第31話


「少し、歩きたいのだが良いだろうか。」



 ハリーの提案にシャーロットが頷くのを確認してから、ハリーは馬車の行者にシャーロットの家より手前で止めるよう言った。



「ハワード公爵と、約束していたことがあるんだ。」



 不安そうに揺れるシャーロットの瞳を見て、ハリーはシャーロットの頭を撫で、安心させるよう笑った。



「シャーロットが不安に思うことは無いよ。」



 実は•••、と説明されたシャーロットは驚き、自分の父親への憤りが募った。





◇◇◇



「お父様!」



 ハワード公爵の執務室に飛び込んで来たシャーロットを、公爵と執事のハロルドが目を丸くして見ていた。



「シャーロット•••ちょっとお転婆すぎないか。ノックくらいしなさい。」



 最愛の娘に苦言を呈するが、当の本人は全く聞いていない。



「お父様、ハリー様のことですが。」



 悪戯がバレたように顔を青くしている公爵を見て、とうとうこの時が来た、とハロルドは内心ほくそ笑んだ。





「なぜ、ハリー様との婚約の経緯を教えてくださらなかったのですか!」




 きちんと説明されてさえいたら、シャーロットは何の不安もなく婚約期間を楽しめたのだと、訴えた。





「じゃあ、私から説明されて、シャーロットはすんなり信じたのかな?」


「•••っ!」


 言葉に詰まる娘を見て、公爵は笑って言葉を続けた。



「シャーロットは、私がどんな説明をしても何か裏があるのでは無いかと思ったはずだよ。だから、ハリー殿に言ったんだ、自分で口説き落とすようにってね。」



「お嬢様。」


 ハロルドが口を挟んだ。ハロルドは、シャーロットの侍女ソフィアの夫だが、シャーロットと話すことは殆ど無い。父親の援護射撃をするのだろう、とシャーロットは身構えた。




「旦那様は、お嬢様の為かのような口振りで話されていますが、実際はただ大事なお嬢様がハリー様に取られてしまうのが面白くないだけですよ。」



「え?」


「ハロルド!」



「旦那様は、ハリー様とラッセル伯爵へ怒っておられました。どうにかして、もっと早く婚約したいと知らせてくれたら、お嬢様が婚約の事や後継の事で気を揉むことは無かったのに、と。それでハリー様へ何か嫌がらせをしたくて変な条件を付けたのですよ。まぁ、そのせいでお嬢様を傷つけているのですから本末転倒ですがね。」



 公爵は、ハロルドを恨みがましい目で見るが、言葉も出ないようだ。シャーロットもまさかハロルドが父に不利になる発言をするとは思わず戸惑ったが、それよりも気になることが。



「ハロルド•••貴方。」


「はい?」




「ソフィアにそっくりだわ•••。」


 


 ソフィアも時として、シャーロットに対して辛辣だ。ハロルドの攻め方は、ソフィアのそれと全く同じように思えた。ハロルドは一瞬呆気に取られたようだが、すぐに嬉しそうに笑顔を浮かべた。氷のような執事と呼ばれている彼のその顔をシャーロットは初めて見た。



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