◎第22話・星の輝き

◎第22話・星の輝き


 その後、学士はカイル一行を見送った。

 去り際に学士は言う。

「わしは間違っていたのだろうか」

「それは分かりません。しかし道筋は見えました」

「八又草や代替品以外の方法で、悪夢病を直す方法というものか。しかしわしの専門は動植物で、医学ではないが……」

「山を下り、人脈をたどれば、医学者とつながることもできましょう。そしてその研究の過程で、動植物の知識が必要になる可能性もあるのでは?」

 カイルはあくまで前向きに話す。

「そうでなかったとしても、八又草関連をきっかけとして、学士殿はこの計画の最初の発起人になる、その資格はあると思います。……いずれにしても、この山の頂上でただ動植物の保護を叫ぶだけでは、何も解決しません。なんなら僕たちと一緒に下山しますか?」

「いや、準備に時間がかかるから、お主らは先に行くがよい。わしは準備ができ次第、後から下りる」

「そうですか」

 どうやら学士は山を下りる気になったらしい。

 悪夢病の、八又草や代替品以外での治療法を探す。険しい道のりになると思われるが、それはやむをえない。

 なんでも事業の最初は険しいものだ。カイルも勇者パーティを追放されたときは、何も再起の見通しがない状況だったが、いまはこうして自分の一党を率いている。

「では学士殿、僕たちはこれで」

「おう。迷惑をかけたな……。もしまた会う機会があれば」

「喜んで」

 学士は小さく手を振った。


 下山したカイル一行がジェイナスの家に着くと、猟師は彼らを出迎えた。

「おお、カイル様、お待ちしていました」

「八又草を採ってきました」

「おお!」

 カイルが目的の薬草を見せると、ジェイナスは喜色満面。

「これはまさに八又草、ああ、ありがとうございます!」

 カイルは、この八又草が山頂に生えていた最後の分であることを告げた。別の人間が八又草目当てで山頂に無駄足を運ぶのを防ぐためだ。

「しかし大丈夫でしたか、噂によれば山頂には何かがいるはずで」

「……いや、特に何もいませんでしたよ」

 学士の一連の事情については沈黙することにした。カイルらが話すことではないし、ジェイナスに伝える必要もないことだった。

 もし老学士が事業を起こすのに必要なのであれば、そのときに彼自らの意思で公表されることだろう。

 カイルはもっぱら心の中で、学士の武運を願った。

「ああ、バリスタの星光はこちらです」

 言って、報酬の四大魔道具の一つを渡される。

 魔法石のはまった腕輪。石の回りの細工も、これを作った何者かの細やかな仕事が見て取れる。

 カイルは腕輪を受け取った。

「確かに報酬を受け取りました。――ジェイナスさんには宿を用意していただいたり、大変お世話になりました。ありがとうございます」

「いえいえ、そんな、こちらこそ薬草を採っていただきありがとうございました」

「調合はできますよね?」

「はい。手順は頭の中に入っております」

 ジェイナスは大きくうなずく。

 カイルはレナスの道具袋に「バリスタの星光」を入れると。

「よかった。それでは僕たちは、今日は一泊して、明日に宿を出る準備をします。ジェイナスさんの妹さんの回復を願っています」

「カイル様方こそ、お元気で、これからのご活躍を願っています」

 ジェイナスは「本当に、本当にありがとうございました」とひたすら頭を下げていた。


 翌日、ジェイナスの手配した馬車の中で。

「皆が丸く収まったとはいえないよね……」

 レナスが漏らした。

「まあ、確かに皆が大満足する終わり方ではなかったね。学士殿にとっては、少なくとも最後の八又草が採取されたわけだし、バーツさんも仕事をあきらめたみたいだし。ただ」

 カイルは自分にも言い聞かせるように話す。

「八又草が刈り尽くされることについては、遅かれ早かれそうなるという予想をしていなければならなかった。難病である悪夢病の特効薬の材料である以上、八又草の自然の繁殖よりも薬の材料にされる速度のほうが上回る、という予測は、専門家である学士殿なら、とうにしていなければならなかった」

「でも、学士さんは栽培とか代わりの材料とか、努力はしていた」

「そうだね。だけど治療法そのものを見直さなければならなかった。少なくとも結果的には、その方針は間違いだった。だから学士殿はこの結果を引き受けなければならなかった」

 あくまでも淡々と。

 カイルが真に説得しなければならないのは、思うに、レナスではない。

 この件に関して大きな関与をした、その意思決定をした、自分であった。

 結局のところ、カイルの判断はバーツを退かせ、学士を一度は失意の中に叩き込み、最後の八又草を採取した。そして代わりに四大魔道具の一つを得た。

 誰よりもカイルは、自分自身にその結果を帰さなければならなかった。

 だから彼は、この言葉を唱える。

「僕の判断は、正しかったんだよ」

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