4日目の続き
第22話 新しい家(岩屋)
新しく住み始めることになる岩の窪みには、空っぽとは言わないまでも、まだほとんど何もない。
光る苔に覆われた岩やザラザラした岩肌が見えるところが多い。
「シュガルイン。
ここが新しい寝所になる岩場だよ。
どうかな?」
シュガルインにとっては初めて来る場所なのでまだピンとは来ないと思う。
たしか爬虫類は縄張り意識が強くて、初めての場所とかにはストレスを感じやすいと誰かが言っているのを聞いたことがある。
それにこの子は常に父親であるジュガテインさんの近くにいたから、寒いところには慣れていないと思う。
しばらくは焚き火の近くで過ごしてもらおう。
そしてもっと過ごしやすくて温度を保ちやすい場所を作ってあげなくちゃ。
この窪みは完全に私とシュガルインだけで使うつもり。
なので、色々と持ち込んで2人で快適に暮らせるようにすることを目標にがんばろう。
そのためには土器は絶対に外せないアイテムになる。
木の実の貯蔵や水汲みはもちろん、火種を持ち運んだり、夜間に暖を取るのも土器に火を入れて持ち運べば寝るところも暖かくなる。
焼いた土器が問題なく使えるかを確認するために、水没試験をしに行こう。
水没試験は普段使う水質でしないと意味がない。
私の場合は池の水になる。
池の水の水質で長期的に耐久できるものでないと、普段使いにできない。
それが大丈夫かを確かめるための水没試験。
試験自体は簡単で、24時間以上池の水に沈めておいて、池の水質の酸性やアルカリ性、温度で崩れたり割れたり穴があかないか、微生物やバクテリアなどによる侵食にあわないかなどを確かめるだけ。
これをクリアできるものじゃないと、工夫をして別のものを作らなければならなくなる。
時間のかかる試験なので、早いところ設置してしまいたい。
器になりそうな土器の片方を手に持ち、ついでに晩ご飯のためのウネウネ罠も仕掛けに行こう。
土器を池のほとりに近いところに沈めてきた。
多少水かさは増えていたけど、ウネウネ罠も設置した。
これから大雨でも降らない限りは流される心配も無さそうだった。
「快適生活のためにもっと沢山の土器を焼かないと」
先程までの雨でまだ地面はぬかるんでいる場所も多い。
今のうちに土を確保しておくにこしたことはない。
一旦大きな葉に泥を盛って、新居とぬかるみの往復で運び込んだ。
たぶん、土器を20は作れる量くらい運んだ。
こればかりに注力できる訳じゃない。
土器の形作りは夜に探索が難しくなってからでもいい。
この後も夜までやりたいことはたくさんある。
薪の材料も土器を焼くのにほとんど使ってしまってストックがあまりない。
木の実も近くで取れる場所がないか調べておきたい。
他にも食べるものがないか探したい。
いずれも探索の範囲を広げるための工夫が必要だ。
前回までの地面に枝を突き刺す目印は、大雨でほぼ壊滅してしまった。
今こそ探索のセカンドプランを実行する時。
午前中に拾って新居に置いておいた石を使う。
比較的尖っているもの、鋭いものを選んで、その石の尖っていない側を小枝で挟んで、丈夫な茎で枝を縛って固定する。
もう何本か固定する小枝を増やして、挟んだ隣の小枝同士も結んでおく。
小枝の部分を手で持てば、手を怪我しにくい。
採取用の打撃石器が完成した。
小枝で作っているからあまり長持ちは期待できないが、今日使う道具としては十分。
これを持って近くの森に行く。
森の中でずっと欲しかったけど上手く取れなかったものがある。
そこら中に生えている茶色いツタだ。
このツタなら森のどこでも手に入るし、ロープとして使うのにも強度バッチリ。
これを切って、結んで繋げて、迷子にならないように使う。
家の窪みの前にある木にツタロープを結びつけて、手に持ちながら進み。
途切れたら新しいツタを切って繋げる。
こうすれば基本的には無限に探索範囲を広げられることになる。
小枝を拾うことはこれまでと変わらないけど、せっかく石を手に入れたので、倒木から枝を切り出したりできるようになった。
これで薪の材料の調達は以前より格段にしやすくなった。
薪の材料もそうだけど、この大きめの枝で作りたいものがたくさんある。
探索範囲が広がったからかもしれないけど、チビカピさん以外の動物も何種類か見つけた。
ウサギのようにぴょこぴょこ跳ねるコや、鳴き声が少し変わった鳥、カモシカや鹿のような脚が長くて早い生き物もいた。
コウモリさんたちもキノコを拾いに飛んできているようで、バサバサと飛び立つ姿を何度か見かけた。
こうして見ると、この森は結構豊かな草食動物達の楽園なのかもしれない。
目の前に小さな鳥がホバリングしながら移動している。
何か探しているのかな?
ツタロープにも余裕があるので、気になってついて行ってみることにした。
鳥の主食は昆虫や魚などの肉食系と、木の実や花の蜜、樹液などを好む草食系にわかれる。
目の前にホバリングしている鳥は、私の予想では草食系だと思う。
でないとこんな背の低い位置で昆虫も見ない森の中で、長時間ホバリングなんていう、ものすごくエネルギーが必要な動作はしないはず。
花の蜜や樹液を探しているのか、いずれにしてもこのくらいの高さに何かがあるのかもしれない。
このチャンスを見逃したくはない。
新しい食材を知る数少ない機会なのだ。
しばらくホバリングする鳥を夢中で追いかけた。
ツタの残りが少なくなってきて焦りが募るが、ついにホバリング鳥は何かを見つけてその場に滞在するようだ。
「やったー!」
鳥が見つけてくれたのは、野生の木の実だった。
それもベリー系で茂みにビッシリと生えている。
このベリーが甘いのか酸っぱいのか渋いのかは分からないけど、今の私にはどれでもいい。
ベリー系なら、いつも食べていたでんぷん質の木の実にはあまり含まれていない貴重なビタミンCが取れるはずだ。
実の形は苺などよりもラズベリー寄りで、小さなつぶつぶが固まっているような感じ。
色味は白っぽい緑から、たぶんだんだん赤くなっていって、赤紫になって、黒っぽいのは萎みかけているから熟していっているのかもしれない。
ホバリング鳥はその中でも赤紫っぽいものを選んでいるみたい。
私もホバリング鳥さんに習って赤紫っぽい色味のものを1粒取ってみた。
「どんな味なのか、ちょっと怖いけど、いただきます。
あむ」
!!!
「んんんんーー!!!!」
口の中に衝撃が走る。
粒を噛むと強めの酸味が唾液腺を刺激して、口の中に唾が溢れてくる。
だけどさらに噛むと奥から強い甘みがきてくれて、おいっしい!
酸味があるから疲労回復にも良さそう。
これならビタミンCは沢山含まれていそう。
美容と健康のためにもこのベリーは毎日食べたい!
これを使ったジャムがかかったワッフルやパンケーキのお店があれば、離れた駅でも食べに行きたいくらい美味しい。
酸味が少し強いので食べるのは程々にしておく。
完全に熟したのはどうやら地面に落ちている黒っぽいものだろう。
完熟して落ちたものを拾って、一旦戻ることにする。
住んでいるところの近くに撒いてみよう。
近所に生えてきてくれたら嬉しいな。
戻る途中の道はまた来て食べられるようにと、ツタロープを引きながら帰ってきた。
そのロープを辿ればいつでもあのベリーの茂みに行ける。
食べ尽くさないように他の場所にも生えていたらまたツタロープをはろう。
毎日の日課になりそうね。
住処に戻るとシュガルインはお昼寝中だった。
環境が変わることについてストレスになるいきものなのは多い中、新しいお家でもマイペースでいられるこの子はすごく順応性が高いと言えるかもしれない。
シュガルインが風邪をひいてしまわないように、薪を足して弱くなった火力と燃焼時間を調整する。
焚き火の近くで眠るシュガルインを見ていると、暖かくてこっちまでお昼寝に誘われている気分になる。
だけど今日はまだまだやっておきたいことがが沢山ある。
名前も知らないベリーの実を色々な条件の場所に分散して撒いてきた。
それから自分の体長よりも長くて、できるだけ丈夫そうな枝を見繕って新居まで引きずってきた。
さらにツタを大量に切り出してどっさり持ち帰ってきた。
これだけ集めるのに日が暮れそうになったので、途中でウネウネ罠を回収もした。
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