履歴書を詐称したら神様に拉致られたので九九で無双してみた

野木千里

第1話

 私の名前は藤間とうま亜璃寿アリス、22歳! 就活中の花の女子大生。今日は100回目の面接試験にやってきました! 

 え、なんで100回も面接を受けてるかって? そりゃもちろん、クリスマスの近づいた今でも内定が決まっていないからである。

「あの……」

 静かな面接会場に面接官の声が響く。

「このTOEIC992点は本当ですか?」

「はいっ!」

 どよめく受験生たち。胸を張る私。

 あんまり就活が難航するからちょっと履歴書盛っちゃったけど、まぁちょっとは削っといたし大丈夫だと思う。私の行ってる大学は一応中堅私立だし。

 それなのに、今日が100回目の面接なのだ。もう季節もクリスマスに差し掛かり、そろそろ就活は終わりにしたかった。

 面接会場を出て、見知らぬ街をとぼとぼ歩く。連日の就活で痛めつけられた足はパンパンに浮腫むくみ、パンプスを履いているのも辛い状況だ。

「ま、亜璃寿なんて名前じゃ、中々通らないよね……」

 お気に入りのレモンスカッシュ片手にオフィス街の景色を眺める。ところどころに飲食店やスナックのある裏道は、スマホが教えてくれた近道だった。もうスマホなしでもこの道は通れる。

 その時だ。

『アットホームな職場です! 事務員募集中!』

「なっ!? えっ!?」

 この街の会社は全部落ちたと思ったけど、まだ試験を受けられそうな場所があったなんて! 

 私は目に飛び込んできたチラシに齧りついた。確かに手書きだけど社保料、社員寮完備の月給20万円。休みが書いていないところが不安だが、正社員での募集だ。

 履歴書ならいくらでもある。毎日カバンに入れて二十枚は持ち歩いている。

「お前に仕事をやろう……」

 チラシの中から声が聞こえてきた。

「えっ何まぶしっ!」

 途端に目の前が眩しい光にで覆われた。トラックのヘッドライトかというくらい眩しい。段々と光が収まり、やたらに白い壁にも目が慣れた頃。

「私は神……」

 はぁはぁと荒い息遣いの、ビール腹でしかもバーコードハゲのおっさんが光の中から現れた。

「お前を異世界へと‥…まって怖い怖い! なんで睨むの!? 私神ぞ!?」

 怖いのはこっちだよ。

 私は突如現れた不審者を思い切り睨みつけた。

「うるせぇ黙れ不審者!」

 文句を言ったらでかでかとしたビール腹に突きとばされた。就活でげっそり削げた体ではその勢いに耐えきれず一歩後ずさる。バーコードめ。

 そんな私の姿を見て溜飲りゅういんが下ったのか、オッサンはふぅ、とため息をついた。

「全く最近の若いモンは……」

 何が神だ。ただの頭のおかしいジジイだろ。

「だが大学生だし少しは使える……」

「あっ私の履歴書」

 いつの間に。

 オッサンは私の履歴書を見て黙り込んだ。鼻の上に脂汗をかきながら、頬をぼりぼりとかいている。

「……何?」

「TOEICは990点満点なの、知ってる?」

 終わった。

 私は呆然としたまま地面に膝をついた。もうおしまいだ。なにせこの履歴書、もう30社は配り歩いた。就職どころかこの辺りを歩くのも恥ずかしい。顔を覆う私にオッサンはかまいもしない。

「でもいいや」

「よくねーよ人の人生の一大事だぞ!」

「今の若い子好きでしょ、異世界転生」

「好きじゃねぇよ!」

 そんなもん流行ってみろ。少子化で減った若者なんて、あっと言う間に日本から消え去ってしまう。

 オッサンはペールピンクの棒を懐から取り出した。

「テクマコマコ……」

「やめろ!」

「ムーンプリ」

「一々古いなぁ!」

 茶々を入れられて、オッサンは私をじとりと見た。

「君さぁ……元ヤン?」

「母が」

 なんせ18で私を産んでシングル貫いている間中、ずっと輝かんばかりの金髪だった。筋金入りだ。

 母を思い出して油断した私を見てオッサンがニヤリと笑う。

「油断したなそりゃ☆」

「ぎゃああああマジじじいふざけ」

 叫びかけて、はたと気がつく。

「ん……? 何ここ……」

 真っ白い部屋にいたはずなのに、アンティーク調のシックなホテルのカウンターらしきものが目の前にあったからだ。右を見ても左を見ても大きな机と木製の椅子が広場を陣取っている。足元は綺麗な石畳だ。テーマパークの飲食店のような雰囲気だ。食べ物の匂いはしない。

「よっようこそギルドへ! 冒険者登録はお済みですか?」

目の前の外国人アルバイトらしき子が声を上げる。思わず私は一歩前に歩み出た。受け付けの女の子は白いシャツに緑がかった黒地で光沢のある刺繍の入ったワンピースらしきものを着ている。胸元から下はカウンターで隠れていて見えないが、ヨーロッパの民族衣装で間違いなさそうだ。いや、可愛い服を見ている場合ではない。

 柔らかそうな茶色の巻毛の隙間から、小さな角らしきものが生えている。角の生えた女の子は、心配そうな顔をして私を覗き込んだ。

「あの……?」

 あのオッサンマジで神だったか……。あんなでかでかとしたバーコードハゲにビール腹だったのに。夢が壊れるから容姿には気を使ってほしい。

 冒険者ってのは良くわかんないけど、雇ってもらえるとしたらここだろう。私は胸を張って、就活で鍛えたお辞儀をした。

「藤間亜璃寿といいます! ここで働かせてください!!」

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