第4話
アストラルコーポレーション――通称『アストラ』は、国内でも大手に数えられる製薬会社であり、関東を中心とした攻略組を組織する会社でもある。
そして、アビス内におけるスコアランキングの上位者を排出している組織としても有名だった。
「今日はお時間を頂きましてありがとうございます」
支部にある応接室に入ると、かっちりと黒スーツを着た男性が椅子から立ち上がって黒井を迎えた。その隣には同じ黒スーツを着ている若い女性がいて、その鋭い雰囲気から、一目で探索者だとわかる。気が強そうだな、というのが黒井が見た印象だった。
「こちらこそ、こんな場所までわざわざ来て頂いてありがとうございます」
そう言って座るよう促すと、男はホッとしたように息を吐いた。隣の女性は無反応で、何を考えているのかまったくわからない。もしかしたら、ただ同行してるだけなのかもしれないな。そう判断した黒井は、向かいの椅子に座ると話が通じそうな彼のほうに顔を向ける。
「それで、今日は何の用事ですか?」
「はい。単刀直入に言いますと、ぜひともアストラに入って攻略組の最前線に
言いながら、男は名刺を机に置いた。復帰という言葉を使ったことから察するに、黒井のことはすべて調べてあるに違いない。
自己紹介はいらないと感じた。
「すいません。せっかくのお話ですが、俺はもう攻略に復帰するつもりはありません」
キッパリそう断ると、男は予想はしていたのか表情を変えることはなかった。
「月並みの言葉にはなりますが、今は国が運営する組織よりも攻略を前提とした企業に所属するほうがはるかに儲かります。メディアへの出演もあるので、国民から多くの支持や支援を受けることもできます。それに、アビスを攻略することは世界を救うことにも繋がります。もちろん、命の危険は伴いますが、今は多くの情報が揃っていて、慎重にダンジョン攻略も進めています」
男が並べた言葉は紛れもない事実だった。多くの探索者たちが企業に所属する理由がそこに詰まっている。優劣を決めるわけじゃないが、探索者として序列があるのならば、攻略組のほうが全てにおいて上だった。
「俺は今の仕事でも十分に満足しています。それに、やりがいも感じています」
それでも、黒井は静かにそう返答する。
男は何か言いかけたものの、眉根をよせて口を閉じてしまった。
「黒井さんは――魔眼保有者ですよね?」
そんな男を引き継ぐように、女性が口を開いた。
凛とした真っ直ぐな声。向けられる視線もやはり、矢のように鋭い。
「世界的にみても数少ない異能を覚醒させた者。その中でも、希少な魔眼保有者。黒井さんの魔眼は、魔力回路を透視できる異能『ルーペ』」
それまでの無言が嘘であったかのように、彼女はすらすらと喋りはじめた。
「黒井さんのことはすべて資料で読みました。大学在学中に異能の発現。その後、浦安で発生したゲートに初潜入。そこで魔法職の中でもユニークに分類される【治癒魔術師】を獲得。順調にレベル上げを行ったのち、攻略班と合流し、ランクCのダンジョン攻略に大きく貢献」
大きく貢献、というところで黒井は危うく顔をしかめそうになったものの、なんとか堪える。
「あの、なにか違いましたか?」
しかし、彼女は目ざとくそれを察知したのかイラだった声をあげた。
「何でもないです。ですが……そこまで調べてもらえたのなら、その後もご存知ですよね。二年前に横浜で出現したゲートと、その内容についても」
黒井はなるべく穏やかな口調を努めたものの、そのときの記憶がフラッシュバックして背中に冷たいものが走る。
「あれは事故だったと聞いています。最初の調査でランクはC判定でしたから」
彼女はアッサリとそう言ってみせた。事故……事故ね。その言葉を、黒井は心のなかで何度も噛みしめるように唱える。しかし、その言葉が腑に落ちることはなかった。
「それが事故だったとしても、探索者はそれに備えて最善の判断を下さなきゃいけません。とくに、
「それはリーダーの役目です。報告書も読みましたが、ランク差異の異変に気づきながらも進む判断をしたのはリーダーであって、黒井さんじゃありませんよね?」
「もちろんそうですが、最終的には俺も賛同してるんです」
それは賛同というより、諦めといったほうが正しい。当時、黒井が所属するパーティーは国内ではトップを走る攻略班として注目と期待を集めていた。
それ故に、失敗や断念といった残念な結果を黒井も含めたパーティー内の誰もが恐れていたのだ。
その結果、ダンジョン最奥にて、調査段階ではまだ目覚めてなかったと推測されるランクA相当の魔物、ドラゴンと遭遇しパーティーは壊滅。黒井も重症を負っていたものの、自身に治癒魔法を施して一人生き延びたというのが事の顛末だった。
「俺が、みんなを支援できると判断してしまったんですよ」
軽い口調で言ったつもりだったのに、それは応接室内に重く響いた気がした。
「でも、探索者であるのなら、その命は人類のために在るべきじゃないですか?」
しかし、彼女はまるでそれを打ち返すかのように、芯のある声を発した。
「誰もが発現させられるわけじゃない異能を持っておいて、誰もがなれるわけじゃないジョブに就いておいて、一度攻略に失敗したくらいで、前線から
「あ、あかねさん……」
男が慌てたように彼女を宥めようとした。しかし、彼女はさらに鋭い視線を黒井へ突き刺してくる。
黒井は何も答えられなかった。彼女の言葉は正論だったからだ。
やがて。
「すいません。わたしが人選を間違えたみたいです」
彼女は視線を逸らすとそのままスッと立ち上がり、出口へと向かった。
「ま、待ってくださいよ!」
そんな彼女を男は静止しようとしたが、無情にも扉はバタンと閉められてしまう。
「ああ……」
男は諦めたようにガックリと肩を落とした。それから、動けずにいる黒井に一礼すると、急いで彼女の後を追っていってしまった。
残された応接室の椅子で黒井は背もたれに寄りかかると、疲れたように息を吐いた。
「称号のこと……話しそびれちまったな」
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