第57話

 未来の歴史において。

 史上最も巧い撤退戦と言われるフェルジャンヌ王国軍による撤退作戦。

 撤退戦中に幾度も相手を包囲し、撤退しているはずのフェルジャンヌ王国よりも攻勢を仕掛けているはずのドレシア帝国の方が損害が大きくなったこの撤退戦。


 撤退戦を大成功に収めたフェルジャンヌ王国は守りやすい山岳部に陣地を築き、防備を固めていた。

 だが、未来の歴史はまたも知っている。

 ドレシア帝国がこれでは終わらないことを。

 それ故にフェルジャンヌ王国軍を指揮したノア・ラインハルトとドレシア帝国軍を指揮したアレティア・フォン・ドレシアの二人が世界で最も強い指揮官の二人と称されるようになったのだ。

 

 ■■■■■


 フェルジャンヌ王国の防衛拠点の一角で。


「ずっと攻めっぱなしの日々よりもこっちのほうが楽で良いな」

 

 補給部隊より運ばれてきた様々な物資を仕分けしている一人の兵士が素直な感想を漏らす。

 ここまでフェルジャンヌ王国はずっと攻めて攻めて攻め続けていた。

 息を吐く余裕のない連続攻勢はフェルジャンヌの兵士の体力も確実に削っていた。


「……このまま終わってくれねぇかなぁ」

 

 他の兵士に聞かれれば腰抜けとして罵倒されかぬない言葉を兵士は漏らす。

 命の危険は、こんな戦争はもう懲り懲りだ……そう、心の底から思う。

 

 歴史上類を見ない世界規模での戦争なのだ。

 世界各国による貿易が下火になったせいで食料が足りなくなったり、ものが売れなくなったりで、一般庶民の生活はどんどん苦しくなっていく一方だ。

 かくいうこの兵士も食っていけなくなったがゆえに兵士として親より売りに出されたまだ小さな少年である。

 

 これ以上戦争を続け、泥沼の戦いを広げても庶民の暮らしが圧迫され、少年のように親から売られる子供が増えるだけだ。

 売られら少女の未来は悲惨そのものである。

 兵士に回され、そのままボロ雑巾のように打ち捨てられた小さな少女を少年は見たのだ。


「このまま何事もなく終わってくれると良いんだけど……」

 

 嫌なことを思い出してしまった少年の兵士は眉を顰めながら言葉を漏らす。

 そんなときだった。

 外から大きな音が聞こえてきたのは。


「なんだ、何だ?」

 

 大慌てで仕事をしていた部屋から外へと飛び出してきた少年の兵士。


「……船?」


 そんな彼が見たのは海の上で漂ういくつもの巨大な船であった。

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