◎第50話・罠真っ盛り

◎第50話・罠真っ盛り


 やがて宙に浮く水薬の効果も切れ、しばらく歩いていくと、長めの芝の生えた区域に突入した。芝というより草原といってもいい。

「芝……なんでいきなり床が変わったんだろう」

 ぽつりとつぶやいたカイルは、しかし自分で言った直後に意味を推測できた。

 これは、罠を張っているのを隠すためではないか。

「レナス、アヤメさん、罠によく注意して進んでください」

 言ったところ、さっそく報告があった。

「あ! トラバサミ発見!」

「しかもそこら中に敷かれていますぞ!」

 カイルからはなかなか見えなかったが、それは彼が罠に関する知識も経験もそれほど多くないからかもしれない。

 またも複数の仲間から声が上がったので、カイルは信用することにした。

「レナス、宙に浮く水薬はまだあるかい?」

「もう品切れ。カイル君が買い控えるものだからね。困った頭首さんだねえ」

「だから、それは仕方ないって――」

 反論しつつ、カイルは視界の隅を魔法人形が通過していくのを見た。

「いや、騒がないほうがいい。この近くに魔法人形がいるね」

「戦闘に入ると面倒ですな」

「とはいえ、宙に浮く水薬が切れた以上、魔法人形を警戒しつつ、トラバサミを地道に解除していくしかないね。魔法人形もトラバサミに掛かるとすれば、そうそう身軽に動けはしないのが救いだ」

「エェ、そんな力業みたいな」

「他に代案があるのかい、レナス」

 聞くと、レナスはなにやらもごもご言いながらうつむいた。

「代案がないならそうするしかない。進路はなるべく魔法人形の監視に引っ掛からないところを決めるから、解除をお願いしたい。万一戦闘になったら、僕たちがレナスとアヤメさんを守るから。ちょうどバリスタとか電光の杖とか、強力な魔道具もあるし」

「めんどいのやだ……けど、まあそうするしかないよね」

「左様。幸いトラバサミなら、それがしは簡単に解除する方法を知っていますゆえ、お任せくだされ」

「それはよかった。すまないけどよろしく。僕は経路の指揮をするよ。セシリアさんは魔法人形を警戒して」

「承知した。やっと私の出番だな」

 セシリアは満面の笑み。きっと先ほどのトリモチの件では出番がなかったのを気にしているのだろう。

「よし、じゃあまずはここからまっすぐ」

 カイルは指示を飛ばした。


 無事にトラバサミ地帯を抜け、彼らは再び土の床の区域に入った。

「やっぱりあの芝はトラバサミを隠すためだったんだね」

 カイルは沈黙がちな仲間たちに話しかける。

「そうだね。しかし魔法人形に見つからなくてよかったよ。あの罠だらけのところで戦闘なんて考えたくもない」

 レナスは明るく返すが、残り二人は軽く微笑しつつも積極的に会話に参加しない。

 想像以上に二人は体力を消耗しているようだ。否、レナスも本当は疲れているに違いない。なにせアヤメと一緒ではあるが、罠解除の主役だったのだから。

 とはいえ、ここで休むわけにもいかない。忘れてはいけないが、この迷宮の攻略は合戦中の任務、遅れて味方が窮地に陥れば大変なことになる。

 ドレイクから聞いた限りでは戦況は悪くなさそうだが、いつ状況が変わるとも知れない。

「アヤメさん、セシリアさん、栄養水薬を飲むかい?」

 彼は在庫の水薬を思い出し、声をかける。

「おお、ありがたい」

「それはいいな。ありがたくちょうだいしたい」

「レナス、渡してあげて」

「私も飲みたい!」

「分かった。一人一つだからね。……ああ、僕は要らないよ」

 カイルは首を振る。

「えっなんで? カイル君もお疲れじゃないの?」

「僕には【司令】のほかに【主動頭首】も効いているから、持久力はレナスたちより高いんだ。まったく天性がそろうと困っちゃうなあ。か弱いレナスよりずっと困っちゃうなあ」

「もう! 他人をあおって!」

 レナスはふくれ面をする。

 カイルは冗談を言ったが、実際、彼も疲れてはいた。

 しかしリーダーとして、弱いところを見せるわけにはいかない。

 やせ我慢であった。

「じゃあ私たち三人で、女の子の栄養水薬を頂きます」

「女の子かどうかは関係ないと思う」

 カイルは冷静に突っ込みながら、近くの段差に腰かけた。


 やがて、石造りの部屋にたどり着いた。

 目の前には階段が二つある。

「罠かな?」

「たぶん罠だね」

 カイルとレナスがうなずき合う。

「さて、片方は正解だとして、もう片方はどこにつながっているのかな」

 カイルは冗談交じりに言ったのだが、真面目に答えた者がいた。

「右側の階段は転移の罠ですな。道をしばらく戻ることになるようです。正解は左側と思料しまする」

 アヤメである。

「おや、そうだったのか。レナスは?」

「私は確かに【罠解除師初級】だよ。けど、仮に転移の罠だとすると、そういう種類の罠は解除できないから、実のところよく分からない。ごめん」

 しおらしく頭を下げるレナス。

「おっと、すまないことを聞いたね」

 柄にもない素直ぶりに驚きつつ、カイルは二つの階段を見る。

 しかし、レナスは反問する。

「で、【司令】と【主動頭首】の頭首様はいかがお考えですか、カイル閣下、二つも有効な天性を持っているなら、さぞ丸わかりでしょうなあカイル閣下」

 反問というより皮肉だった。

 自分に答えられない質問をぶつけたことに、軽く不満でもあったのだろう。

「エェ……僕の天性はそういうものじゃないし。まあしいて言うなら、アヤメさんの所見が正しい気がする。右側の階段は、なんかわずかにゆがんで見える」

「なるほど。カイル殿の天性だとそう見えるのですな」

「違うのかい?」

「私の鑑定によれば、右側の階段は明らかに危険な『色』を放っております。色というのは見た目のことではなく、なんというか、直感が視覚に訴えかけているというか、そういう感じですな」

「へえ。そういう感じ方なのか。……いずれにしても、左側が正解ということだね」

「それがしもそう思いまする」

 意見が一致したところで、カイルはうなずいた。

「よし、じゃあ左側の階段を行こう」

 彼は再び歩き出した。

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