第49話 それぞれの役割
時間と共に会議室の中は自然と班が別れていった。
リリィのお父さんと加藤さんは警察と連携を取るため、佐々木さんの彼氏と連絡を取り合っている。警察の配置場所や手続きについては僕は何もできないので、これは助かる。
ここまで飲まず食わずだったので、加藤さんが夕食を頼んでくれた。近くの元代々木町に出前を持ってきてくれる蕎麦屋があるとかで、僕は海老天カツ丼と蕎麦のセットを頼んだ。暫くすると全員分の蕎麦が届いた。これだけの量をこんな短時間で届けてくれるとは、さすが東京だ。笠間でこれだけの量を頼んだらまあまあの時間がかかる。
丼のご飯を口に掻き込んで、水で一気に飲み込む。所謂時短だが、凪に「もう少し落ち着いて食べなよぅ」と嗜められた。
「そうだね」
と返事をしながら、丼を置くと同時に蕎麦を食べる。喉越しが良く中々美味しい。
「落ち着け。ご飯は逃げていかない」
余程見るに耐えなかったのかリリィにも言われたので、僕は仕方なく食べるスピードを落とした。
一転してよく噛みながら蕎麦を食べていると、加藤さんのお父さんが部屋に戻ってきた。そのまま僕の前に来ると、丸めて持っていた何枚かの紙を机に広げた。
「食事中にすまない。ちょっとこれを見てほしい」
地図のような図面が何枚かあり、加藤の父がそのうち一つを指差した。そこには明治神宮内苑の地図が描かれ、所々に祠のようなマークが描かれていた。
「この祠のような印がある場所は、杜の中でも人がほとんど出入りしない場所で、私もそこに何があるのかは分からない。普段、杜の手入れを頼んでいる業者さんにも聞いてみたが、祠のようなものは見たことがないと言っていた。しかし、何もないのにわざわざこれだけの数の印を掻き込むとは思えない。これは結界を張ったと言われる人物が残してくれたものだと思うのだが、どうだろうか?」
図面を見れば、確かに結構な箇所に祠のようなマークが描かれている。
こういうのは、専門家に任せた方がいい。
「凪はどう思う?」
「うーん、何とも言えないけど、確かに意図的に術式の流れを作っているようには見えるね。数種類の霊符を組み合わせてその霊符毎の流れを作っているんだと思う。この配置だと、こうやって内苑の周囲を囲むように流れているのと、こっちから鳥居を抜けて本殿への流れているのと、全体からここに向けて流れを作っているわね」
凪は人差し指で地図をなぞると、宝物殿の近くで指を止めた。
さすが凪だ。僕には結界の流れは分からないが、ピタリと地下室の位置を当てた。
「ふむ。私はどこに行けばいい?」とすかさずリリィが凪に聞く。
「えっとねえ、リリィちゃんはぁ…」
凪は、近眼でもないのに顔を地図に近づけたまま動かなくなった。暫く目をだけを動かしてじっとしていたが、顔を上げると、「ざっくり言うと、こことこことここかなあ、あとここも!!」と言って、リリィに数箇所示した。
「結構あるね」と僕が言うと、「ふふふ。雄二くん、この印の所に霊符があれば、間違いなく結界は強化されるよ」と凪は言った。
リリィは、じっと地図を見ながら、凪の示した場所を頭の中に叩き込んだ。
「うむ。任せろ」
リリィは、僕の胸ポケットの中で気合を入れている。
それを見ていたヒメウツギも「雄二さま。確かにこの配置には意図を感じます。相当に緻密に計算されていますな。我々も笠間稲荷神社に同じような機構を作っていますが、これは更に大きな規模の結界です」
「そういえば、ヒメウツギは結界大丈夫なんだよね。どうして大丈夫なの?」
「私どもは黒き九尾の狐様の誕生以来、数百年をかけて体質を変えてきました。普通の怪異であれば、結界に触れただけで消滅の憂き目に遭うので、少しずつ触れられるようにし、最終的には結界の中でも普通に動けるまでになっています。黒き九尾の狐様の眷属として所謂普通の怪異とは訣別したのです」
「そ、それは凄すぎるよ。眷属の鏡だね」
「ありがとうございます」
ふと気づくと、隣の加藤さんのお父さんが僕を不思議そうに見ていた。
あ、そうか…考えてみれば当然だった。加藤さんのお父さんには、僕が何もない空間に向かって話しているように見えているからだ。
これはきちんと説明した方がいい。
「ええと、加藤さんのお父さん」
「加藤でいいよ。娘は理沙と呼んでやってくれ」
「分かりました。加藤さん。今、会話していたのは、僕に味方してくれている霊体の涼海凪さんと狐のヒメウツギです。この図について聞いていました」
「なるほど。味方も実にユニークだ」
加藤の父親は、手を広げて参ったという顔をした。
「涼海凪さんは、陰陽術の第一人者なので、内苑に巡らされている結界の流れについて説明してくれました」
「女性なのに陰陽師なのか?」
「はい。陰陽師という役職ではなかったようですが、彼女の操る式神は上位の怪異並みに強いですよ」
「ふむ。まあ、彼女の経歴は今はいいとして、陰陽師の観点から結界がどうなっているのかを解説してくれたと?」
「そうです。凪が言うには、何箇所かの霊符をリリィに改めて強化して貰えば、更に結界は強くなるとのことです。ただ、リリィが内苑に来たことがバレて、奴らに拉致される事態は避けたいので、どうしようかと考えています」
「しかし、その前にリリィは病院で治療中なのではないか?」
「はい。そもそもリリィを診てくれている佐々木さんはOKを出さない気はします」
どうしたものかと言っている加藤の父に向かってリリィは「ふん、そんなの気合いでやってみせる」と息巻いた。
これには苦笑いで返すしかない。気合いで乗り切れるような体調ではないのは、自分でも分かっているはずだ。ただ、これが起死回生の一手になるかもしれないのも事実なので困る。
「あの、霊符の強化を、ここから連れ出す前にリリィのお母さんにお願いするのは駄目でしょうか?」
「ええ!?雀さんにそれをやってもらうの?」
この提案に驚いた加藤さんは、チラッと向こうを見た。そこには若干疲れた顔をしているリリィの母親である雀さんが、お蕎麦を食べいた。食べる所作が美しいのは、神道の動きができるからだろうか?
加藤さんは視線を僕に戻すと、小さくため息をついた。
「雀さんやリリィちゃんにばかり負担をかけちゃって、なんだかなあ…それを雀さんにやってもらうとして、雀さんの警護はどうするの?」
「僕がやります」
「その時、『フツノミタマ』が宝物殿に現れたら駆けつけられる?雀さんを守りながら戦える?」
「それは…すぐにとはいかないですけど、必ずいきますし戦います」
「うーん、それじゃあ、雀さんの安全が担保できないし、肝心の石上星剣の守りも疎かになってしまうよね…」
ポケットの中のリリィが「だから、私がやると言っている。母はどこか安全な所に移動させてくれ」と言っている。
しかし、リリィがまた『フツノミタマ』の手に落ちるのが一番まずいのだ。さて、どうする?
「では、私が一緒に付いていきます」
後ろを見ると源相さんが立っていた。確かに源相さんなら術式も使えるし、怪異の類も見えるので、石上星剣の結界に取り込まれても、ある程度は対処できるだろう。
加藤はすかさず、「源相さん。もし、相手が結界を張った場合にあなたはどうするのですか?」と聞いた。
「結界にも張れる範囲限界があります。結界の限界点まで行って脱出します」
「その結界から本当に脱出できるのですか?」と加藤は真剣な表情で源相に聞く。
「はい。こんな時のために、こうして強力なお札を用意してきました」
源相は、傍に抱えたカバンからお札の束を出して僕たちに見せた。確かにこのお札からは色々な力を感じる。
「これで脱出できると?」
「はい。十枚も使えば、瞬間的に爆弾を使ったくらいの衝撃を結界の壁に当てられます」
頷きながらも加藤は源相に聞く。
「その…『フツノミタマ』の戦闘員が、銃器を持っていた場合はどう対処するのですか?」
「その場合は、このお札ですね」
源相は、お札の束の中から一枚のお札を取り出した。
「これは?」
「これは、主に小さな禁足地を作る時に使うものです。普通は怪異や怨霊を閉じ込めるために使いますが、これを戦闘員に使うのです。結界内に禁足地を作る事で、彼らは一時的にこの禁足地に閉じ込められます。私も戦闘員に干渉できなくなりますが、向こうもこちらに干渉できません」
「禁足地を作るには色々と作法がありますが、その…失礼ですが、そのようなお札一枚で禁足地を作れるものなのですか?」
加藤さんの疑問はもっともだ。僕にも信じられない。
「もちろん禁足地を作るには予めお札でエリアを決めないといけません。ですから禁足地を作る場所を決め、先にお札を仕込みます。そのエリアに戦闘員が入った瞬間、有無を言わさず閉じ込めます」
「相手がそのエリアに入らなかった場合はどうするのですか?」
「強制的に入ってもらいます」
「強制的に?」
「はい。先ほど雄二くんが仲間を紹介していましたが、ここには涼海どの、ヒメウツギどのともう一人いるのです。彼の名は蝉丸です」
「はあ…蝉丸…」
次から次へと見えない登場人物が出てくるので、加藤さんもどこまで本当にいるのか、そして、その見えない登場人物に頼って本当にうまくいくのか計りかねているようだ。
しかし、加藤の混乱は百も承知で淡々と説明を続ける源相さんの迫力も凄い。源相さんは相当に胆力がある。
「蝉丸本人は、元々は熊襲建人だったと言っており、熊の風体で頑丈なのが特徴です。頑丈なのに加えて動きは素早く、力は常人の数倍はあります。石上星剣の結界内では人間も霊体も怪異も怨霊も全てが具現化されると言います。蝉丸の身体能力の前に恐らく人間は無力です。まあ、攻撃が当たらないのが玉に瑕ですが、そこは身体で押し込んでもらいます」
「し、しかし、それではその蝉丸さんまで禁足地に入ってしまうのでは?」
「もし入ってしまっても、蝉丸は頑丈なので、まずやられる事はありません。石上星剣以外の戦闘員であれば、そのうち倒すのを諦めます。それに、先ほどかなり速く動けると申しました。禁足地になる前に無理矢理脱出するくらいはできると思います」
「私には想像するくらいしかできまでんが、その蝉丸さんがいれば、彼らの戦闘員のうち幾らかは、その———禁足地?に入れられるという事ですね?」
「はい。そうなります。ここでかなりの人数を禁足地に入れられれば、雄二どのの戦いも少しは楽になるはずです。情けない話しですが、石上星剣は彼に任せるしかありません。仕方のない事なのですが、我々が彼らの戦いに入っても邪魔になるだけなのです」
「話しは分かりましたが、志田さんがそんな敵と戦って命を落とされたりしたら、我々はどうして良いのか…」と加藤は頭を抱えて言葉を詰まらせた。
加藤は明治神宮で起こっている事件であるのに、解決が完全に他人任せになっている事に加え、それを一人の少年に押し付ける形になっている事に呵責を感じているようだ。僕が加藤の立場なら同じように思ったかもしれない。
悩める加藤に、源相は腹を括った顔で答えた。
「彼がこれから戦う真の敵は、更に強力な力を持っています」
加藤の顔に更に困惑が広がる。この巨大な怨霊と十種神宝という神の作った遺物を持つ人間が相手だというのに、それ以上の力を持った敵などいるのか?と考えているのだろう。しかし、僕がヒメウツギから聞く完全体の九尾の狐の実力は、石上星剣を遥かに凌駕していると思う。何しろ、自分の実力で天変地異を起こせるのだ。持っているエンジンが違いすぎる。
源相は加藤へゆっくりと語りかけた。このあたりは説教で鍛えられているので語りが上手い。
「雄二くんは今回の件を乗り越える事で、困難に立ち向かう勇気と経験を得られるはずです。それに、リリィさんももう我々の仲間です。彼女のためにもやらなくてはならないのです」
「———わかりました。私たちはリリィに、人権の観点からも問題な過度な要求をしてきました。それを償う意味でも協力は惜しみません」
「では、早速一つお願いがあります」
「はい、何でしょう?」
「ここに案内していただけますか?」
源相は、地図の一点を指差した。
それから、数時間、僕らは打ち合わせに費やした。
僕の親には友達と泊まりで勉強すると言って何とか納得してもらったが、その効果も一日だけだろう。学校もあるし、そんなに長くここにはいられない。
詰めの話しがまとまったところで、社務所の一角に布団を敷いてもらい、僕はそこに横になった。
僕の布団の周りにはヒメウツギ、凪、リリィが丸く円を作るように座った。部屋の入り口付近には蝉丸が陣取ってどかっと座っている。何だか皆に気を遣ってもらって申し訳ない。
チラッと凪を見ると、顔の傷はもうすっかり消えていた。幽体に傷が出来るのかは分からないが、跡が残らなくてよかった。その凪は「これがーあれでーこれをああしてー…」などとぶつぶつ言いながら束になったお札の整理をしている。石上星剣の実力を肌で感じた上で、凪なりに何か対策があるのかもしれない。ヒメウツギは、各所の狐たちと連絡をとりながら、部下の鳥を飛ばして敵の動きを探っている。鳥目っていうくらいだから、鳥たちが夜に安全に飛べるのか心配になる。
僕は枕に頭を乗せた。固い枕だ。僕は最近主流の柔らかい枕よりも固い枕が好きなので、これは嬉しい。体を休ませつつ頭を回転させることにして、目を瞑って今日一日の事を考えた。
まずは『フツノミタマ』のアジトでリリィを救った。リリィの身体を奪還した後、リリィを入院させ、石上星剣と対峙した。石上星剣は、あの凪を寄せ付けず、とんでもない術式を使いこなす現代人だった。
石上星剣とは何者なのだろう?
饒速日命の子孫というだけであれだけの事ができるものなのだろうか?凪の話しを借りれば、千数百年前は、今よりも霊感に優れ、様々な術式を操り、怪異とも戦えた人間が相当数いたのだとと言う。その中には石上星剣のようなレベルの術士もいたはずだ。人間と怪異との戦いは、今からすれば異次元の領域だったに違いない。
源相さんは神話の時代の話しだと言っていたが、その時代に比べて、人間の霊的な能力がここまで落ちてしまったのか?
数多の時間を生きている凪はこんな事を言っていた。
権力者にとって、術式を使える人間は常に自分の地位を驚かす恐怖の対象であって、いないならいない方がいい。だから、あの手この手で強力な術式の使い手がいなくなる社会を作ろうとしたのだそうだ。術者のいない社会は、怪異にとっても都合のいい社会となる。過去、強力な術式を擁した人間が、数々の危険な怪異を倒してきた。その手の英雄譚は、日本の各地に残っている。権力者はそんな術式を使える存在を、わざわざ少なくしてくしていった。目に見えて術者の少なくなっていく状況を見た怪異たちは、ほくそ笑んだに違いない。何しろ、怪異の寿命は尽きないと言っていいほど長いからだ。そして、彼らはじっくり待つ道を選んだ。数千年単位で生きられる怪異達は、息を潜め、術士がいなくなるのをじっと待った。そして、白き九尾の狐の復活の時を迎え、ついに人間に戦いを仕掛けてきたのだ。
ところが、華々しく先陣を切ったはずの『犬』は、予定外に強かった石上星剣という術士と出会い、その計画を頓挫させた…
いや、話しが逸れた。今は、その石上星剣だ。
僕は目を瞑ったままでいる。真っ暗な中に石上星剣が現れた。イメージとしても、凪に酷いことをしたこの顔は忘れない。現代的なデザインの装束も鼻につく。手にはあの変な形の剣を持っている。僕の記憶はこれしかない。石上星剣は高笑いをしながら闇に消えた。このままどこかへ消えて欲しいと思いつつ、考察を進める。
彼の術式は、あの凪を消滅寸前まで追い込んだ。その能力が十種神宝の力に頼っているのであれば、彼から十種神宝を引き離せばいいが、元々力を持ってるのであれば、僕は純粋な力比べで勝たなくてはならない。
結論としては、黒き九尾の狐の力で彼の術式に打ち勝つしかない。
彼の術式は『犬』の力ですら凌駕している。それでも僕は彼に勝たなくてはいけないのだ。どうしても勝たなくてはならない。それは、石上星剣が生き残ったところで、白き九尾の狐には勝てないからだ。これは感覚的に分かる。僕は尻尾の力をまだ完全に解放できていない。それでもこの黒い尻尾が本来持っている力の凄さは分かる。ただ、この尻尾の力を解放したとしても、白き九尾の狐に勝てるかは怪しいと思っている。
現状でこなのだから、石上星剣がこの戦いに生き残ったとしても絶対に勝てないと断言できる。
それもあって、僕は、勝ってどうしても生き残らなければいけない。
何だか寝苦しさを感じる。
空調は丁度良い気温にセッティングされているので、変に頭を働かせすぎなのだろう。
僕は更にリラックスしようと、布団の上で体を反転させて横を向いた。何だか気配を感じたので目を開けると、目の前にはリリィが座っていた。目が合った瞬間、リリィは高速で目を逸らして後ろを向いた。この恥ずかしがりな女子も、今回の戦いで自分の価値を見出しつつあり、生きることに肯定的になったように見える。『フツノミタマ』に生け贄にされなくて本当によかったと思う。
僕は再び目を瞑って考察に戻った。
この布団は、横向きの方が落ち着くようだ。
僕がここまで生きて来られたのは、みんなに支えられているからだ。正直、このメンバーが揃ったのは奇跡だ。そして、僕は最後の最後までみんなに頼る事になるだろう。今回の戦いの肝は、石上星剣から彼の仲間をどれだけ引き離せるかだ。それには、みんなに頑張ってもらう以外に方法がない。すでに源相さんは動き始めている。
後はみんなを信じて、石上星剣との戦いに照準を合わせるのみだ。
正直、尻尾の力と覚えたての術式の併用だけで石上星剣に勝負を挑むのは厳しいと思う。しかし、現時点で僕の持つカードはそれしかないのも事実だ。であれば、尻尾の力をもう一段引き上げたい。というか、それしかない。
僕は上半身を起こしてヒメウツギを見た。ヒメウツギは体を丸めて寝ていたが、スッと立って僕を見た。
「何か御用でしょうか?」
「うん。尻尾の力についてもう少し教えて欲しいんだ。石上星剣に勝つにはやっぱりこの力をもっと上げなくちゃダメだと思う」
「そうかもしれませんが、今は体を休めて本番に備えるべきでは?」
「何だか、今なら尻尾の力と向き合える気がするんだ」
ヒメウツギは、一瞬思案したが、静かに話し始めた。
「雄二さま。我が主人の力は、白き九尾の狐と充分に戦える力です。我が主人の力は、他の怪異と違って人間風に言えば『気』というものにあたりますが、これは様々なものに影響を与える力にもなります。自身の身体に始まり、大気や大地にまで力を及ぼせます。白き九尾の狐の全ての元素を自在に操り、何にでも干渉できる力に比べると一見地味な感じもしますが、様々なものを強化できるという利点は、他の能力にはない強力な利点です」
「確かにそうだね。気の力がなければ凪も治せなかったし、気で自分を強化したりしているもんね」
ん?と僕の中で、何かの気づきがあった。
「ねえ、ヒメウツギ。今までは自分のことで手一杯で自分を強化することばかりしてきたけど、今の話からすると、みんなに僕の気を配れるということだよね?」
「はい。実際、雄二さまは凪どのを治療する為に気を入れています。どんな力を、どんなものに配分するのかを雄二さまが決められます。気を発する先が物体であれば、その力を及ぼせるはずです」
「なるほど、言われてればそうだね」
改めて考えると、尻尾の力を様々なものに与えていたと思う。物を浮かせるのもそうだし、人間を眠らせたこともあった。何の気なしにやっていたが、あれは尻尾の力の譲渡という行為になる。
ここで、「うふふぅ。じゃあ、雄二くんの力を凪ちゃんにバシッと入れてみて!!」と、脇にお札の束を抱えた凪が話しに入ってきた。
「うん。じゃあ、いくよ。これはどう?」
僕は凪に気を注いだ。いつもは気と一括りにしていたが、考えてみれば自分に気を入れる時、強化したい力をピンポイントで上げていたように思う。何気なくやっている事でも、違う角度から指摘されると違うものに見えてくるから不思議だ。
という事で、いつもとは違う気を凪の中へと注いだ。
「ふあああ!!こ、これはあああ!!」
ちょっと気を注いだだけなのに、凪は何を騒いでいるのだろうか?
「ちょ…凪、大丈夫?」
「すごいよぅ!!何だか現役時代に近くなったような…これなら」
そう言うと、凪はお札の中から人形のものを一枚取り出し、ゆっくりと手から離した。床に落ちる寸前で、人型は陽百雷喜になった。陽百雷喜は羽を広げて部屋の中を飛んだ。
ただ、いつもと何かが違うような気がする。何が違うのかは説明できないが。
「おお!!陽百雷喜ちゃん!!すごいよぅ!!」
何やら凪が興奮して叫んでいる。
「ねえ、凪、何がすごいの?」
「ん?雄二くん気づかない?私と式神の契約する前の陽百雷喜は、カミナリノトリの中でも最強格で、雷の凄さももちろんだけど、何といってもあの鋭い爪が自慢の鳥だったのよぅ!!」
凪がそんな事を言うので、僕はもう一度陽百雷喜を見てみた。
確かに足の爪が一段と鋭く見える。ただ、陽百雷喜の変化は、見た目のそれだけではない気がする。
「うふふぅ。雄二くん鋭いね。そう。そこだけじゃないんだよぅ」
いつぞやのように凪が僕の思っていることに対して返事をしてきた。やはり顔に字が出るようになっているのかもしれない。
「え?絶対に顔に字なんて出てないよ!!」
『フツノミタマ』問題が解決したら、これはもう絶対に調べよう。
「うーん、陽百雷喜の違っているところかあ…何だか力強くはなっている気もするけど…」
「うん。まあ、全体的に強くなっているからね、違いはね、まず一回り大きくなっていること、そして、羽が大きくなっているの。この大きな羽で作った雷は自然の雷に匹敵するわ———もしかすると凌駕したりして。うふふ。陽百雷喜も現役時代に近くなってきたね」
陽百雷喜は天井から降りてきて、凪の肩に止まった。凪に頭を撫でられた陽百雷喜は嬉しそうだ。
凪の言う当時の陽百雷喜の強さはどれ程だったというのか?凪自身も現役時代に近くなったと言っているので、その当時は恐ろしく強かったのだろう。凪恐るべし。
「私は怖くないって」
「そ、そうだね」
すると、陽百雷喜がゆっくりと口を開けた。口の中には雷の塊があってバチバチと凄い音を立てている。
「雷玉!?すごいね、そんなものまで出せるの?これは本格的に力が戻っているねえ」
凪は満面の笑みで陽百雷喜の頭を撫でた。
「雷玉って何?」
「うん、陽百雷喜の作った雷を凝縮した玉で、これを放つと町が一つ無くなっちゃうのよ。本気で作った雷玉はこんなに小さなものじゃなくて、太陽か!!って言っちゃうくらい大きいよ!!」
そんな物騒な玉はしまっていただきたい。
すると、その雷玉が急激に萎んで小さくなった。それに呼応するように陽百雷喜の身体も小さくなった。
「うーん、時間切れだねえ」
凪は残念そうに陽百雷喜を一旦人形に戻した。
「時間ぎれ?」
「うん。さっき雄二くんにもらった力がなくなっちゃったんだ。雄二くんの気をもらって一時的に力が活性化しただけだから、気の力がなくなったら元の状態に戻っちゃうみたいね」
「なるほど。じゃあ、凪は僕と一緒に戦おう。僕が凪に力を注ぎながら戦えば、石上星剣といえど、凪を簡単にやっつけられないよ」
「うふふぅ。雄二くんの横で戦えるなんて嬉しいよ。あの石上星剣とかいう奴には、鉄拳制裁をくらわさないと気が済まないわ」
凪は、拳を強く握り、怖い顔をしながら微笑んだ。
こういうときの凪は本気で怒っている。まあ、怒るだけじゃ済まない事を石上星剣がやったのだからその報いは受けてもらわなければならない。
せっかくなので、僕は「ヒメウツギもやってみる?」と話を振った。
「私ですか?我が主人の力を取り込むなど恐れ多いですが…」
「はい。じゃ、いくね」
僕はぶつぶつ言っているヒメウツギに有無を言わさず気を注いだ。ヒメウツギの中に気が入っていく。
「こ、これは…雄二さま。何というか、私の中に無限に力が湧いてくるようです」
「へえ。何かできそうな感じ?」
「はい。これならもしかすると…」
ヒメウツギは半信半疑な感じで言いながら、目に力を入れた。そして「おお…」と一人で何か驚いている。
「今何をしているの?」
「はい、仲間の見ている景色を見ています」
「ええと、仲間のキツネさんの見ている様子を見られるってこと?」
「はい。普段からある程度は仲間がどこにいるのかは分かりましたが、これだけはっきりと仲間のいる場所が分かって、尚且つ彼らの見ている物が見られるとは…雄二さま。我が主人の力は相当な物ですな」
珍しくヒメウツギが興奮気味に、自分の能力を試している。
そもそも九尾の狐の力なのだからまあ当然と言えば当然な気もするが、元々持っている能力を拡大するとできる事が大幅に増えるのが確認できたのは大きい。
「今は何が見えているの?」
「はい。明治神宮の周りの井の頭通りが見えています。そこに駐車している車両を見ています。トラックの運転手が休んでいて…ん?あのワゴン車は少し怪しげですな」
千里眼のような事を言っているヒメウツギは、中々に頼もしく見える。
「ん?気が尽きたようですね。遠視はここで終わりです。しかし、こうして自分の力の応用ができると知ることは非常に有意義なものであります。こういう方向で自分の力を伸ばしていけると分かるからです」
「なるほど。じゃあ、蝉丸も試してみよう」
僕は部屋の入り口近くでドシっと構える蝉丸の中に気を入れてみた。
「おおお。これは…」
ここまでは皆と同じ反応だ。
「ねえ、蝉丸、何かできそうな感じする?」
「これならもっと沢山の敵をまとめて力一杯ぶん殴れる気がする」
「そ、そう」
何ができるという感じではないが、どうやら蝉丸は基礎体力が上がってより力強くなったのかもしれない。
力が有り余っているのか、蝉丸はシャドーボクシングのように空パンチを二、三回繰り出した。恐ろしいほどの風圧を感じる。こんなパンチが当たったらと考えると恐ろしい。
「よし。みんなそれそれができる事が増えそうだね」
そう言って場を閉めようとすると「ちょっと待ってくれ。私にもやってくれ」とリリィが言ってきた。
「リリィの魂の分体は小さいから大丈夫かなあ」
「私はそんなにヤワではない」
若干怒って言うので、僕はリリィにも気を少しだけ入れてみることにした。
「じゃあ、いくよ」
「うむ。頼む」
僕は、リリィの力が上がりそうな気を注いだ。
余り表情の変わらないリリィの顔が、明らかに驚いた顔になっていく。
「うむ。包み込まれているようないつもの気と違って、細胞の一つ一つが活性化しているような感じがするぞ」
何だかオーバーな言い方だが、そのように感じるのだろう。
「これなら…」
リリィはいつものように禹歩をしながら何やら祝詞を唱えた。すると、リリィの前に光の壁のような物が作られた。
「これは…悪霊から身を守る霊気が、こうして目にみえる形になったのか…これができれば、怪異が火を吹いても耐えられる」
「へえ。神道式の術式にも影響を及ぼすんだ。さすが九尾の狐の気だね」
「そ、それに、何というか、自分の中にキミが入っているような感じがして、何というか…」
リリィは顔を真っ赤にしてゴニョゴニョと何かを言ってるが、よく聞き取れなかった。
「うん。みんなにそれぞれ効果があるようだね。問題はどうやってこれができる状況にするかだなあ…」
僕は少し考えてみたが、すぐに思い浮かぶようなものでもないので、とりあえず寝ることにした。
「じゃあ、みんなに力を分ける方法はもう少し考えてみるよ。少し寝て気を回復させるね。おやすみ」
僕は目を瞑って布団に潜り込んだ。
初めはどれだけ考えても不利を覆せないイメージしかなかったが、少しだけど光が見えた気がした。
部屋は静けさを取り戻した。凪はいつも通りに僕の尻尾に抱きついて寝に入った。ヒメウツギも丸くなって目を瞑った。枕元のリリィだけは顔を真っ赤にしたまま、いつまでも両手で顔を押さえていた。
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