赤髪の花婿・8
……しかし、新任の太守には執務が立て込み、私用に割ける時間などなかった。
もちろん、青明が自ら姿を現すことはない。結局、官吏の一人に頼み、彼の滞在する宿を探してもらう体たらくだった。
「太守様、本日もお疲れ様でございました」
「おう! ありがと、翠佳! なんとか夕暮れには終わったか……」
都市の商会との会談を終え、本日の執務は無事に完遂だ。
赤伯は太守館に戻る前に、この帰り道のまま、青明の元へ飛び出したい衝動に駆られていた。
「太守様……? ご夕食のご予定はいかがでしょうか。よろしければ、我が家でともに……」
「あの、ごめん! 俺、ちょっと寄りたいところがあって」
少々の恥じらいを見せる翠佳に向かって手を合わせ(しかし彼がそんな現補佐の様子に気がついたかは定かではないが)、赤伯は苦笑する。
「え? ……でしたらご一緒いたしますわ」
「いや、それが……ちょっと……私的な用事だからさ」
「もしや……青明様ですか?」
様子をうかがうように、翠佳が控え目に問う。
「ん? ……まあ、そんなとこ。だから、今日はここで解散でもいいかな?」
もしかして叱られるのではないか……赤伯の様子は、まるで飼い主の様子をうかがう犬のようだった。立ち耳が生えていれば、きっとその耳は頭部に沿うように垂れていただろう。
「そうですのね……承知いたしましたわ。治安はよいですけれど、あまり夜分まで出歩かないでくださいませね」
「おう、ありがとう!」
翠佳の心配を受け取りながらも、赤伯は跳ねるように駆けていく。その足取りは若々しく、軽い。
太守というよりも、やはり武官の名残りがあった。
「太守様……」
翠佳はそんな後ろ姿を見送りながら、綺麗な着物の袖口をぎゅっと握りしめた。
赤伯が宿屋に着く頃――青明は商談で、まだ部屋に戻っていなかった。
青明の方も立て込んで来たのだろうか。ただ待っているのも申し訳ないので、赤伯は玄関まわりのはき掃除を申し出た。
太守直々に申し出られたおかみは初めこそ戸惑ったが、赤伯の明るい笑顔にあてられ、ついには甘えることとなった。さすが宿屋の息子ということもあり、彼の手際はいい。
「え……っ」
「お、青明ー! お帰りー!」
箒を片手に、短く声がした方を向く。青明の目の色がみるみる変わっていくのが分かった。
「な、にを……してらっしゃるのです!」
「へ?」
「あなたという人はっ……!」
そこでまで言って唇をかみしめると、つとめて冷静に口を開いた。
宿屋の前でいざこざを起こすわけにはいかない。何しろ他人の目が痛すぎる。
「太守さまが……なぜ、そのような雑用を」
「くっ……ははっ、やっぱり青明だな~」
「……は?」
「絶対言うと思った。太守はそんなことするな、太守の威光を示せ、太守らしい態度でいろ……これが俺なりの、太守の姿なんだけど」
堂々と言う赤伯に対して、これ以上なにかを言っても意味がないことは、青明自身いやというほど知っている。
だからこそ、ただ溜息をもらすだけだった。この型破りな太守は、それでこそ手腕を発揮するのだ。
「でも俺、青明にそうやって怒られるの嫌いじゃないんだよな」
「は……?」
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