「エミリー。だから君も恥ずかしがらず堂々と指輪をはめて日常を過ごすんだよ? だってそういうしきたりなんだから」

「……ええ……分かったわ……」


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