第13話

 王城に辿り着き、ハリー様のエスコートで会場へと向かう。その間、不躾な視線に幾度となく晒されたが、ハリー様が私を庇うような仕草を見せ、周りへ鋭い視線を向けられたことから、その者達は呆気なく視線を逸らしていた。



「ふふふ、ここまで庇っていただくなんて、お姫様になった気分ですわ。」


 ハリー様の耳許で囁くと、ハリー様がそっぽを向いてしまう。いけない。馬車の中で優しい言葉をたくさん掛けてもらって、ここでも庇ってもらって、また大事な婚約者だと錯覚してしまった。つい嬉しくて変なことを言ってしまった。


「・・・変なことを話してしまい申し訳ありません。」


 これ以上嫌われてしまわないようにと、慌てて謝ると、ハリー様が目を見開いた。そして先程の私と同じように耳許で囁かれた。


「・・・シャーロット嬢があんまり可愛らしいことを言うから、ハワード公爵との約束をどう守ろうかと考えていただけだ。」


 騎士らしい大きな手が私の頬を優しく撫で、顔中に熱が集まる。お父様との約束を思いだし、動機が早くなる。期待してもいいのだろうか。ソフィアの言うように、ハリー様の大事な婚約者になれていると思ってもいいのだろうか。





◇◇◇



 王族の元へ行き、私とハリー様がご挨拶する番が近づいてきた。三年ぶりに王城にやってきた元王子妃候補へ、国王陛下や王妃様がどのようなお言葉を掛けるのか、貴族達が聞き耳を立てているのが嫌でも伝わってくる。俯きたくなる気持ちが沸き出てきた時、ハリー様がエスコートの手に力を込められたのを感じた。大丈夫だ、と言われているような気がして、私は俯くことなく歩き始めた。



「まずは、ハリー=ラッセル騎士団長、シャーロット=ハワード公爵令嬢、婚約おめでとう。二人が結ばれたことをとても嬉しく思う。そして、ラッセル騎士団長、私から一つ願いがあるのだが聞いてはくれぬか。」


 驚きが表情に出ないように何とか抑え込む。どくどく、と大きな鼓動が自分でも分かるほどだ。王族との挨拶で、このように国王陛下が何かを願うことなど今までには無かった。しん、と静まり返った会場内で、誰もが国王陛下の言葉を待っていた。



「・・・私に出来ることでありましたら何なりとお申し付け下さい。」


 真っ直ぐに国王陛下へ答えるハリー様を、私はとても美しく感じた。


「ありがとう。ラッセル騎士団長、シャーロット=ハワード公爵令嬢は幼い頃から十年以上国の為に学び、尽くしてくれた。それはこの国の貴族も平民も皆が知るところだ。私たちの都合で公爵領に戻ることになっても、泣き言一つ溢していないと聞く。小さい頃から見てきたからの、私はシャーロットを娘のように思ってしまうのだよ。ラッセル騎士団長、これは国王からでは無く、もう一人の父親からの願いとして聞いてほしい。どうかシャーロットを守り、幸せにしてほしい。頼んだぞ。」


「承りました。必ず幸せに致します。」


 ハリー様がそう返事をすると、国王陛下も王妃様も大きく頷かれ、その瞬間会場中が大きな拍手で包まれた。久しぶりにお会いした王妃様に優しく抱き締められ、小さな声で「こんなことしかしてあげられなくてごめんなさい。」と目に涙を溜め囁かれた。


 私が王子妃候補をクビになってから、国王陛下も王妃様も私のことをずっと心配されているとお父様から聞いていた。出来ることなら何でもしたい、と。私は望むものは何もないのでどうかお気になさらないで下さい、と言伝を頼むことしかしなかった。お父様は「王家のせいなんだからもっと心配させておこう」と不敬罪で逮捕されるようなことを平気で話したり、「もっと慰謝料上乗せするか」と画策したり、と忙しそうにしていたけれど・・・。私が公爵領に引き込もって三年間、お二人はずっと気にかけてくれていたのだ。そして、今、他の貴族達からの不躾な視線や言葉から守ろうとして下さったのだ。私は胸が詰まり、涙が溢れそうになるのを必死で堪えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る