◎第47話・バーツ再び
◎第47話・バーツ再び
要するに、彼女らは作戦会議をしたかったようだ。
「とはいっても、まだ何も分からないし決まっていないからね。いまから作戦を話し合っても、なにも出ないんじゃないかな」
カイルは思案する。
「なにか注意点はないか。たとえば……そうだな、使用人の前では隙を見せないとか」
「おお、それはあるね」
セシリアの意見に、大いにうなずく。
「隙を見せないというと大げさだけども、秘密の話を使用人の前でしないとか、貴重なものは常に持ち歩いて、部屋に置きっぱなしにしないとか。まあ、そもそも秘密の話なんて持ってないけどね」
「え? なんでそんなこと」
レナスが首をかしげる。
「レナス殿、この館の使用人は国に雇われている者たちですぞ。我らの仲間でも、ギルド側の人間でもありませぬ」
「その通り。それに敵が間者を潜り込ませているおそれも、なくはないからね。秘密の管理は充分に気をつけて行うことだね。……正直、自分で言っていて心配しすぎな気がするけど」
「まあまあ。武具も部屋に放置するのは危ないな」
「そうですな。武具に細工される危険も無いではございませぬゆえ」
「なんかカイル君の自宅より面倒だね」
レナスがこぼす。その考えはカイルも同じだったが、しかし。
「そうはいっても、館の貸し借りを断るわけにはいかなかったからね……」
「下手に断っては、今度は我々が何か国に不忠を働くのではと、相手方に不信感を抱かせる空気でしたからな」
アヤメが補足した。
「まあ、めんどくさい館だけど、とりあえずは我慢だね。いま話した取り扱い以外は、総じてこちらのほうが快適だからさ。寝台はふかふかだし、食事も良いのが出るみたいだし」
「食事かあ。美味しい食事は好きだな」
レナスは満面の笑顔。
「話を戻すけど、戦闘とかの内容に関しては、いまはまだなんともいえない。必要になったら打ち合わせするから、まずは体調を整えて、武具は手入れして、足りない道具は補充だね」
「承知いたした」
「まず部屋に戻ってゆっくりしなよ。僕も今日は国王陛下との謁見で疲れたしさ」
カイルは打ち合わせを解散させると、自分の剣と砥石を手に取った。
その後、おおかたの予想通り、部族連盟は出陣、連合王国も宣戦布告し迎撃のため出陣した。
もちろんカイルらも従軍し、戦場へ向かう隊列の中に入ることとなった。
もっとも、通常の隊列ではなく、国王から命を受けた大将に程近い、特別な位置であった。
ほかの兵士とは違う扱い。しかしそれは、きっとただの特別扱いではない。ドレイクが言っていた通り、一般兵の戦いとは異なる、高度に危険な任務が割り当てられるのだろう。
遠いところまで来た。
カイルの脳裏にそんな言葉がよぎる。
緊張はしていない。過度に気負ってもいない。ただ、ふとそう感じただけ。
彼は黙って歩きつつ、己の立場を意識した。
夜、小休止のため、軍団は名も知れぬ谷で歩みを止めた。まだ任務は下ってこない。
将兵から離れた茂みで用を足したカイルは、ふと人の気配を感じた。
思わず振り向く。
「……バーツさん?」
「おっ、カイルじゃねえか!」
そこにいたのは、冒険者バーツ。
「こんばんは。……バーツさんがなぜここに?」
もしや、彼も四大魔道具のため密命を帯びていたのか?
しかしどうやら違うようだ。
「冒険者ギルドで傭兵としてこの仕事を割り当てられたんだよ。お前もじゃねえのか?」
ギルドが王国から、おそらく依頼か命令を受け、冒険者の中から傭兵を出している……のだろうか。
初耳だった。いままで前例のないことでもあった。
「え、ああ、僕もそうです」
カイルの側も深掘りされると面倒なので、とりあえずバーツと同じであることにした。
「だよなあ。俺も従軍の経験は初めてだから、分からないことばかりだ。ギルドが政府から徴兵令を受けるとか今回が初めてだし、ギルドも混乱しているみたいだぞ」
「僕も少しは聞きました。今後もそういうことが起きるんでしょうか」
聞いていない。話を合わせている。
「だろうな。まあ報酬はそこそこ出るみたいだし、挙げた手柄に応じて手当もつくらしいしな。俺みたいなしがない冒険者にとっては、そういう仕事も悪くはない」
バーツはニコニコしている。
「とはいえ、戦場に出るのはバーツさんも初めてでしょう。怖くはないんですか?」
「むむ、確かに初めてではあるが」
「不安をあおるようですみませんが、普段冒険者として直面している困難とは、質が全然違うのではないでしょうか。山を登ったり迷宮に挑戦したりするのではなく、一兵士として、たくさんの人が戦っている中をかいくぐり、手柄を立てようとすることを、冒険者の中で経験したことがあるのは、軍人からの転職者以外いないはずです」
彼は腕を組む。
「もっとも、軍人からの転職組から事前に助言を受けていれば、多少は不安や不便も和らいだと思いますが……」
「俺は怖いというより、自分の実力を確かめたい感じだな。そう簡単にくたばるつもりはない。戦場で遊撃隊として、自分の武力がどこまで通用するのか、試してみたい」
バーツは握りこぶしを見せる。
「だけど、カイルはそういうタチじゃなさそうだな。転職組から助言を聞いたりしたか?」
「……余裕がなくて、そういったことはしていませんでした」
しいていえばつなぎ役のドレイクから話を聞く機会はあったが、しかし彼は基本的に文官。助言を聞こうとしても、現場で役に立つ知識はおそらく拾えなかっただろう。
「そうか……俺からは頑張れとしか言えない。なんせ俺も初の挑戦だからな。手柄を立てつつ、一緒に生き残って土産話を用意してやろうぜ」
「そうですね。頑張ります」
カイルは握りこぶしを見せ返した。
「武運を祈っているぞ。……ああ、そうだ!」
バーツは何かを思い出したらしい。
「どうしました?」
「四大魔道具、三つ獲得したんだってな。おめでとう!」
「ああ、それですか。ありがとうございます」
「俺がちょっと見ないうちに、だいぶ成長したな。まったく友人が功績を挙げるのは、誇らしいよ」
裏表のない、まっすぐな称賛の言葉。しかしカイルの側には裏表があった。
――バーツさんは、悔しくないのですか。僕を妬んだりしないのですか。
その、のどまで出かかった言葉をあえて呑み込み、カイルは返答をする。
「ありがとうございます。これからも頑張ります」
「おう。まずはこの戦いを生き残れよ。じゃ、また」
バーツが持ち場に戻っていくのを、彼は見送った。
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