任務 ―― a mission ――



 ある日荒野に二人の人がいた。



 一人は少女で白いワンピースを着ていた。

 一人は青年で黒いシャツを着ていた。


 その二人はもう二人の人と向かい合っていた。

 もう二人はフード付きの黒いコートを着ていた。二人ともフードを被っており、顔はあまり見えなかった。

 一人は平均的な身長で、切り裂くような鋭い目つきをした、名をイアという青年だった。もう一人は青年よりも背の低い、可愛らしい顔をした、モンという名前の少女だった。


「なので私達、もうあの街から出たいんです」

「お願いします、報酬ならいくらでも出しますから」


 二人の人は黒いコートの二人に何かを嘆願していた。


「わかった。街の外に連れ出して、追っ手も来ないようにすればいいんだろう」

 イアが答えた。

「はい、その通りです」

「よろしくお願いします」

「馬車は」

「すぐ近くにあります。こちらです」

 そう言うと依頼人の二人は、馬車があるという場所までの案内を始めた。


 依頼について話をしている彼ら四人のその近くには、中には何もない空間があるだけの小屋が、ポツン、と建っていた。


 依頼をした二人がその小屋の後ろに請負人二人を案内していくと、そこに馬車があった。

 馬には人を運ぶための箱形の屋形がつなげられており、屋形は馬の進行方向に向かい合うようにしてぞれぞれの席に3人ずつ、だいたい6人くらいが座れるスペースがあった。

「少し待て」

「え?」

 早速馬車に乗ろうとした依頼人の二人をイアが止めた。

「どうされたんですか?」

「・・・・・・」

 イアは答えなかった。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 二人の依頼人が沈黙の意味が分からず困惑していると


 しばらくして

 もう二人の黒いコートに身を包んだ二人の人間がやって来た。


「よお」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 依頼人たちが見ると、そこにいたのは、年は先ほどから話している青年と同じくらいの、一言の挨拶だけで、悪く言えばガラの悪い印象を与えるような青年だった。もう一人はその青年と同じくらいの背丈で同じくらいの年のこちらは少女だった。この二人も顔にフードを被っており、表情はあまり見てとれなかった。


「この方達は?」

「仲間だ。護衛は多い方がいいだろう」

「ああ! そうですか! ありがたい」

 依頼人の男は感嘆すると、早速馬車の扉を開け、屋形に乗った。依頼人のもう一人の少女もそれに続いて馬車に乗った。

 ここで

「おいイア、これは・・・」

「メッセージの通りだ」

「・・・・・・そうか」

 イアと呼ばれた青年とそう言葉を交わすと、ガラの悪そうな方の男が馬車の運転席に乗った。

「モン、私達はイアと一緒に荷台の上にでも乗りましょう」

「うん」

 モンと呼ばれた少女が荷台の上に登るために、荷台の金具に足を掛け

「ルー、ルドって馬車が運転できるの?」

 質問した。

「そうらしいわね」

 ルーと呼ばれた少女が答えた。

 モンが荷台を上ると、そこではすでに荷台に上っていたイアが銃を組み立てているところだった。

「おーい、もう出発していいかー」

 運転席の方からルドの声が聞こえた。

 モンがイアの銃の組み立てが終わるのを確認し、そして全員の出発の準備が終わるのも確認して

「いいよー」

 合図した。

「よっ」

 ルドが馬に鞭で合図を送ると、馬車が荒野を走り出した。












「イア、あの人たちはどこから来たの?」

 荒野を進む馬車の上で、馬車の進行方向とは逆の方を向いてスナイパーライフルを構えているルーがイアに質問した。


「都市かららしいな」


 イアもまた馬車の後方を向いてスナイパーライフルを構えていた。ライフルの銃身は銃口が三次元的に動かせるように一脚で馬車の屋根に固定されていて、あぐらをかくような姿勢で、持ち手を抱えるかたちで構えていた。

「それで・・・、依頼はどこで?」

「都市に向かう途中小屋があった。そこを通りがかったたら、その近くにあの二人がいた」

「依頼の内容をもう一度聞いてもいいかしら」

「脱出の護衛だ」

「都市からの?」

「ああ。もともと二人で脱出するつもりだったが、途中で都市からの追っ手が来ていることに気付いたらしい。最初は退けることができていたらしいが、じきに消耗しどうすることもできなくなった。そこで通りがかった俺に依頼を頼んできた」

「なるほどね」

「他に質問は?」

 イアに聞かれて

「・・・・・・。・・・・特にないわ。」

 ルーは少し考えると言った。

 すると、スコープから目を覗いていたイアが

「・・・・・・来た」

 告げると、ルーもスコープを覗いて確認した。

「見えるか」

「ええ。見えるわ」


 ルーがスコープの倍率を変えながら答えた。


「何体いるの?」

「四体だ」

「・・・・・・・・・私も四体見えるわ。あれは・・・・・・・」

 ルーがスコープ越しに目で捕らえたそれをなんと表現していいかわからず一瞬言いよどんだ。

「何? 人形? 木製の傀儡みたいね」


 スコープのレンズに映ったそれは木で出来ているような、まさに傀儡だった。

 それらは身体の全ての関節をプラプラさせながら馬車の方へと迫ってきていた。

 ドン! とイアが躊躇なくライフルを撃った。凄まじい衝撃と轟音を出してスナイパーライフルから放たれた弾丸が傀儡の一体に命中すると、人形の身体がいくつかに分かれ、動かなくなった。

 

 続けて ドン! ドン! ドン! とイアとルーが交互に撃ち、残り三体の傀儡が全て動かなくなった。


「これだけならいいが」

 イアが誰に言うわけでもなく小さくつぶやくと、

「来た。左!」

 スナイパーライフルを構える二人の後ろで仁王立ちで周囲を見渡していたモンが、二人の見ている方向から左を指さして報せた。イアがライフルの向きを体勢ごと変えてその方向を見ると、大地から黒い霧と共になにかが現れた。


「グルルルルル・・・・・・・」

「ガアッッッ!!!」


 それは全身が黒やグレーの色をした体躯を持つ、全長3mほどの四足歩行の獣のような生き物だった。

 複数体現れたそれのうち数体は、逃げる馬車を見ながら歯を剥き出しにして喉を鳴らし、残りの全てはすでにこちらに向かって全速力で疾走してきていた。


「・・・チッ」

 イアがすでに馬車を追ってくる中で最も距離の近い獣に照準を合わせていると、引き金を引いた。

「ッ!」

 ルーもすぐに迫る獣に対しライフルの銃身を動かし、狙いを定めると、発砲した。

 ドン! ドン! ドン! ドン! と馬車の上から次々と発砲音が轟いた。


「ギィアアアアッッ!!!」


 大口径から放たれた弾丸が、次々と追跡を続ける獣の頭部や横っ腹に命中した。


 一撃で仕留められたものもいたが、弾丸によって後方に大地を転げ回ると、すぐに体勢を整えて、また凄まじい速さで迫ってくる個体もいた。



 馬車が尚も全速力で駆けていく。



 その馬車の中


「・・・・・・・・なに・・・・あれ・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 依頼人の少女と青年が、外で繰り広げられる光景に唖然としていた。


「街の外ってあんな生き物がいるの?」

「・・・・・・・・・・あぁ・・・・・・・・・そうだな・・・・・」

 少女にそう聞かれた青年が、呆気にとられながら応えた。


「ただ――――」

 しかし男は目を外に向けたまま

「これはうまくいけばかなり――――」

 そう言うと、

「そうだね・・・・・・。どうする?」

 少女が片手の平を上にして何かをしようとすると、青年が

「いや、よせ。今はもういいだろう。危険だ」

 少女の行動を止めた。

「ふーむ・・・」

 制されて少し不満げな少女が、懐から地図のようなものを取り出すと

「あとどれぐらいで――――――――」

 それを確認しようとした。

 

 そのとき


 ドォォン!!!!

「!??」

「!!?」

 と凄まじい衝撃とともに、馬車があと少しで横転しそうなほど傾いた。

 二人が窓の外を見ると、突然現れたあの獣のうち一体が馬車に体当たりしてきていた。その一体は、今も馬車の窓のすぐ近くを恐ろしいスピードで疾走している。

 

 獣が力を込めるように馬車から距離を取った。


「──――!」

 体当たりしてくるつもりだ、と判り

 依頼人の二人が

 (ヤバい────!) 

 と思ったその直後

 

 ドン! と頭上から射撃音がし、獣がすさまじい回転数で転がるように景色の後方に吹き飛んでいった。





 

「何匹だ」

 ドン! と発砲し、イアが体勢を変えた。

「四匹!」

 ドン! 


 頭を射抜かれ獣のうちの一匹が絶命した。


 走る馬車に対しその動かなくなった一匹は距離が遠くなっていくが、未だ残った

三匹がしつこく追跡してくる。


 ドン!


「グァアアアアア!!!」

 イアの撃った弾丸が内一匹に命中した。後方に転がると動かなくなった。

 その間に残り二匹の内一匹が馬車に飛びかかった。


 ドン!


 飛びかかって来たその一匹をルーが撃った。


 仕留めきれず。


 撃たれた獣はすぐに姿勢を戻すと、再び凄まじい速度で駆けて追走を始める。

 依然追ってくるもう一匹をイアが撃った。

 弾丸が獣のその身体を貫通すると、獣が絶命した。

 最後にルーが再び追走を始めた一匹を撃った。


 絶命した。





「・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 馬車が切る風でコートが靡いている。

 追っ手がいなくなると、辺りは静かになった。

 イアとルーがスコープから目を離した。

「・・・・・・・・・もういないよ」

 モンが注意深く辺りを確認して、馬車の屋根後方にいる二人に報告した。

 カコッ、・・・カシャッ、と二人が、それぞれ短い幅の箱のような弾倉を替える作業を行う音が乾いて響いた。モンも屋根に座った。

 作業を終えると三人は、馬車の引く車輪の跡の続く方を向いてじっとしていた。




「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・」


 馬車の中、少女と青年が、少女の両手で広げられた地図を見ていた。


 その地図にはほとんど何も描かれていなかったが、地図の中心には大きな点が書かれてあった。その大きな点を中心にして地図の表記が移動していく。その大きな点は依頼人二人の現在地をリアルタイムで表しているものだった。


 現在地を表す点は今もなお動いている。


「・・・・・・・・・終わった・・・・・・の?」

 外が静かになったことに気付いた少女が言った。

「さあ・・・・・・・・・・、まだ安心はできないが・・・・・」


 少女が地図に視線を戻す。


「思っていたよりも危険だったけど、もう少しでこの依頼もクリアできそうね」

「目的地まではあとどのくらいだ?」

「あと少し」


 ふう・・・・・・、と男が息をつくと


「じゃあもう足止めは必要ないのか?」

「ここまで来ればもう大丈夫かな」

「そうか、ひとまずは安心出来そうだな」

「でも私の人形があんなに簡単にやられるなんて思ってなかった」

「攻撃がこの馬車にまで届くことを予想して構えていたが・・・・・無駄だったみたいだな。あんた本当に人形使いなのか?」

「失礼な。私はれっきとした人形使いだよ」

 はははは、と男が笑う。

「クエストの取り分は今まで通り。帰ってからもまあお互いがんばろう」

「言われるまでも無いね」

 少女が一段落終えたように、息を吐きながら言うと、再び地図に視線を戻した。


「・・・・・・・え」


「ん? どうした?」

「・・・・・・なに? ちょっと・・・・・・・、通り過ぎてるんだけど・・・・」

「・・・・何をだ?」

 少女が顔をこわばらせて男の方を見た。

「目的地・・・」





















 馬車が止まった。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


 少女と青年は何が起こっているのか分からずお互いに黙っていた。


 少女が再度地図を確認する。現在地を示す丸い点が目的地をかなり通り過ぎた場所にある。


 少女が運転席側の窓から外を見てみると、荒野にポツンと、小屋のような建物があった。

「・・・・・・・・」

 青年の方も同じように呆気にとられて少女と同じ方向を見ていた。



 足音がする。




 依頼の請負人である黒いコートを着た人たちが馬車の扉の前に来た。


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


 何が起こっているかわからず、依頼人たちはまだ二人して黙っていた。

 そして扉が開いた瞬間


 黒いコートを着た、先ほどまで屋根にいた青年とそれより背の小さな少女が、依頼人の二人を思い切りブン殴った。


 馬車の中にいた二人は、一瞬の痛みの後気絶した。












 

 部屋に入る。


 二人の人が椅子にロープで括り付けられていた。

「・・・」

 イアが片手で部屋の中にあった椅子の背を持って、縛られた少女の前に持った椅子を雑に置いて座った。


「正体を表しやがったな・・・・・・・・・この・・・・野蛮人め・・・・・・」


 第一声で少女が悪態をついた。

「どういう依頼だ」


「ええ? ――――ごっ!」


 少女がもう一度悪態をついた瞬間イアが少女の顔面を振り切るようにしてブン殴った。あまりの強打に頭蓋骨からも音が響いた。


「・・・」

「・・・。 ――――ごっ!」

 少しの沈黙の後、もう一度イアが少女の顔面をブン殴った。

「どういう依頼だ」

「なんで教える必要があ―――あ゙――――――――――――――――」

 ゴッ! ゴッ! ゴッ! ゴッ! と、今度は続けて四発強打した。


「ッッ!!」


 その光景を見ていた男がロープを解こうと腕を滅茶苦茶に動かして暴れ始めた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ」

 連続の強打で、少女の意識は途絶寸前だった。


「どういう依頼だ」

 イアが再度同じ質問をした。


「・・・・・・・・・・・・・偵察・・・・」

 少女が口を開いた。

「偵察とは」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どんな武器を持っているか・・・・・・・・・どんな暮らしをしているか・・・・・・どんな人間と関わりがあるか・・・・・・・・・・・なんでもいい・・・・・・ターゲットに・・・・・・・・・・・・・・関する情報を・・・・・・・・・・・・・・集めること・・・・・・・・・・・」

「それだけか」

「・・・・・・・・・それだけ・・・」

「今こいつが言ったことは本当か」

 イアは少女からその言葉を聞くとすぐに、未だにロープを解こうと暴れていた男の方に向かって問いかけた。

「!!」

 問いかけられた男は一度ロープを解くのを止め、


「・・・・・・・・・・・そうだ」


 諦めたようにそう苦々しく言った。

 次の瞬間

 

 バンッ!!

 

 と、凄まじい発砲音が響いた。

 見ると、少女が頭から血を流し背中から椅子ごと倒れていた。

 そして次に男が見たのは、少女を撃った人物が自分の方に向かって銃を向け始めていた光景だった。

 

 バンッ!!

 


 もう一度発砲音が響くと、部屋が静かになった。























「済まないな」

 部屋から出てきたイアにルドが言うと、

「・・・」

 いつも通り返事は無かった。

 イアは手を布で拭いていた。その布は血で赤くなっていた。

 部屋の中には、イアの他に、ルドとモンとルーの三人がいた。

 イアは布を部屋の中にあったゴミ箱へと投げるように捨てた。

「依頼だ。狙いは俺達じゃない」

 イアが部屋にいた全員に向かって話した。

「依頼? 依頼って・・・・・・誰からの?」

 モンが質問する。

「人から、というよりは、不特定多数の者が受けられる依頼クエストのうちの一つだそうだ」

「ア? おいおい。都市の外にいるモンスターの情報集めんのと同じみてえな扱いだなぁオイ」

 ダンッッ!! ダンッッ!! とルドがグーにした手ともう片手の掌で音を鳴らすと

「ムカつくな。やっぱ全員ブッ殺そうぜ」

「・・・・」

「・・・」

 ルドの提案で、モンとルーの表情に影が落ちた。

「どうもしない」

「どうもしない?」

 ルドがおちゃらけたように繰り返した。

「都市にとって、転生者含めそれ以外の都市に住んでいる者も全員捨て駒みたいなものだ。俺達が狙われたのも気の迷いみたいなもんだろう。今回の件に関してすでにあいつらはなにも記憶なんてしていない。わざわざこっちから争いをけしかけるのも面倒だ。ほっておこう」

 それを聞いたモンが

「うんうん、争うの面倒くさいもんね。そうしよう。ね? イアもそう言ってるしルドも落ち着いて落ち着いて」

 まーまー、と諭すように言った。

 ルドはそれに対し表情を変えずに

「・・・・・・・・・・。いやまあ、別にいいけどよ。次襲われたらどうすんだ?」

「殺すしかないな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ・・・・・・・・・・・・・・・面倒くせえ・・・・・・」

 イアの回答にルドがうんざりしたようにつぶやいた。

「全員殺そうにも今全員殺すわけにはいかない」

 それを聞いたルドが、自分を納得させるように大きく息を吐きながら

「そうだな! ・・・・・・・・・・・・・・・・ああ・・・・・・・・・ああ・・・・・・」

 ルドの言葉の後、しばらく沈黙があって

「今日は終わりだ。 ・・・帰ろう」

 イアが告げた。





 荒野のどこかにある廃屋から、四人の人が出てきた。

 近くには、馬がいなくなった馬車の、人を乗せる用の箱と、それを馬に繋ぐための金具が落ちているだけだった。



「それじゃ・・・」

 とモンが三人の方を見た。

「またね!」

 とモンが手を振ってさよならをすると

「ええ、またね、モン」

「ああ、じゃあな」

「またな」

 と三人が返した。 

 そして三人もお互いに別れを告げると、四人は解散した。


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