第5話 完璧美少女の初恋 その2

 「おい結唯、お前ほんとに日本に戻るのか」


 中学三年生の私は、高校から日本に戻ると決めていた。

 男手一人で育ててくれた父親はアメリカを離れることはできないので、必然的に一人暮らしになる。


 「…はい、もう高校生になるのですし、心配しなくても大丈夫ですよ」


 「そうは言っても…。


 なあ結唯、あの時ほんとはアメリカ来たくなかったんじゃないか?

アメリカに連れてきたのは間違いだったか?」


 あの時アメリカに行くのを嫌だと言っていれば、そんなこと幾度となく考えた。


 それでも…


 「…いえ、アメリカでの生活も幸せでしたし、お父様についてきたことは後悔していませんよ」


 今頃思い返しても仕方がない。

そんなものは何も生まないし、父も私も傷つけるだけだろう。


 「…そうか。ありがとう」


 そういって抱きしめてくる。

 本当に優しい父親だった。私のやりたいことは何でもさせてくれたし、仕事の疲れが明らかに見えるような時でも家ではいつも笑って明るくふるまっていた。

 …だからこそ、あの時私が日本に残りたいと言ったらそのように立ち回ってくれただろう。

それでもこれ以上父親に迷惑をかけたくなかったし、父の悩み事を増やしたくなかった。


 「…ほんとに心配性なんですから」


 「いつでも帰ってきていいからね。

…それと、悩み事があったらすぐに連絡すること、あと彼氏ができた時とかも連絡するんだぞ、お父さんが見極めてやるからな、それからそれから…」


 「もう、心配しすぎよ…」


 今まで面倒だと感じることもあった父の心配はとても温かくて、目頭が熱くなった。






 こうして私は日本に帰ってきた。


 父はセキュリティのしっかりしてるタワーマンションになどと言っていたが、広すぎると掃除が大変だからなどと適当に理由をつけて何とか普通のマンションにしてもらった。まあそれでも1LDKマンションに住んでいる高校生というのも珍しいような気がするけれど。


 そして高校も、遥くんの受ける高校の情報を父に入手してもらい、すべて受かっておいた。

 難関、名門と呼ばれるような学校ばかりだったが、青春を勉強に捧げてきたのだ。簡単に合格できた。…合格したのに、何か悲しくなってくる。もし日本にいたら、遥くんとショッピングに行ったり遊園地にいったり…えへへ…

いつだって遥くんのことを考えると元気が出てくる。もし友達がいたら「…重い」と言われていたことだろう。



 まあそんなこんなで遥くんと同じ高校に入ることができた。


 入学式の日、教室に入るとすぐに分かった。茶髪の男の子と親しげに話す遥くんは、ずっと大きくなっていたが、その優しい目や顔立ちは変わっていないように見えた。


 (…ああ、懐かしい)


 途端、様々な思いがこみ上げてくる。久しぶりに会えた嬉しさ、今まで7年間の寂しさ、あの時の悲しさ、そして何よりこの胸の高鳴りで私はまだ遥くんのことが好きだということを確信した。


 …でもそんな思いもすぐにかき消される。


 「主席ってすごいね!」

 「アメリカから来たってほんと?」

 「すっごいかわいいね!お姫様みたい!」


 いきなりクラスメイトに囲まれ質問攻めにされる。


 帰国子女、主席という珍しい特徴を持った私は、入学早々注目の的になってしまった。


 (怖い…)


 普通の人ならクラスメイトに抱くことはないだろうこの感情が胸を満たす。


 「どうしたの?」

 「もしかしてまだ日本語苦手とか?」

 「連絡先交換しようよ」


 そんな私の感情など知らないクラスメイトの質問は止まらない。

 何か答えないと、とは思うが言葉は出てこず怯えることしかできない。

 

 (助けて…)



 …その時、


 「出口ふさいでて邪魔なんだけど。

あとその子困ってる」

 

 遥くんは昔のように助けてくれた。うれしかった。あの時と変わってないんだ、そう思った。 

…でも、皮肉にもその言葉は私に現実を突きつけた。

”その子”という言葉は、私のことを覚えていないということを示している。

気づいてもらえないかもしれないということは薄々分かっていた。

私はこの7年間で随分と変わったから。

身長、性格、髪型、そして名字まで…



 その後も数多くチャンスはありながらも話が続くことはなかった。

あの後の「さっきはありがとう」というお礼に対しては、「…ん」と興味なさそうに返事をして寝てしまった。

遥くんは、なにか人との関わりを避けているような、そんな雰囲気をいつも漂わせていた。

それでも時折透けて見える優しさに、私はもっと好きになっていった。

出席番号は連番、そして共に成績優秀者ということで事あるごとに一緒になった。

…そんな時いつも遥くんは黙ってほとんどのことをやってくれたのだ。



 そうしているうちに一年が経ってしまった。


 最初の主席ブーストはどこに行ったんだというほど私は孤立していた。

趣味はなくコミュニケーション能力は壊滅状態、まあ当然の結果だろう。

男の子は話しかけてくれる人もいたが、遥くんに勘違いされてはいけないと思い関わりを断っていた。

別に一人は慣れている。それが気になるということはなかった。


 そんな私はせめて何か遥くんに見てもらおうと思い、必死に部活と勉強に励んだ。

部活では全国大会に出場し、勉強では学年一位をキープした。


 …それでも、私が遥くんの目に写ることは無かった。



 (結局アメリカにいた時と一緒だ…)


 そう諦めかけていた時、私は成績優秀者の一覧を見て目を疑った。


 いつもの私の席に私の名前はなかった。そこには私のあこがれたヒーローがいた。私に勉強を教えてくれた優しい遥くんがいたのだ。


 それを見た途端私の諦めかけていた心に再び火が付いた。好きな人の頑張りを見て自分も勇気が出るなんて、なんて単純なんだろうと自分でも思う。


 それでも私は決心したのだ。今度は“望月”結唯として遥くん、いや村田君と仲良くなろう。そして振り向いてもらうんだ、と。

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