やり直すなんて絶対無理
(あの人“やり直したい”って言ったの!? 信じられないわ!)
確かにシャンパンを掛けられて美しい終わりを迎えられなかったけれど、パーティーを最初から“やり直す”だなんて!
貴族の考えることは本当に理解出来ないわね、と巻き込まれるのは面倒なのでイーサンを無視して車を出した。
王族主催のパーティーをやり直すって何。どういう原理かしら。出資しているのはアルダ侯爵家だっていうし、恋人のルイーザさんに頼めばやれなくもないのかしら。それにしてもやり過ぎよ。
「やぁ待ってたよエミリー、グレイスター商会の商品がすっからかんだったんだよ!」
「本当? それは嬉しいわ!」
老舗生地屋のロマンスグレーなオジサマオーナー。
もっと持ち込みたいけれど手が足りない。グレイスター家の事情は理解してくれてるから催促はしないけど、ブティックからのオーダーを上手く何ヶ月待ち予約で交渉してくれるから、感謝しかないし申し訳無い気持ちでいっぱいだ。
それでも気長に待って下さるブティックにも感謝しきれない。
無事に納品して、小切手を受け取り、銀行に行って現金化すると、直ぐに妹が作った借金の返済に充てる。稼いでも直ぐに無くなるなんて非情よね。
(まぁあの子が中等部を卒業するまでの辛抱よ)
その後、疲れすぎた身体は家に帰るとスイッチが切れたように動かなくなってしまった。そのまま深い眠りへと落ちてゆく。
──次の日は店番だった。
お店ではオリジナルのアイテムを扱っていて、主に平民が少し高めのプレゼントとして購入する。貴族向けの生地と比べると品質は劣るが、唯一無二の織柄は(自分で言うのも何だけど)人気だ。
いつもならゆったり接客して落ち着いた店内なのに、お呼びでない客人がひとり。
「エミリー!」
「え。イ、イーサン……?」
「君と話がしたい!!」
ある程度の不測の事態なら慣れているけど、思わず笑顔が引き攣る。昨日のことがあるからだ。
幸いお客様が帰られた後だったので店内には私と彼の二人だった。
「ど、どうしたの……? 話って……プライベートな話かしら……?」
「そうだ! 君との関係についてだ!」
「そう。なら今仕事中だから今度にしてくれる?」
「エッ!?」
ほらほら帰った帰ったと押し返す私に、イーサンは「ま、待ってエミリー! 話を! 話だけでも! せめて次の約束ぐらいは……!」と叫んでいる。
確かに。せっかく来てくれたのに次の約束も決めずに帰すのは流石に人で無しよね。
「はぁ……分かったわ……。次に会う約束をしましょう? だから今日はもう帰って。仕事中なの」
「ああエミリー! じゃあ早速今夜にでもどうかな!」
「は? 無理に決まってるでしょ。この店何時までだと思ってるのよ。20時閉店よ」
「ご、ごごごめん。思わず気が舞い上がってしまって……。あ、明日は……」
「明日はブティックに行かなきゃいけないの」
「ディナーも駄目かい……?」
「ディナーは…………」
行けなくもないけど。
イーサンとディナーか。この前はハンカチを渡すためだったから仕方無いにしても。いつもならランチで済ますのに。
本音を言えば面倒臭いわ。話も面白くないし。
「先日のパーティーで料理が美味しいって言ってたろう? そのシェフが開いてるお店、今日か明日なら予約取れそうなんだけどなぁ〜……」
「え"」
「またあのお肉、食べたくはないかい?」
「ぐッ、……〜〜分かったわ! 行くわ!」
「良かった!」
我ながら肉に釣られるなんて忌々しい舌め。
(でもあのお肉は本当に美味しかったのッ……!)
「マイケルと迎えに行くよ。午後六時は家に居るかい?」
「ええ、その時間ならもう戻ってるはずよ。でも本当に良いの? 高いんじゃ……」
「エミリーの為なら痛くも痒くもないよ。婚約者なんだからこれぐらいして当たり前さ。それに一応伯爵家の次男だしね」
「え、あ、そ、そうよね。ごめんなさい不躾だったわ」
「嗚呼、愛しい人……今から明日の夜が待ち遠しくて堪らないよ」
私の掌をそっと取り、甘ったるい声で囁いたかと思えば、甲にちゅっと口付けをされるものだから思わず「ひょぇっ」なんて言ってしまった。令嬢らしからぬ奇声なのは分かっている。
「ふふ、照れているのかい。可愛いね」
「へ!? ア、アハハハ! ……じゃ、私仕事中だから」
「ああ! また明日会おう!」
ご機嫌で手を振るイーサンの見えないところで甲を拭ったのは言うまでも無い。
(なにあれ。キモいわ)
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