本気で死のうとはしてないのでそんなに心配しないで下さいっ

ぱっつんぱつお

何気なく呟いた。だけだった。


「はぁ…………。もういっそのこと死んでしまったほうが楽なんじゃないかしら……」


 形ばかりの婚約者と人気のお店でランチを頂いたあと、ぽつり、呟いた。

 何故そう思ったのか。

 その原因は実家の財政難である。


 ──五年前。

 母と妹を残し、父と二人で王都へ引っ越した。

 手作業で一枚一枚丁寧に織り上げた織物を売るため、一念発起したのだ。

 自分で言うのも何だが品質も良いし、織柄も繊細で丁寧。貴族をターゲットにしたそれは父の見立通り大成功だった。

 いち商人だった私達は今では新興貴族。男爵の地位を賜った。それぐらい儲かった。


 だが男爵令嬢となって早三年──。

 私たち家族の関係は突然音を立ててボロボロと崩れてしまったのだ。


 まず初めに発覚したのは母の不倫。

 相手は近所の精肉店、店主。顔も知っているし私だって何度もそこで買い物をした。五年前は、いってらっしゃい頑張ってねと、寂しそうな笑顔で送り出してくれたのに。

 詳しく聞いてみると、関係は私達が出て行く少し前からだったそうだ。


 そして私と父がショックを受けていたところに舞い込んできたのは、恐ろしい枚数の請求書。

 使い込んだのは妹のエリカ。中等部に通っていた素朴な女の子だった。なのに、私達が稼いだお金で、金持ちだ貴族だと、知らぬ間に何年か前から浪費していたようだ。

 アクセサリーにドレス、化粧品。仕送りの額を等に超えた金額。少し見ない間に派手な化粧までして。


 離婚しようにも母は男爵婦人の座を棄てたくないがために拒否し、離婚裁判をしようにも妹が作った借金を返すので精一杯。妹も一度覚えた贅沢が止められず、説教され反省はするのだが、忘れた頃に内緒で買い物をしている。

 働いても働いても借金は減らない。


 そんな傍らで、貴族というものは家のために結婚するのだと聞いたからそれなりの人と婚約させてもらった。

 伯爵家の次男だかなんだかで顔は良いけど会話はつまらないし無表情だし私と話すのも嫌だというオーラを醸し出している。

 噂によると舞踏会では別の女性と参加し踊っているんだとか。

 私自身も新興貴族だから振る舞いも見られたものじゃないのは分かっている。貴族のお約束ごともまだ全然知らない。ダンスだって少しは頑張ってみたけど、それどころじゃなくなった。

 別に婚約相手に興味はないから誰と踊ろうが気にしないけど。

 そもそも構ってられない。とにかく今は生きるので精一杯。


 そんなこともあってか父は酒に逃げるようになってしまった。

 酒でも飲まなきゃやってられないのは分かる。だがこのまま酒に呑まれてしまわないかと心配だ。どうか己を見失うまでは溺れないでほしい。


 ここ最近は今日の御飯さえ厳しい。私たちグレイスター家もいよいよ終わりなのか。

 ただひとつだけ有難いのは、婚約者と食事を共にすればタダ飯にありつけることだ。

 これが結構感謝している。美味しいのは勿論のこと、連れて行ってもらうお店はどれも人気店で予約も取るのが難しい店だと街の人から聞いた。

 ただやっぱり、会話はつまらない。


(今日も帰ったら織らなきゃ……)

 来週の納期までに一反完成出来ればその分来月の生活費に余裕ができる。

 もう楽になりたい。色々ぐちゃぐちゃで全部やめて逃げたしたいけど、いっそのこと無理心中でもしちゃおうかなって思うけど、今まで助けてくれた人達に顔向け出来ない。


(だからまだ頑張るのよエミリー! あともう少しの辛抱じゃない!)

 気合を入れて席を立つと、先に帰った婚約者イーサンの忘れ物がある。

 手にとって見ると、それはハンカチだった。私が彼と婚約して初めてプレゼントしたもの。

 仕事先の人に“貴族令嬢はよく刺繍入りのハンカチを好きな人に渡すのよ”と教えてもらったので織ってみた。

 刺繍なんて出来ない。織ることしか出来ない。社交界にも慣れていないし婚約したばかりで彼の好みなんて分からなかったけれど、彼の雰囲気に似合うよう織ったハンカチ。ダークグレーに紫とチェリーピンクのチェック柄。


「こんなものでも律儀に使ってるのね。お手本通りの紳士な貴族男性って感じ。……次に会ったとき返せばいいか」


 忘れ物のハンカチを鞄に仕舞って、私はレストランを後にした──。

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