第21話 笛

引越し先の窪みで焚き火をつけて、作りかけの土器や薪や木の実、ウネウネ罠を順次新居に運んできた。

残るはシュガルインだけ。


ジュガテインさんの洞窟へ戻ってきた。


「シュガルイン。

そろそろ新しいお家に引越しよ」


行き来している間にジュガテインさんが戻ってくるのが見えた。

あんな巨大なのに意外と素早い動きができるんだなぁと感心してみていた。

今ならジュガテインさんとお兄さん達の両方に挨拶ができる。


チロチロと舌を出すシュガルインに手のひらを差し向けると、登ってきてくれた。


「ありがとう、シュガルイン」


シュガルインに微笑みかけ、洞窟の奥へと向かう。

シュガルインのこういう素直なところに私は癒され、助かってもいる。



光るコウモリさんたちの住処まで行くと、あの穴からジュガテインさんと目が合った。


「ジュガテインさん、こんにちは。

今からそちらに行こうと思って。

シュガルインも一緒です」


「うむ」


ジュガテインさんはもしかしたらシュガルインになにか話しかけているのかもしれない。

目しか見えないけど、シュルシュルと舌を出すような音は聞こえてくる。

『ああ、愛しの我が子よ』とか『元気そうでなによりだ、我が子よ』とか言っていそう。

シュガルインもチロチロと舌を出して何かを話しているのかな?


「ふむ……後ろ足?

シュルシュル

たしかに……うーむ。

シュルシュル」


「ジュガテインさん?

どうかされましたか?」


「ああ、シュガルインがお前の後ろ足がおかしいと言っていてな。

我の遠い昔の記憶を呼び覚ましても、そのような後ろ足で暮らしている人間はいなかったはずだ。


そなたの後ろ足、大丈夫そうには見えぬが、本当にそのままで良いのか?」


言われてハッとした。

そういえば、昨日転んで擦りむいてしまったんだ。

体のあちこちが筋肉痛や何かで痛いから意識の外にあったけれど、手当てしていない!

自分の膝を改めて見ると。


「なぁんだ。

カサブタになってるじゃない」


「カサブタになってる、とは?

それはどういうことなのだ?」


「ええと、要するに治りかけで、大丈夫ってことです」


「そんなおかしな状態で大丈夫とは……。

人間とは不思議なものよ……」


「あなた達は硬い鱗を持っているけれど、私たちにはそれがないわ。

だから、柔らかい皮膚に、硬いものをぶつけたり、何かが刺さったりしたら、すぐに傷ついてしまうの。

だけど、それじゃあ困るでしょ?」


「うむ。それは困るとだろう」


「そこで私たち人間や哺乳類の動物は、血液の中に予め傷を治す働きを持つ物質を作って貯めているの。

怪我をしたらその物質を使って傷口を塞ぐのよ?

それが傷を塞ぐと、こんな風にカサブタができるの」


「我らは多少外皮が傷ついても、次の脱皮の際に外皮が修復され、そこを守る新しい鱗ができる。

人間は脱皮なしで傷を治すことができるということか。

カサブタとは実に便利なものだ」


「シュガルインも私のこと心配してくれていたのね。

ありがとう」


チロチロと舌を出すシュガルイン。

思いやりのある子は可愛さ満点ね。


「では、降りてくるがいい。

何か話があるのだろう?」


「はい」


「来なさい。

シュガルインの兄たちも待っている」


チロチロと舌を出すシュガルイン。

心なしかいい顔をしているように見えてしまう。

やっぱりずっと一緒にいたお父さんやお兄さん達が目の前にいた方が安心だよね。


洞窟の奥の下り坂を降りていく。

そこにはシュガルインのお兄さん達が燃え盛る炎を食べているところだった。

かなり暑い。


「こんにちは、シュガルインのお兄さん方。

お食事中に失礼してごめんなさい」


一瞬だけ私の方を見てシュルシュルと舌を遊ばせてから、また食事に戻る2頭。

本当に食べ盛りなんだなぁ。

これならシュガルインの分が少ないのも頷けるかもしれない。

雨の多い森で起こる自然火災は多分それほど多くない。

もしかすると、この子達もご飯が足りていないのかもしれない。


「ジュガテインさん。お兄さん方。

雨が止んで引越しの準備も済みましたので、私とシュガルインはこの洞窟の入口から少し右側に行ったところにある窪みに移ります。


そのご挨拶に来ました」


「ここから近いのか?」


「ええ、私の足で10分弱で、ジュガテインさんなら5分もかからないかと思います」


「うむ……。

10分や5分という人間の使う単位はよく分からぬな。


我の体で何個分かはわからぬか?」


そっか。

ジュガテインさんは物知りそうなので知っているかと思ったけれど、さすがに人間のことをそんなに多くは知らないよね。


「ええと、たぶん。

ジュガテインさんの体なら……」


先程の外で見たジュガテインさんの体の大きさを思い出して何となく道のりに当てはめてみる。

ジュガテインさんは全長が20メートルくらいあって、私の足で20メートル歩くのが大体15秒くらい?

と考えると……ええと。

9分を15秒で割ると36だから……。


「ジュガテインさんの体を35、6体分くらいだと思います」


「その程度であれば、本気を出せばすぐに行けるであろう。

だいたいの場所はわかった。

知らせてくれて助かる。


もしもシュガルインに何か問題があった時は我を呼ぶといい」


そう言うと、ジュガテインさんとお兄さん(馬ラクダサイズの方)がシュルシュルと舌を出して何か話をしてる様子。

その様子をみていたらお兄さんが動き出し、ジュガテインさんの後ろに行ってしまった。


「ええと、ありがとうございます。

もしも何か問題があった時は、ここに呼びに来るようにしますね」


「いや、それを使ってくれ」


先程ジュガテインさんの後ろに隠れたお兄さんが、何かを咥えて持ってきたものを私に見せてくれた。

首を掲げて私の方に差し出している?


「貰っていいの?」


シュガルインのお兄さんから赤い大きなトゲトゲしたものを受け取った。


「それは我の脱皮した鱗の一部だ。


我が洞窟を留守にしている間に子供たちに何かあった時に、それを吹くようにしていた」


「これ、吹けるんですか?」


よく見回すと、たしかにトゲトゲのひとつが空洞になっていて、息を吹き込めそうな穴がある。


「吹いてみるといい」


「わかりました。

ふーー」


音はしない。

しかしその代わりに、起き上がったジュガテインさんの喉のところに、この鱗と同じような形のものがあり、振動し始めた。


「もう良いぞ。

少しくすぐったいのだ」


私が吹くのをやめると振動もおさまった。

共振のようなものかしら?


「この鱗で危険を我に知らせてくれるようにしていた」


「これ、私が持っていってもいいんですか?」


「上の子たちはもう十分に大きく育っている。

ほとんどその子のためであった」


シュガルインを見つめるジュガテインさんの瞳に優しい父親の色を見た。


「わかりました。

何かあった時にこれを吹くようにします」


「頼んだぞ」


力強い声。

私に警戒を怠るなと案に告げているような気がして、改めてシュガルインを大事にしなきゃと思った。


「はい」


「それから。

たまには我のところにシュガルインを連れてきてくれると嬉しい」


「はい」


お父さんが子供の顔を見たいのはしょうがないよね。

自分の顔がほころんでいるのがわかった。

そしてジュガテインさんが少しだけ照れているようにも見えた。


シュガルインのお兄さん方も食事が終わり、シュガルインと舌でお話をしている。

あちらもあちらで少しのお別れだから、気が済むまで話をさせてあげたい。

でも、ちょっと私は限界かも。

何しろすごく暑い。

このままじゃ逆上せちゃう。

私は少し先に洞窟の入口の方に戻ることにした。

家族水入らずで話したいこともあるだろうから、その方が良かったのかもしれない。


待っていると、シュガルインのお兄さんとその上に乗るシュガルインが現れた。


「シュガルイン。

もうお話はいいの?」


手を差し出しながら聞いてみる。

スルスルと私の手に乗り移ってきたシュガルインの様子から、もう大丈夫だということがわかった。

乗せてきてくれたシュガルインのお兄さんにお礼を言って、私とシュガルインは洞窟を後にした。

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