第47話 説得
『フツノミタマ』の影響下におかれるエリアから脱出し、そのエリアから車で遠ざかった事で、僕らは一息つける状況になった。
追撃がなかったのは不幸中の幸いだったが、石上星剣は、いつでも僕らを倒せると思って無理をしなかったのだろう。凪を全く寄せ付けなかった実力は本物だが、一泡吹かせてやりたい。
さて、まずは、火傷の治療だ。
手酷くやられた凪には、特に念入りに気を注入して治療をした。なるべく痛みのないように、肌を気でコーティングした上で、治療用の正の気を凪に流し込む。なるべく心配かけまいと余裕な顔をしているが、この火傷のレベルでは痛みも相当なものだろう。
側でじっと見ているヒメウツギは冷静な顔をしているが、珍しくオロオロしているのが分かる。リリィも無言で見ているが、時折唇を強く噛んでいる。石上星剣という自分の敵に凪がここまでされたのが悔しいのだろう。
僕と凪に気を流し続けること十数分、お互いの火傷が気にならない程度になったところで、僕らは石上星剣と名乗る男が作り出した独特の結界で体験した事を、皆に話すことにした。
「ふう。治療に時間がかかってすみませんでした。では、あの場所で起きた事を話します」
僕がそう話すと、皆の視線が僕に集まった。
先の結界が現実の世界の覆い被さるように張れる事、その中では凪も怪異も普通に見える存在となり、生きている時のような肉体に戻る事、こちらの術式が効きにくい事、石上星剣の術式は常識では考えられないものである事などを事細かに説明した。
話しが進むにつれて、明らかに皆の表情が変わっていく。
予想を超えた厳しい状況に、加藤と源相は終始渋い顔を崩さない。リリィとヒメウツギと蝉丸は、時折ボソボソと何かを話しながら話しを聞いている。
「———とこんな感じの場所でした。術式は効きにくいけど、気は普通に使えました。気が使えたおかげで凪の火傷も治せましたし、僕も火傷を最小限で切り抜けられました。だから、あの結界の中では気の使い方が重要になってくると思います」
僕が話し終えると同時に加藤が手を上げて、「あのさ、この話しを明治神宮の人間にしてもさぁ———流石に信じてもらえるの、ちょっと厳しいかも」と言った。
確かに、結界だとか術式だとか話されても漫画の見過ぎだと言われそうだ。ましてや僕は中学生だ。神職の人たちが信じるに足る話しにするのは、相当困難だろう。ただ、明治神宮は、東京大空襲時、祀っていた明治天皇の怨霊を神宮の外に出してしまった神社だ。その時、怨霊は東京中を暴れ回り、空襲に加えて多くの犠牲が出た。その怨霊を人柱で封印したことから話は通じる方だ。やり方によっては、信じてくれる可能性はある。
車内は、さてどうしようかという空気に包まれた。源相さんも腕を組んで考えに耽っている。
「では、私が直接説明する」
なんと、リリィがシーンとした車内の空気を切り裂いた。
みんなの視線が一気にリリィに向かう。見られることに慣れていないリリィは一旦下を向いた。
「でも、リリィは病院で治療を受けないとダメだよ」と僕は諌めたが、リリィも譲らない。ここは頑張ると決めたのだろう。リリィは顔を上げ、一人一人にゆっくりと視線を送った。
「おい、君はいつの時代に住んでいるんだ?普通に電話でもIPでも使えば、明治神宮の人間と話ができるだろう」
まあ、確かにベッドの上から話しをすることはできる。しかし、リリィのダメージは相当なものだ。できれば、安静にしていてほしいとは思う。
正直気はあまり進まないが、リリィの力強い目が、僕を射るようにじっと見ている。
根負けした僕は「うーん…加藤さん、リリィが明治神宮に自分で説明したいと言っています。病院に許可を取れそうですか?」と加藤にその話しを振った。
「病院に許可…」
加藤はメガネを人差し指でクイっと上げ、目を鋭くした。暫く遠くを見ながら考えに耽っていた加藤は、現実の世界に帰ってくると僕に目を向けた。どうやら答えが決まったようだ。
大きく息を吸い込んだ加藤は、「今、邦ちゃんに聞いてみるよ。そこにいるリリィが大丈夫って言っているなら大丈夫だと信じるよ」と言い、すぐにスマホをいじり始めた。リリィの容体を佐々木さんに聞いてくれているのだろう。
鬼のような速さでスマホを打つ加藤の横で、リリィはほとんど変わらない表情を少しだけ固くした。最近、ようやくリリィの表情の機微が分かってきた。これは、少し緊張している顔だ。
そのリリィは、自分を奮い立たせるように「僕も役に立つ。決戦前の決戦だ」と小さく宣言し、僕の胸ポケットの中でブツブツと独り言を言い始めた。
普段人前で喋ることがないので、大勢の人に話す練習しているのだろう。あの人見知りのリリィが、自分を奮い立たせてここまで頑張ってくれることがすごく嬉しい。
そんな中、僕は凪が妙に静かなことに気づいた。
尻尾に乗っている凪を見ると、火傷はもうほとんど治っていた。そして、流石に疲れたのか、尻尾に抱きついてクカーと寝息を立てている。安心し切った寝顔が凪らしくて非常に愛らしい。少しこのままにしてあげようと思う。
さて、ここからは結界の対策を考える会議だ。
僕はみんなに向かって「では、戦いを有利にするためとリリィが話しやすいように、こちらも作戦を練りましょう。何か意見はありますか?」と聞いた。すると、ヒメウツギがダッシュボードに駆け上がって「雄二どの。私から良いですか?」と言った。
「もちろん。では、ヒメウツギ、お願いします」
ヒメウツギは、一回咳払いをすると徐に話し始めた。
「この幽霊と雄二どのが、命をかけて持ち帰ってくれた情報は、我々が不利な戦いをしなければならないという事実を明確にしてくれる情報でした。しかし、悪いことばかりではありません。我々はリリィ殿の身体を取り戻し、『犬』も封印しています。これは非常に大きな事です。『フツノミタマ』との戦いに集中できるからです。どれだけ不利な戦いであったとしても、情報さえあれば戦えるようになります」
あの結界の中に入らずに『フツノミタマ』とぶつかっていたらまず勝ち目はなかった。そういう意味では、あのタイミングで石上星剣と対峙してその力を体験できたのは、ある意味でラッキーだったと言える。ただ、凪を死の淵まで追い込み、あの場に放置した事だけは『絶対に』許せない。
僕たちの話を聞けない加藤さんにの為に、源相さんが今の話を伝えた。加藤さんもその話しを真剣に聞いている。源相さんが加藤さんに伝え終わったのを見て、ヒメウツギは話しを続けた。
「では、具体的にどうするべきかですが、『フツノミタマ』はこちらがどれだけ武装しようと、お二人の入った結界を使って明治神宮の核心部まで侵入してくるはずです。問題は、結界に引き入れられても、結界の外にいてもその場にいる人間は命の危険がある事です。結界の中に入れば、普段の実力の半分も出せず、結界の外にいても、いきなり結界から出てこられると対処するのも難しいと思います。仮に、機動隊が明治天皇の御神体の周りを固めていたとしても、一瞬にしてやられてしまう可能性すらあります。では、どうすればいいか?」
うん、どうすればいいの?と普通に思う。
ヒメウツギは僕を見ながら話しを進めた。
「その前に、まず、確認しておくべき事として、我々が意図して結界の中に入れるかです」
「結界の境界線が分かれば入れると思うよ」
「それです。現実と結界の狭間をどう見つけるかが課題ですが、侵入は可能という事になります。結界が局地的な場合は、その狭間から我々の任意の突撃部隊が結界内に突入します。問題なのは、石上星剣が想定以上の大きさの結界を張った時です。その時は、有無を言わさず全員が入れられてしまう事を想定しなければなりません。そうなれば、結界内で総力戦になりますが、武装している上、強力な術式を使う石上星剣がいる『フツノミタマ』が圧倒的に有利です。まともに戦えば、『フツノミタマ』は易々と我々を殲滅し、御神体を見つけ出して怨霊を解放するでしょう」
ヒメウツギはここまで話して、目で確認を求めた。ここまでいいか?ということだろう。
源相はヒメウツギに頷きながら、少し早口で加藤に説明した。話を聞いた加藤はダッシュボードに向かって頷いた。ヒメウツギは見えていないが、理解したと伝えたいのだろう。
ヒメウツギも加藤に向かって頷いた。加藤に見えていないと分かっていても礼儀として応答したのだ。さすがヒメウツギ。
「それを踏まえて我々がどうすべきかを考えてみました」とヒメウツギが言う。
僕が凪を介抱し、源相さんが車で『フツノミタマ』のアジトから遠ざかっている短い間に対策を考えていたとは驚きだ。
「まず、結界の中では霊、人間、怪異の全てが目視できます。しかも、凪どのは、石上星剣の攻撃で血を流した上、身体を焼かれました。これは生身の人間と同じ。つまり、あの中では、霊も怪異も現実の肉体を持った状態に還るという事です。『犬』も結界内で肉体を持たされ、術式が通じず石上星剣にやられた挙句に利用されたのでしょう。私は、『犬』が不完全な両面宿儺を自身に呪いが跳ね返る危険を知っていて尚使ったのかずっと疑問でしたが、それは、石上星剣が『犬』に勝利し、その支配下に置いたからだと思います。決して対等な関係でお互いの利益の為に動いたのではありません。石上星剣は、『犬』にリリィどのの魂を渡して我々を攻撃させましたが、敢えなく失敗。そんな『犬』に腹を立て、手っ取り早く両面宿儺の呪いを使って我々を倒せと命令したに違いありません」
確かにそれなら筋が通っている。あの無茶な戦い方も説明がつく。
「少し話が逸れました。結界の話しに戻ります。話に上がった結界の中は、恐らく擬似的な黄泉の世界になっていると私は考えます。伊弉諾と伊奘冉の話しでも分かるように、黄泉の世界では霊であろうと生身の人間であろうとお互いが見え、術式も使えます。問題はどのようにして黄泉の世界を構築できるかです。そこに、例の十種神宝が絡んでくるのだと思います」
十種神宝———三種の神器に比する神からの賜り物。一体どんなものなのだろうか?
「少し調べたところ、十種神宝は、瀛津鏡(おきつかがみ)、辺津鏡(へつかがみ)、八握剣(やつかのつるぎ)、生玉(いくたま)、足玉(たるたま)、死返玉(まかるがへしのたま)、道返玉(ちがへしのたま)、蛇比礼(へみのひれ)、蜂比礼(はちのひれ)、品物比礼(くさぐさのもののひれ)と言われる神器で、それぞれに効果があるようです。特に、死者を甦らせるという死返玉(まかるがへしのたま)、活力をみなぎらせる足玉(たるたま)、若しくは魂を引き止める道返玉(ちがへしのたま)の力を使えば、雄二どのが体験した結界の中の状況を作り出すことも可能かと思います」
よくそれぞれの名称を記憶できるなと感心しつつ、僕はヒメウツギに質問する。
「そんな死者を甦らせる事ができる宝具があるの?」
「はい。本当に十種神宝があるとすればですが———そのような効果を持ったものがあったとされています。十種神宝は、鎮魂の儀式に使うものですので、一定の条件を満たすことで結界の生成が可能なのかもしれません。そして、あの結界の中では、もしかすると死者———というか、地上から消えていない魂に干渉できるのかもしれません。そうなると、幽霊に肉体を持たせ、その肉体を攻撃することもできるかと思います。それを以て『死者を甦らせる』という表現になっているのかもしれません」
「なるほど」
ヒメウツギの分析はかなりいい線いってそうな気がする。しかし、そんな宝具が千数百年の時を経て、何故、今になって突然姿を現したのだろうか?疑問は尽きないあが、今は対策に集中だ。
僕もヒメウツギの話しに沿って意見を言うことにした。
「その結界に入ったら人間も霊も怪異も否応なしに実態を持つ…そうなると銃がかなり効果的な武器になるよね。石上星剣が武装部隊を作ったのは、この結界が使えることが大きかったのかもだね。そして、『フツノミタマ』の構成員たちは、この石上星剣の力を知っているからこそ、自衛隊や警察を相手にしても問題なく勝てると確信しているんだろうね。だとすれば、やっぱり明治神宮の神職の人たちを、間違いなく戦闘に巻き込まれる場所にいさせちゃダメだよね」
「ちょっと待って。こんな状況で、あなた達に任せきりでこっちが何もしないのも問題だよ」と加藤は助手席から身を乗り出して言う。
加藤さんの気持ちはよくわかる。しかしながら、石上星剣が本気で術式を放ったら、みんな一瞬にして黒焦げになるのは目に見えている。責務というのは、それぞれの役割で決まる。皆が戦闘に参加する事はないのだ。あの『犬』でさえ結界内では何もできず、強力な式神を使役する凪が攻撃が全く入らなかったと言っているのだ。例え銃を持っていたとしても彼に当たるのかはかなり怪しい。
となると、実質石上星剣を攻撃できるのは僕だけだ。
「石上星剣と戦うのは僕だけでいいと思います。僕以外の人間には彼に攻撃が当たりませんし、当たったとしても跳ね返されます。僕の気は術式とは違うので、石上星剣にも通ります。僕は術式を使って戦うスタイルを源相さんに教わりました。術式と気のハイブリッドで、石上星剣を止めて見せます!!」
僕の宣言を聞いた瞬間、蝉丸の豪快な笑い声が響いた。
「ガッハッハ!気に入ったぞ!!ワシの攻撃だって当たればすごいぞ!!ガッハッハ!」
「その前に、当たった事がないだろ…」とヒメウツギが突っ込むが、若干期待が滲んでいるような感じがした。ヒメウツギ自身が蝉丸の攻撃は当たれば凄いと言っているので、桁外れの威力を誇る蝉丸の攻撃だけは効くかもしれない。
「蝉丸さんは最終兵器です。しっかりと爪を研いでおいてください」
「お前さん。分かっとるのう」
蝉丸はご機嫌な声を出して左掌で右手の拳を叩いた。その音の大きさで気合いの入り具合が分かった。
小さなため息をついたヒメウツギは、蝉丸の事は後回しにすることにして話しを進めた。。
「雄二さまのいう事も一理ありますが、御身だけで戦うのはどうかと思います。相手は多勢に無勢です。四方八方を囲まれては流石にどうにもなりませぬぞ」
「でも、狭い範囲なら、同志撃ちを警戒して銃を撃てないんじゃないかな」
「しかし、銃撃隊が横一列に並んでいれば、的は雄二さまだけですぞ」
「僕は弾を避けられるけど、僕の隣に誰かいたら、それこそその人が的になるよ」
「ふむ…まあ…」
ヒメウツギもそこは反論できないようだ。
車内は何度目かの沈黙に包まれた。戦いが『フツノミタマ』側に有利すぎて、中々打つ手がない。
「ふああぁ…なら、いっそのこと御神体を移動させるのは?」
僕の横から声がした。いつの間にか凪が起きたようだ。まだ顔の一部に火傷の跡が残っているが、もうほとんど治っている。幽霊は回復が早いようだ。
「今からあれをか…できなくはないが、明治神宮に張っている結界の範囲も限定的だ。それほど遠くには動かせない」とリリィが凪に説明した。
「今の場所は安全なの?」
「ふむ。誰にも破られないという前提の場所にあるが、正直、その石上星剣という人間の話しを聞いていると、今施してある防御がどこまで通用するのか怪しいな」
ここは加藤さんにも聞いておいた方がいいだろう。
「加藤さん。リリィは御神体は安全な場所にあると言っていますが、実際、『フツノミタマ』が攻めてきた時、御神体を守り切れると思いますか?」
加藤はいつものようにメガネを人差し指でクイっとあげると「うーん。正直なんとも言えないねえ」とトーンを落とした。
「ねえ、リリィ、そこにいるんでしょ?あれさ、『フツノミタマ』にも効くと思う?」
目を瞑ってしばらく考えたあと、リリィは「あれは対怪異に特化している。人間であれば余り意味がない。しかし、単純に物理的に入るのが大変なのは間違いない」などと言う。
それをそのまま加藤に伝えると、「とりあえず、あの金庫に頑張ってもらうしかないか」とため息まじりに言った。
「金庫の中に入っているのですか?」
「うーん、金庫というか何というか…金庫みたいだからみんな金庫って言っているけど、リリィ、あれ金庫かな?」
リリィは首を振りながら「カラクリ扉だ」と言った。
「カラクリ扉?」と僕がいうと、「ははは。リリィがそんなこと言ったの?リリィも何だか変わったねえ。うんうん。いいよ」と加藤。
リリィは顔を真っ赤にして、「いや、その…これは冗談ではなく、見たままの形状を言っただけだ」と小さな声で言ったが、それを聞き取れた者はいなかった。
「その扉は分かりやすいところにあるのですか?」
「うーん、何とも言えないなあ。分かりやすいと言えば分かりやすいけど…まあ、どのみち『フツノミタマ』に占領されたら発見されちゃうよ。だったら、あの中で御神体を移動させた方がいいかな?」
リリィは少し考えた末に、「まあ、あの中を移動させるくらいは大丈夫かもしれないが…より守りやすい所に移動させるのはありかもしれない」と僕に言った。
御神体とはそう簡単に動かせられるものなのか?僕はその疑問を凪にぶつけてみることにした。凪の方を向くと、凪はくりっとした目を僕に向けて、何でも聞いてくてという顔をしている。
「ねえ、凪、明治神宮の中なら、怨霊の宿る御神体を動かせると思う?」
「うーん…できるとは思うけど、祀っている怨霊が巨大すぎるから、それこそ伊勢神宮でやっているような規模の祭祀をしないとダメだと思う。ここまで動かせるかななんて思って動かすと、せっかくの結界のバランスが崩れて怨霊が良からぬことをするかもしれない。今急いでやる手ではないよ」
「なるほど。じゃあ、御神体の守備を強化する事はできる?」
「そうねえ、怪異に対してなら結界を強くする対策が取れるけど、人間に対しては罠を仕掛ける事くらいしかできないよ。御神体に変な呪術をかけると、それこそ取り返しのつかない事になるから、とにかく守り切るしかないよ」
「分かった。ありがとう」
凪はニコッと笑って親指を突き出した。
「リリィどう?」
リリィは、「うむ。やはり動かすのはやめよう」と深く頷いた。
二人の意見を聞き入れ、御神体を動かすのは諦めることにした。
「源相さんも何かありますか?」
「これに関しては皆さんと同じ意見ですね。今から御神体を移動させるには時間が無さすぎます。護摩壇を使った呪術で魔を祓いつつ、緩い結界を作って運ぶ方法もありますが、それもかなり限定的なやり方です。敵を撃退する以外に手はないと思います」
「ヒメウツギは?」
「はい。御神体とは怨霊の家のようなもの。家を動かせば住んでいる住人は少なからず不快になります。そういう状況は避けた方が良いと思います」
加藤に皆の意見を説明すると、加藤は分かったと言って、御神体を動かすのはやめになった。
車の外もすっかり暗くなり、僕らは、御神体を守り切るため、戦いやすい環境を作る方法を考えることにした。
「じゃあ、私たちはどうすればいいの?」
この加藤の疑問に、ヒメウツギは「無駄な犠牲を出さないためにも、少なくとも明治神宮の方々には避難してもらった方が良いかと思います」と言った。
僕は加藤にそのまま伝えたが、やはり納得はいっていないようだ。
「当の私たちが何もしないのは、やっぱり腑に堕ちないよ」
「明治神宮の神職さんたちも様々な責務があのは分かります。でも、できる限り避難してもらった方が良いと思います。『フツノミタマ』は人を屠るのを良しとする集団です。ところかしこで銃を使われれば、明治神宮に残った人を全員守り切るの無理だし、人質が多く取られれば、僕も全力で戦えないです」
「そうかもだけどさあ…」
加藤もこの現実は分かっている。しかし、怨霊の人柱としての責務を負わされ、生きることに悩んできたリリィに、全てを押し付けるのが嫌だったのだ。
「では、こうしましょう。何人もいては私たちも守りきれません。明治神宮代表として加藤さん、あなたが私の補佐をしてください」
源相がそう提案してくれた。
「さすが、いい男ね!!やっぱリリィだけ危険に晒すのは良くないよね!!」
加藤は源相の手を取って上下に振って喜んだ。源相は顔を真っ赤にしてされるがままになっている。
本当は加藤さんも避難してほしいが、術式を使える源相さんがいれば、まあ、大丈夫だろう。
「加藤さん。『フツノミタマ』が攻めて来た時、居合わせた全員が石上星剣の結界に取り込まれれば、誰も助かりません。ですから、神職の皆さまには、戦いに関しては我々に任せるよう説得お願いします」
「うん。分かったよ!!」
加藤は二つ返事で快諾してくれた。
その様子を複雑な表情で見ていたリリィだが、リサリサちゃんさん先輩の心意気に感謝し、まずは自分が頑張らなければならないと腹を括った。
「では、私が佐々木さんを説得する。病院に向かってくれ」
「うん。リリィ分かったよ。源相さん。警察病院にお願いします」
僕らは急いで中野の警察病院へと向かった。
警察病院に入った加藤は、散々佐々木に怒られたようだが、三十分という限定付きでリリィがWEB会議に出られるようにしてくれた。そして、車は明治神宮へと向かった。
車が発車するとすぐに加藤が、「ふえーん。邦ちゃん怖かったよー」と、メガネを額に上げてハンカチで涙を拭きながらぐずった。どうやら加藤は、佐々木に本気で怒られたようだ。
リリィは『フツノミタマ』のアジトに監禁され、催眠状態にさせられた上、『フツノミタマ』と組んだ『犬』に魂を抜き取られ、僕に対する攻撃役を担わされた。その上、『犬』にかかった呪いを、自らの魂に移される寸前だった。そんな危機を乗り越えて入院している。そんな状態の人間に話しをさせたいと言えば、それは怒られもするだろう。しかし、佐々木もリリィのの熱い懇願に感化され、最終的には折れてくれたらしい。
ひとしきり佐々木の文句を言った加藤はスッキリしたらしく、明治神宮の神職達に怨霊の事で集まるように連絡してくれた。『フツノミタマ』に行動を把握される恐れは高いものの、もう隠れていても意味がないので、僕たちは明治神宮に直接入ることにした。
車は誰に攻撃されることもなく、参宮橋駅側にある警備員のいるハコで手続きして明治神宮へと入った。
加藤の案内で神宮内を走ること数分、車は十台ほど停められる駐車場へと入った。
「じゃあ、みんな降りて。ここは社務所の裏よ。そこにある社務所の事務室に神職達に集まってもらっているよ」
そう言うと、加藤は車から軽やかに降りた。僕らも加藤に続いて降りた。
周りはすっかり闇に包まれ、すでに参拝客はいない。多くの木々が茂り、風に吹かれた葉の擦れる音だけが耳に入る。とても都心にいるような感じがしない。笠間の夜も音がしないので、こんな感じだ。
加藤を先頭に社務所へと入ると、奥から作業着を着たふくよかな中年の女性が歩いてきた。
「りさちゃん、この人たち?」
「うん。そーだよ」と女性に返事をして、加藤さんは下駄箱に自分の靴をしまうと、自分用のスリッパを取り出した。
作業着を着た女性が僕たちの前に来ると、僕と源相さんをまじまじと見た。そして、若干首を傾けた。
この女性のリアクションを見るに、僕たちは聞いていたイメージとかなり違うのだろう。まあ、坊主と中学生という組み合わせではそう思われても仕方がない。後ろにいる凪やヒメウツギが見えていれば、また違った反応になるのだろうと思う。
「もうみんな会議室にいるの?」
「うん、いるよ」と女性は加藤に返事をすると、下駄箱横のバケツに大量に入っているスリッパを二足分取り出して僕らの前に並べた。
「では、このスリッパをお使いください」
「ありがとうございます」
田舎の公民館みたいだなと思いつつ、僕は靴を下駄箱の端に入れてスリッパを履き、社務所へと上がった。
社務所の中は存外広く、広めの会議室を幾つか作れそうだ。廊下を先導している加藤が、「ここよ」と言って、いかにも会議室といった感じの扉を開けた。僕と源相さんが入ると、すでに数人が中にいてパイプ椅子に座っている。
皆に挨拶をしようとすると、黒髪の女性がすすっと寄ってきて「リリィを助けていただいてありがとうございました」と頭を下げてきた。リリィに負けず劣らず美人な人で、すぐにリリィの母親だと分かった。この方が雀さんで間違いない。
雀さんからは、ほんのりと霊圧を感じる。親子で神道式の術式の才があるようだ。
「初めまして。僕は志田雄二と言います。リリィさんにはいつも助けてもらってばかりいます」
「あの子が?本当に?」
「はい。本当に有能な術師です」
「へえ」
雀は意外そうな顔をしながらも口元を緩ませた。リリィは相当に親を困らせているようだ。まあ、リリィの境遇からすれば仕方のないことだとも思う。
雀が席に座ったのを確認し、僕と源相さんは、神職の方々の前に立って挨拶に入った。
「初めまして。私は神奈川県にある丹禅寺という寺の住職をしています源相と申します。元々は別個の怪異を倒すべく、この雄二くんと行動を共にしておりました。しかし。その敵と組んだ『フツノミタマ』という組織の石上星剣なる人物が、今回の明治天皇の怨霊を解放するという暴挙に出ることを掴みまして、今に至ります。以後お見知りのほどよろしくお願いいたします」
次に僕の挨拶だ。
「私は志田雄二と言います。源相さんに様々なことを習いながら、怪異との戦いに備えています。リリィとはその中で知り合いました。リリィは誘拐され、魂を操られていましたが、今は魂も身体に戻って警察病院にいます。これからリリィを誘拐した組織と戦うことになります。概要は聞いているかと思いますが、これから詳しいことを聞いていただければと思います」
僕は頭を下げた。
「うん。じゃ、早速聞いてもらおうか」
加藤はそう言うと、スマホをチャカチャカいじってWi~Fiでテレビと繋いだ。
「ようっし。繋がった。ちょっと待ってね、今呼び出すから」
リリィはweb会議アプリをリリィに繋いだ。まず画面に映ったのは佐々木だった。
「あら、邦ちゃん久しぶり」
「さっき会っただろ。いいか、十五分だぞ。時間守れよ」
佐々木はぶっきらぼうに言って加藤を牽制すると、カメラをリリィに向けた。点滴を繋がれ、ベッドで半身を起こしているリリィが画面に映った。かなり痛々しい姿だが、カメラを見据える目は生き生きとしている。
会議室が一瞬ザワっとして、安堵の空気が流れた。皆、リリィのことを心配していたのだ。
「あんな顔しているの初めて見た…」
小さくそう言って、雀はボロボロと涙を流した。娘が無事だったことと、無気力そうな感じの抜けたリリィの成長が嬉しかったのだ。
リリィはカメラに向かって話し始めた。
「知っての通り、私は誘拐され、足立区のビルに幽閉されていた。その理由はリサリサちゃんさん先輩から聞いているはずだ。その組織の事を探り、私を助けてくれたのは、そこにいる雄二くんだ。そして、戦う義務もないのにこの戦いに参戦してくれる。彼に報いなければこの先、何代に渡ってここを維持したとて、悔恨の念を引きずることになる。いや、我々の存在意義の為にも手を貸さなければならない」
皆がリリィの話しに引き込まれていた。リリィの言う『存在意義』の為に、彼女が誘拐されたにも関わらず、関係者は警察に通報もしなかった。リリィもそれは仕方がないと言っていたが、それで済まされる事ではない。全てが終わった後、その『存在意義』について徹底的に議論すべきだろう。
「では、何があったかを説明する」
リリィは更に声を低くして、話し始めた。
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