赤髪の花婿・6

「……わたしは、間違えてしまったのでしょうか」


青明はひとり、宿屋の部屋にあった。

どれほど滞在するか分からないので、商人が長期滞在をするためのそこそこよい部屋を借りた。


専用の湯室がついており、部屋も寝室と居間と分かれている。居間では商談が出来るよう、複数の椅子が置かれていた。


(もともと……商いをしようとは思っていましたし)


そう言い聞かせても、虚しさは寄せる波のように胸に満ちていく。


「はあ……」


ついたため息が、やけに冷たく感じられた。

血の通った人間とは思えないほど、冷え切っているようだ。


ふいに、兄から贈られた首飾りに触れてみる。光の加減で青から紫へと表情を変える美しい石。

それを見ていると、なんだかほっとした。


「……あ」


そこで思い出した。紫明が、別れ際にかすかに呟いた言葉を。


――幼いきみたちは、いつになったら自覚をするんだろうね。


まさか兄が言っていたのはこのことだったのだろうか。

ただ一緒にいたいという理由だけで旅立つ若者に……現実を見えていない、若者たちへの、あの言葉。


「兄様が言いたかった……ことは……」


今の二人の関係が、いつ崩れるかもわからない砂城のようなものだと。

……放蕩していたとはいえ、世のことに関すれば兄の方が術は上だろう。


「……悩んでいても仕方がない……。この辺りの物流を見て回りましょう」


まだこの近辺の特産品さえも、調べられていない。

青明は気持ちを切り替えて外へ出ると、賑やかな通りに向かった。


幸い市場は活気があり、前都市のようなことにはならないだろう。ここで、赤伯がどのような統治をとるのか……という興味を振り払って、店先に並ぶ品物に目を落とす。


(また、赤伯さまのこと考えて……わたしはわたしの仕事に専念しなくては)


青明は赤伯のことを忘れるように、店や露店を一つ一つ丁寧にめぐり始めた。のだが――


「おー! 賑やかだなあ」


太守の官服に身を包んだ赤伯が、きょろきょろとしながら言う。隣に控えるのは、新補佐である翠佳だ。

青明は姿が見つからないよう、咄嗟に店と店の間にできる物陰に身を寄せた。


「父は、商いにとても力をいれておりましたの」

「そうなのか。俺も前の都市では開墾と流通を頑張ったから、こういうのは見てるだけでわくわくしてくるよ」

「まあ、そうでしたのね」


なぜ……こんな後ろめたい気持ちで隠れなければならないのか。

青明は辟易しながらも、息を殺して彼らが去るのを待った。


「翠佳のお父さんとは気が合いそうだな!」

「……あら、そんな」


翠佳は珠の白肌を、芙蓉の花びらのように、可憐に染める。


「元気になったら会わせてくれよ、翠佳のお父さんに」

「……ええ、あの、父の病がよくなりましたら。ぜひに」


長いまつ毛を伏せてはにかむ翠佳、太陽のような笑顔を見せる赤伯。

年頃の男女が並んでいるその様は、主従ではなく、まるで。


「あら、太守様。紐がよれてらっしゃいますわ」

「お、ほんとだ」


赤伯の官服を見て、翠佳が微笑む。そしてそんな翠佳を見て、赤伯が白い歯を見せる。


「……っ」


なぜこんなに、おかしなことばかり考えてしまうのだろう。

青明は自身の感情にも彼らの姿にも耐えられず、ついにその場から逃げ出した。

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