第52話 気付き
これ以上星剣に間合いを詰められれば、どんな術式が飛んでくるか分からない。警戒を最大限にしたオホヤマダメが、自らの信仰する神の言葉を吐き、その言葉と連動するように手で何かを包み込むような形を作った。すると、両掌の中に光るものが生成され、身の毛もよだつような荒れ狂う大気の音が聞こえてくる。見れば、両掌の中に線香花火のような小さな稲妻が畝っていた。
オホヤマダメは、迷いなく両手を星剣に向けた。掌の中に溜まった極小の横へ伸びる稲妻が星剣めがけて飛んだ。
稲妻は星剣に近づくにつれ、形を大きくし、人の倍の大きさになって星剣を貫いた。
僕は、大気を貫く強烈な音を聞きながら眩い光を手で遮って、星剣の方を見た。光でやられた目が慣れてくる前に、「ちっ、この程度じゃ話にならないか」というオホヤマダメの声が聞こえた。
瞬間、僕は強烈な向かい風を感じた。風はあっという間に刃となり、僕の全身を切り刻んできた。星剣のカウンターだ。
「うわ!!ガードだ!!」
このままでは、風に切り刻まれてしまう。僕は慌てて皆を気の盾で包んだ。
鉄の扉を鉄の爪で引っ掻いたような音がしばらく続いたが、ようやくその音が止む。恐る恐る気の盾を解くと、盾は派手に削られており、強度は創った時の半分あれば良い感じになっていた。全員が無事にその場に立っているのが奇跡のように思える。
すると、オホヤマダメが「少年、ありがとうよ。ちょっとあいつを甘くみすぎていた」と言ってくれた。
「どういたしましてです」と僕が言うと、オホヤマダメは頷きつつ、怒りの目を星剣に向け、大きく息を吐いた。
その間にも、星剣はさらに間合いを詰めてきていた。
オホヤマダメと星剣が睨み合いに入ったところで、地震とは違う地面の揺れ———いや、振動と言うべきか…が起こった。きっと明治天皇の怨霊が反応しているのだ。星剣の存在が怨霊を刺激しているのは間違いない。
オホヤマダメは、牽制のためか、再び星剣に向かって雷を飛ばした。今度はきちんと見えた。驚いたことに、星剣は稲妻を七枝刀で受け流していた。一体あの刀は何なのだろうか。
「くくく。なかなか面白い術を使いますね。しかし、全ては私の下位互換。やるだけ無駄です」
星剣は、七枝刀を揺らしながら、軽い口調で余裕をかましている。
それを見て僕は思う。こういう展開になるとだんだん人間の本性が出てくる。この石上星剣は基本嫌な奴に違いない。ただ、その太々しい態度は別にして、オホヤマダメの術式が下位互換という星剣の言葉は気になる。
オホヤマダメは、鬼道という術式を使える人物を自分に卸している。その鬼道は、何というか妖術に近く、僕たちの使える術式とは全く違うものだ。そして、星剣は、鬼道の術式が込められた十種神宝というものを使っている。曲解かもしれないが、その十種神宝に鬼道の力を込めた人間の格が、オホヤマダメに憑依している人と違うと言いたいように思える。
うーん、十種神宝を創ったのは、古代の日本にいた大呪術師の頂点みたいな人なのだろうか?
オホヤマダメは、腰をトントンと叩きながら、フンと鼻を鳴らした。
「確かに鬼道の大きさはお前さんの道具の方が大きいようだ。しかし、いかに神宝を持っていようと、お前さんは鬼道の本質を理解しておらん。鬼道とは術式であり自然の神そのもの。お前の使う鬼道は中身のない空っぽな術だ」
「くくく。空っぽで結構。神は私だけで充分だ。山や岩や川などを神聖視して創り上げた神など———お前の生きていた古代の信仰など私には関係ない」
「そうやって、お前たちは私たちの自然への信仰を潰し、冒涜し、お前たちの神を押し付けた。その唾棄すべき蛮行を理解できないお前にこの国が支配できると思うか?」
星剣は思わず吹き出した。
「ははは。さすが古代の人間の言うことは本当に古い。天皇家は仏教という思想や神道という宗教を巧に使い、千年以上日本を支配してきた。気に食わなければ武力で圧倒し、大王という現人神に従わせる。それが答えだよ。我々に反発する者はそうやって駆逐されるんだ。お前らも駆逐された側だから、抵抗がいかに無意味かわかるだろう」
オホヤマダメから、怒りの気が発せられた。さすがに堪忍袋の緒が切れたのだろう。自分たちの価値観を切り捨てられて怒らない人間はいないはずだ。
突如、星剣の周りに風が吹いた。さっき星剣が僕らに放ったかまいたちのような切れる風を、オホヤマダメがお返ししたのだ。しかし、星剣は先ほど羽織った二枚の比礼の下に七枝刀を通した。すると、オホヤマダメの風は霧散し、微風のような風になって通り抜けた。あの比礼はやはり虫や蛇を寄せ付けないだけのものではないようだ。
「さて、お前の児戯に等しい鬼道はもう飽きた。ただ、お前のおかげで怨霊が目を覚ましてくれたようだ。鬼道という天皇家が忌み嫌う術式は覿面だった。感謝するぞ」と言いながら星剣は、くくくという悪役しかしない笑い声を発した。
星剣は、七枝刀をゆっくりと目線まで上げると、切先を僕らに向け、波打つかのように揺らし始めた。あの揺れが技を出す基本なのだろう。
「む…あいつ…」
オホヤマダメは何かに気付いたのか、傾いた身体を少し起こして星剣の姿を見た。そして、また聞いたこのない言語をボソボソと口走って、手で見たことのない印のようなものを創る。
すると、突如。僕たちの立っている足元に真四角の穴が空いた。底も真っ暗で見えない。しかし、僕らは何故か落下することなくその場に浮いている。
「さっさと前に行け!!」
オホヤマダメの指示に従って前に行くと、身体に重さを感じた。どうやらオホヤマダメが僕らを浮かしてくれていたようだ。
「なぜ気付いた?せっかくのドッキリだったのに」
不服そうな顔をした星剣が、七枝刀を揺らしながらオホヤマダメを睨んだ。オホヤマダメはその言葉を聞いて頷いた。やはり何かに気付いたようだ。
「なるほど。やはりそうか。おい、小僧。私も相当な過去の亡霊だが、あいつも権力に取り憑かれた過去の亡霊。過去に果たせなかった己の野望を千年以上も持ち続け、ここに果たそうとしておる」
「どういうことですか?」
九尾の狐と人間の戦いも古い時代の因縁だが、これも同じような因縁なのだろうか?
「人間———いや、妖も合わせて意思を持っているものは、どうしても自分の想いに固執するのだ。それが権力欲ならば尚のこと。そこが幽霊のように、どうしても男と一緒にいたい一心で千年の時を超える変わり種もいるが、それも立派な固執。権力者に阿らないだけ幽霊の方が圧倒的にマシじゃ」
「いやあ、そんなに褒められてもぅ」
凪は両手を頬に当てて照れているが、本当に褒められていると思っているのだろうか?まあ、このポジティブシンキングは僕も見習うべきだろう。
「さて、短く話す。私はオホヤマダメに憑依して口を借りている過去の人間。鬼道とは術式の強さであり、神との繋がりの強さ。神とは自然そのもの。それが我々の時代では政治力に直結した。すなわち、鬼道の強さが指導者の証。様々な指導者がいたが、鬼道の力を物に封じ込める技を開発した者もいた。そうして作られたのが十種神宝だ。それをもつ者…すなわち、後に物部氏と言われるその一族は、その時代、畿内はもちろん宇佐や吉備、出雲にも多くいた支配者一族だった」
星剣は攻撃する事なく、七枝刀を揺らしながらその話しに耳を傾けている。話しが全然短く無いが、僕も話の続きが聞きたいので、星剣にはそのまま大人しくしていてほしい。
「その当時の為政者は皆———もちろん物部も、その昔は鬼道を操っておった。物部の鎮魂の祝詞がそこから出てきたのは言うまでも無い。鎮魂の祝詞は文字通り魂を鎮めるもの。物部の一部には実際に人間の魂を扱える者がいたのだ。私も物部ではないが魂を扱える一人だ。だからこうしてオホヤマダメに降ろしてもらえるし、そのオホヤマダメにすでに技として途絶えていた魂の保存を教えることもできた。おい小僧、そこの女幽霊を大切にしな。オホヤマダメと繋がっているので、こうして、過去の話しもしてやれるでな。で、肝心の其奴だ。まさかとは思ったが、男の鬼道使いが魂の保存をしておったとは…しかも巧妙に鬼道を扱える者が完全に途絶えた時代に蘇る周到さだ。鬼道を操るのは基本的に女、稀に男でもいたが、鬼道の強さは女に遥かに及ばなかった。しかし、十種神宝を使えば話しは別じゃ。十種神宝があれば、女の鬼道使いの手を借りることなく魂の保存をできたはずじゃ」
星剣は特に攻撃する事なく、オホヤマダメに憑依した人物の話私を聞いている。もう最後まで話しを聞くつもりなのだろう。
「当時、畿内にあった邸内で一人の男が行方不明になった。そいつは吉備とよく繋がっており、政治に通じ、人一倍権力欲の強い奴だった。ただ、どこまで頑張っても本物の皇子には勝てるはずもない。それを不服に思ってか、突如いなくなったものだから大騒ぎになった。隠れて軍隊を作っているだの、一族を呪う儀式をしてるだのと様々な噂が立ったものじゃ。まさか、こんな後の時代の権力者になろうとしていたとは、私も想像だにしなかった」
「ふむ。私がお前の知っている人物と同じだと?」と、星剣は不敵な笑みを浮かべている。
「いかにも。そいつは戦いにおいて、奇襲や大掛かりな仕掛けを好んだ。特に人間を『落とし穴』に落として殺すのが好きだった。そうだな?コニハ?」
星剣はニヤリと笑みを浮かべると、「ふふ。そんな名の奴は知らない。私はこうして結界を張りながら進む慎重派だ」と言うと半歩前に出て、「さて、こんな二千年も前の話しを知っている奴は、百害あって一利なし。さっさと殺すに限る」と続けた。
星剣が七枝刀の揺れを大きくした瞬間、重力が倍になったような大きな力が僕らの身体にのしかかった。動きを鈍くして何らかの攻撃をしてくるのかもしれない。
「さて、分かっていても落とされる穴があるとしたらお前はどう思うね、イクタヂ?」
「ふん、食えん男だ」
星剣は、更に半歩前に出ると、七枝刀をゆっくりと揺らしながら下に向けた。更に身体が重くなった。磁石の付いた靴で鉄板の上に乗った感じだ。
「では、地底旅行を楽しんできたまえ」
星剣がそう言うと同時に、僕の足の下にまた正方形の穴ができた。物凄い勢いで僕らは落下した。何かに引っ張られるように下に落ちていく。この抗うことのできないとんでもない力は何なのだろうか?
「ぎゃー!!」という凪の絶叫が聞こえる。
気で何とかしたいが、この鬼道という術式は独特で、すぐにでも対策ができるような術ではない。未知の術との戦いの難しさをこんなところで学ぶことになるとは思わなかった。どうにもならない中で、僕は天地がひっくり返ったような感覚を持った。すると、落ちていく感覚がなくなり、逆に重力が消失したような身体の軽さを感じた。気づくと、僕の身体は上昇していた。
上に光が見える。
僕らは何故か地上に戻り、大地に立った。
横を見るとオホヤマダメが、肩で息をしながら「ふう…本当はできもしないのに、神宝の力だけでこれだけの規模のことをやれるとは…」と半ば呆れ気味に言った。
「オホヤマダメさん、ありがとうございます」
「礼には及ばない。十種神宝は鬼道を極めし者の作った神宝。だが、私も鬼道使いの端くれ、ある程度の対策はできる」
パチパチパチと音がした。星剣は薄笑いしながら七枝刀を持ったまま手を叩いている。ふざけた事に、よくやったと言いたいのだろう。
「何だか腹立つ奴ですね」
「分かるだろ?だから上に立てなかったのだ。真の指導者は、偉そうに振る舞っても人を馬鹿にしたりはしない」
「なるほど」と納得してしまう。
「ふん。それは違う。真の指導者は結果を残せば、下々の者なんてどう扱ってもいい」
「千年以上経っても性格は変わらんか…」
「それはお前だって同じだろう」
星剣に『お前』呼ばわりされたオホヤマダメの目元が釣り上がった。これはかなり怒っている。
そんなオホヤマダメを楽しそうに眺め、「ふふふ。それにしてもここまでやるとはねえ。さすがはイクタヂだよ。たった一人で数十人の軍隊を葬った話は私も覚えているよ。でも、そろそろ時間かな。かつての英雄も過去に帰る時だよ」と星剣は言った。
覚悟を決めたのか、オホヤマダメは目を瞑って大きく息を吸った。その小さな身体からは想像できないエナジーを感じる。
「小僧、あいつは底知れない力を持っている。しかし、お主はお主で私の知らない未知の力持っている。あいつ———コニハに自信を持って立ち向かえ。いいな」
「はい。わかりました」
「よし。いい返事だ。今の私の力では彼奴を押さえ込むのはちと難しい。手を出すなと言っておいてすまないが、お主の仲間にこの鬼道の感覚を伝える事を、私の最後の仕事とする」
「仲間にですか?」
「小僧にくっついている魂がおるじゃろ」
「魂?あ、リリィのことですか?」
「名は分からぬが、そのおなごには何か特別なものを感じる。鬼道は魂すらも操れる術。魂そのものならその感覚がわかるやもしれん。その一端を覚えてもらう」
いきなりそんなことを言われたリリィは面食らったが、この戦いに置いていかれないためにも悪くない話しだ。
「うむ。どうすればいい?」とリリィは早速オホヤマダメに聞いた。
「そうさな、目を瞑っておれ」
「目を?」
星剣を前にしてそんな事をしている暇があるのか疑問だっったが、リリィはそっと目を閉じた。
「さて、小僧、少しの間耐えてくれよ。今は落とし穴が開いても大丈夫だ」と言うと、オホヤマダメは、雄二の後ろに回った。確かに足元が少しフワフワとしている。
オホヤマダメはこれから何らかの儀式でもするのだろうか?それが終わるまで耐えなければならない。
僕は覚悟を決めた。
もとより星剣とは自分が戦うつもりだったのだ。十種神宝の圧倒的な力には九尾の狐の力でしか対決できないとも思っていた。そして、今の自分には術式もある。
「ようし!!」
尻尾の気でバリアを幾重にも貼る。この盾は、オホヤマダメを星剣から守るための盾にもなる。
「笑止」
星剣は七枝刀を先端を僕に向けた。すると、今度は身体が浮いていく。落ちないなら浮かせて身動きを取れなくするつもりなのだろう。足をバタバタさせたが、空中ではうまく動けない。
いつの間にか星剣の周りには、切れ味鋭そうな幾つもの刃物が浮いている。その刃物が一斉に飛んできた。気の盾の力をマックスにして刃物を弾くが、徐々に盾が削れてきた。
「この刃なんでこんなに硬いんだよ!!」と思わず叫んでしまった。こんなのが刺さったら実体化している凪やヒメウツギは一周で真っ二つだ。
「うふふぅ。雄二くん。手助けするわ」
後ろから凪の声がすると、僕の前に巨大な壁ができた。刃物は壁に突き刺さってそのまま抜けなくなっている。ぷにぷににしているのでところてんのような壁だ。何やら静かだと思ったら、この壁をお札で作ろうと頑張ってくれていたようだ。
すると、今度は星剣の刃が上から雨のように降ってきた。
これはまずい。
慌てて盾を上部に展開して強度を高める。瞬間、ふわふわと浮いていた僕の身体に重みを感じた。
重力という力の加わった刃が一気に落ちてきた。普段なら僕だけ気にしていればいいが、この結界の中で全員が実体化してしまっている。全員を守り切らなければならない。
「ぎゃー!!やばい〜!!」という凪の悲鳴を聞きながら、僕は尻尾の気を放出した。気は空気を振動させ、刃の勢いを緩めた。
「吹っ飛べ!!」
僕は残った気を更に放出し。衝撃波で刃を散り散りに吹っ飛ばした。刃は次々と周辺の地面に落ちて転がった。
安心したのも束の間、今度は前から刃が飛んできた。それを防ぐと左から、そして次は上と右から飛んでくる。このままでは疲弊するだけだ。凪もヒメウツギも自分のできる限りの防御網を貼って協力してくれているが、この結界の中で使う術式は負担が大きく、すでに体力を相当使ってしまっているようだ。
攻撃を止めて、星剣は、すでに肩で息をしている僕たちを見て、満足げに薄笑いを浮かべた。
そして、余裕綽々に「まだまだ刃は飛んできますよ。まあ、刃以外にも飛んで行きますけどね」などと言った。
その言葉通りに、今度は刃と鉄球が飛んできた。もう何でもありだ。鉄球は野球のボールを一回り小さくした大きさだが、それでも気の盾を凹ませるだけの威力はあった。
「何よー!!こんな反則よぅー!!!」と凪の怒りの声を聞きながら、僕は飛んでくる脅威を弾くのに集中した。
今度も何とか弾き返したが、これを繰り返されては気を使い果たしてジリ貧になるだけだ。
僕はチラッと後ろを見た。オホヤマダメは見たことのない印のようなものを手で作りながら、小さな声で何かをブツブツ言っている。これはまだかかりそうだ。
「次はこれだ」と星剣は楽しそうに言う。こちらが何もできないのを分かっていて完全に遊んでいる。
星剣の周囲には刃と鉄球と小さな炎の塊が浮かんでいる。あの炎が出てきたら要注意だ。凪が震えた手で僕の尻尾を掴んだ。星剣の炎に焼き尽くされかけた記憶が蘇ったのだろう。本当にこいつは許せない。
「いつまで保つかな?」
星剣が七枝刀をこちらに振る。瞬間、四方八方から刃、鉄球、炎が飛んできた。僕が気の盾を周辺全域に展開すると、凪もドーム型のぷにぷに壁を作ってくれた。
「どうよ!!これなら防げるでしょ!!」
自分たちを囲む壁を作ったのはいいが、逆に周りが見えない。しかし、その心配はすぐに消えた。炎が凪の壁を焼いて溶かしたのだ。どれだけエグい温度の炎なのだろうかと思わずにいられない。
溶けた壁の隙間から刃と鉄球が侵入してくる。
僕の気の盾に触れたものを、即座に吹っ飛ばす。たった数秒の攻撃なのだが何十分も受け続けてるように感じる。第一波が収まったと思ったら、すぐさま第二波が始まる。今度は壁がないので、降り注ぐ刃と鉄球に勢いがある。新たな気の盾もゴリゴリに削られた。これ以上星剣の攻撃を受け続けるのは危険だ。
「よう耐えた。小僧」
後ろからオホヤマダメの声が聞こえた。
「リリィ、どう?」
「うむ。感覚はわかった。何もないところに何かを発生させるのは難しいが、アイツのやっていることは少し分かった」
「おお!リリィ、すごいね」
「イクタヂさんが魂を通じてその感覚を教えてくれた。鬼道は魂の秘術といった感じの側面もあるが、所謂シャーマン的な感覚が必要だ。神を降ろすのと同じような資質だが、それとは全く異なる道筋で、自然に語りかける感覚。これは自然を崇拝しない現代の人間では全く理解できないものだ。それでもイクタヂさんはその感覚を何度も繰り返し教えてくれた。この日本という地に生まれた者以外には理解できないこの術式は、外来人にとっては確かに脅威だっただっただろう。だから、使える人間を根絶やしにしたのも頷ける」
「あの十種神宝を抑える方法はあるの?」
それにはイクタヂが答えた。
「完璧に抑え込むのは無理だな。しかし、方法はある。あとはそこがおなごに『気づき』があるかどうかじゃ」
「気づき?」
すると「くるよ!!」と凪が叫んだ。
いつの間にか恐ろしい量の刃や炎、何だかよく分からないエレメントの塊が僕たちを囲んでいて、それが一斉に投下された。こちらも最大級の防御で防ぐしかない。徐々に気の盾が細くなっていく。
「ぎゃー。仕方ないよぅ。オホヤマダメ戻ってー!!」
イクタヂを降ろして戦ってくれていたオホヤマダメの魂を回収した凪は、ヒメウツギの首根っこを掴んで僕の尻尾へとダイブした。そして、尻尾の上に座ると僕の背中に抱きついた。確かにこれなら守るのは自分の周りだけでいい。
暫くすると星剣の波状攻撃が収まった。この集中砲火は何とか耐え切ったが、これ以上は厳しいかもしれない。
「ふふふ。頑張りましたが、これ以上は厳しいようですね。後の世界はこの私が作るので安心して逝ってください」
星剣が七枝刀を揺らすと、さっきまでの倍はあろうかという量の刃とエレメントの類が僕たちを取り囲んだ。さっきまでのは余興だったのかもしれない。
ここはなりふり構ってはいられない。
星剣の攻撃が始まった。切れ目なく降り注ぐ星剣の刃やら鉄球やらを僕は全力で弾き返し続けた。一秒が一時間のように感じる。もう何を撃ち落としているのかも分からないが、とにかくみんなが被弾しないように気を放出し続けた。そうしていると、ようやく星剣の攻撃が止んだ。
僕の目の前が開けたが、そこには更なる絶望があった。周りの空間という空間を埋め尽くさんばかりの刃がコチラにその照準を合わせていたのだ。
「うーん。あの量はもうやばいかも…」とつい言ってしまう。
「私は、最後に雄二くんに抱き着けて幸せだよぅ」と言いながら凪が後ろからぎゅっと抱きついてきた。
しかし、ヒメウツギはこの現状にも冷静だった。
「お待ちください。黒き九尾の狐さまの力は、白き九尾の狐と引けをとりません。もう一度その力の使い方を考え直してみてください」
「力の使い方?」
「はい。雄二さまは修行の意味もありますが、『気』に特化しすぎではありませんか?そもそも黒き九尾の狐さまの得意とするところは、もちろん妖術です。しかし、数百年の間、それを使いこなせるだけの人間が生まれてきませんでした。雄二さまは、数百年ぶりに現れたそれを使いこなせる人間なのです。気と共に、黒き九尾の狐さまの力をもう少しだけ解放できれば、違う勝ち筋も見えてくるはずです」
確かに僕が尻尾の力を使えると言ってもまだ一部だけだ。ヒントは鬼道だろう。鬼道は妖術に近いのは間違いないのだ。
「ねえ、オホヤマダメが言っていた鬼道を理解するための『気づき』ってどんな事だと思う?」
「ふむ。上手くは言えないが、所謂『神籬』の理解促進だろうな」とリリィが答える。
「ひもろぎ?」
時間のない中、リリィは至って冷静に分かりやすく説明してくれた。
「うむ。日本人は古くから古木や巨大な岩などの自然物に神が宿っていると信じ、祭りの時などは神を招くためにその自然物に神聖な儀式をした。その場所を『神籬』と言う。鬼道はその大いなる自然と繋がって自分に力を降ろすもの。イクタヂは、自然と自分の魂を繋ぐ感覚を気づけと言ったのだ。現代の感覚では一朝一夕に分かるものではないが、『神籬』の語源は神の天下る木、幸いにしてここには巨大な神社で、神聖な木に事欠かない」
「リリィはそれを掴めたの?」
「源相さんも言っていたが、ここにはお札で作った結界の流れがある。君もそこまでは分かるだろう?私は、イクタヂの教えで、結界の流れに加えて違う流れもあるのに気づいた。その流れこそ神籬に通じる流れではないかと思うのだ」
リリィの話しがまだ終わっていないが、星剣の刃が動くのが見えた。
「君の魂に乗り込むぞ。そうやって直接分かってもらう。いくぞ」
その瞬間、周りの景色が見えないほどの刃が僕に向かって放たれた。同時に僕の頭の中にリリィの心が入ってきた。
リリィの見ている光景が僕の頭に映し出される。確かに結界とは全然別の流れが見える。これが神籬———というか木の放つ神聖な何かの流れだろう。こうして見えるのだから、その流れに僕の気を流せるかもしれない。
僕は、最後の賭けで、周りに流れるその流れにありったけの気を流した。
すると、僕の気がその流れに乗って広がって行った。驚いたことに、その流れに乗った気が星剣の刃を次々と無効化していく。気づけば、星剣の刃はのほとんどが地面に転がっていた。僕たちの術式とは全く違う鬼道という術式の一端を見たように思える。
無効化された刃はその存在を失い、次々と消えていった。この流れには、星剣の力を消し去る副次的な効果もあるのかもしれない。
ピンチを乗り切ったことに興奮して「リリィ!!ありがとう!!」と僕は礼を言った。
すると、僕の中に入ったリリィの魂から、「いや、気にするな。まずは戦いに集中しろ」と冷静な言葉が返ってきた。でも、僕の心とリリィの魂が直結しているため、僕に褒められて死ぬほど嬉しいと感じているのが分かった。まあ、本人には言わないけど。
石上星剣は、地面に転がって消えゆく刃を見ながら「お前!!何をした?」と憤った。
予想を超えた現象に星剣も理解が追いつかないようだ。その証拠に星剣の顔から余裕が消え去り、目が吊り上がった。
「ふう…僕の気を放出しただけだよ」
「お前は気をずっと放出している。そこではない。いや、そうか…お前、大地の流れに干渉したな?」
「大地の流れ?」
「ふん、惚けるな。くそ、イクタヂの奴、最後に面倒な魂を残してくれた…」
形勢逆転とまではいかないが、刃にやられずに済んだ事で、少しだけ希望の光が灯った。問題はこの先だ。予想以上の攻撃をしてくる石上星剣の攻撃を受け流しながら、反撃していかなければならないのだ。
「ふう。あいつの攻撃をもっと緩やかにしたいんだ。さっき見せてくれた流れをもっと細かく見えるようにできる?」
「君にもっと見えるようにすれば良いのだな?うむ。やってみる」
リリィの魂が僕の心の中で動く。リリィの感覚をより僕と共有しようとしてくれているようだ。ただ、リリィが動く度、心の中がこそばゆいような温かいような不思議な感じになる。この感覚は前にもあったが、リリィと一体になっているような感じがするので、ずっと続けてはまずい気がする。
すると、星剣は七枝刀を腰の辺りまで下げて、何語だか分からない言語で何かを呟き始めた。きっと古代の日本語だろう。
星剣もこれ以上時間をかけると形成が逆転しかねないと感じているのかもしれない。そういう気持ちは伝播する。星剣の後ろに控えている女性の表情も曇ってきている。
リリィは僕の心の中で禹歩をしながら祝詞を唱えている。神道式の術式で自分の力を引き上げ、より鮮明にあの流れを見せようとしてくれているのだろう。そして、その効果はすぐに出てきた。薄くてアバウトにしか見えなかった大地の流れが、少しずつ濃くなっていく。
こちらのオーダーを確実にやってくれるリリィのセンスは疑いない。だからこそオホヤマダメに憑依したイクタヂも、この感覚を感じられる人物にリリィを選んだと言える。それに、他でもないそこの星剣も、リリィの力を知っていたからこそ、怨霊を降ろす為に誘拐までしたのだ。
星剣の言う大地の流れは、一つの大きな流れというよりは、部分的にあちこちから出ている。この流れを捉えて術式に生かすのは苦労しそうだが、自分の周りの流れを利用するくらいならいけそうな気がする。
とうとう大地の流れがくっきりと見えた。
星剣が七枝刀を揺らすと、星剣の周りに流れている大地の流れが向きを変え、僕の方に向かって来た。二つの大地の流れが僕を挟んだ。厄介な事に、星剣は大地の流れを自らの意思で変えられるようだ。この能力に対処しなければいけないが、逆に、星剣の術式の一端が見えてきたのも事実だ。
星剣は大地の流れを自在に変え、十種神宝の力をその流れに乗せている。ここに突破口がある。こちらも大地の流れを利用して、星剣の能力を封殺できるかもしれない。
そんな事を考えていると、星剣の七枝刀から何かが放たれた。
星剣の術式が、僕を挟むような流れに乗り、もの凄い勢いで向かってくる。僕は、咄嗟に想具の刀を出した。刀を下段に構え、術式が来た瞬間、刀を上向きに振り切った。刀は術式を乗せた流れをぶった斬り、星剣の放った術式はあえなく地面に落ちて消えた。
「雄二くん!!凄い!!」
尻尾に跨ったままの凪が、僕の道を締め上げながら興奮気味に叫んだ。
この一連を見た星剣は、呆れたように首を傾げた。
星剣も大地の流れを切るとは思ってもいなかったようだ。これは、ヒメウツギが、尻尾の力について言及してくれたおかげでもある。
僕は、黒き九尾の狐からはいつも光のエナジーのようなものを感じていた。大地の流れが見えた事で、突如、この光のエナジーも僅かながら認識できるようになったのだ。想具の刃に光のエナジーを乗せたら、思いの外強烈な切れ味になって、大地の流れを切ってしまったのだ。これが妖術と鬼道の似通った部分に違いない。
「リリィ。ありがとう。鬼道の仕組みが少し分かってきたよ」
「うん。君も飲み込みが中々早い。素晴らしいことだ」と、リリィはまるで自分のことのように誇らしげに言った。
星剣の攻撃のバリエーションがこれだけとは思えないが、一つでも対策を立てられるようになったのは大きい。
「やれやれ、これは大地の流れを本当に掴んでいる。信じられない。しかし、それでも優位はこちらにある。ここは私が作った結界の中なのだ」
自分に言い聞かせるように言うと、星剣は七枝刀を少し強めに揺らした。すると、今度は人間のようなものが星剣の前に現れた。全部で四体いる。式神のようなものだろうか?それとも全く違う何かなのだろうか?
また、次の難問に立ち向かわなかればいけない。
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