第3話

 VR型MMO RPGゲーム、『リリース・プロジェクト」は、二年前に発売されたゲームだ。没入感の高い全身フルカバー式ゲーム用スーツの開発と同時進行で制作されたリリースプロジェクトは、発売前から予約殺到だった。ゲーマーたちはもちろんのこと、普段VRゲームをしない人たちの注目も大きかった。私もその一人で、VRはこのゲームが初めてだ。正直、ここまでのめり込んでしまうとは思っていなかったけれど。

 リリースプロジェクトでは、全てのプレイヤーが全てのエリアに行くことができる。ただし移動手段は限られているので、帰り道に余裕を持って行動しないとアカウントを失うことになる。つまりアバターのヒットポイントが底を尽きることによるゲームオーバーだ。

 エリアはセントラルシティという安全地帯を中心に全方向に構成されていて、様々な様式がある。例えば、海や山、氷の大陸、空中神殿、あるいは今日の仕事があった砂漠なんかだ。

 エリアに配置される敵のランクや数は、セントラルから遠いほど高くなる。だから初心者がいきなり僻地のエリアに行くのは危険だ。

 敵は主にAI兵。AIというのはゲームのコンセプトや設定ではなくて、本当にAIで動いている。一つ一つのAI兵が独立したAIで動いていて、その挙動は開発元にすら予想できない。時に暴走して熟練のパーティーを軒並み全滅させることもあるが、それもまたこのゲームの面白さだ。とはいえ、ある程度情報が出回ればゲーム側が対策を行う。異様に難易度の高くなった標的の排除も、私たちの仕事だ。

 私はもともと普通のプレイヤー、この商品の消費者だった。ゲームの開発を知ってからずっとプレイを夢見ていた私は、高校に入ってすぐバイトをしてお金を貯めてゲームの発売に備えた。自分でも意外だったが、いざプレイしてみるとかなり才能があったらしい。あっという間にプレイヤーランキングを登っていき、大抵の敵は倒せるようになった。そこで私はちょっと怖気付いた。強くなりすぎてゲームを楽しめなくなるのではないかと思ったのだ。それで少しの間、ゲームから離れた。するとランキングからはすぐに名前が消えることになる。それに気づいたゲーム側から私に一通のメールが届いた。

 内容は簡単に言えば、どうしてゲームをやめてしまったか教えて欲しいとのことだった。当時時代の波に乗りまくっていたゲーム側としては、ランカーがゲームをやめてしまうのはとてもショックだったし、対策を練るために意見を参考にしたかったらしい。別に私はゲームを完全にやめるつもりはなかったし、リリースプロジェクトのことは大好きだったから喜んで返信をした。特に取り繕うこともなく思ったことを正直に伝えた。

 このゲームは大好きだけど、自分が倒せない敵がいなくなることが怖い、ゲームに飽きることが怖い、と。

 するとゲーム側から提案があった。リリースプロジェクトは人工知能をベースに構築されたゲームだから、予想外に高難易度の敵が現れることも多い。私のようなプレイヤーにとってそれはラッキーなイベントだけれど、そういったプレイヤーが全員そのイベントに遭遇できるわけではない。かといって突然セントラルの近くにそういった状況が発生することもあり、それは初心者の脱落に繋がる。要するに、ゲーム側としてはリリースプロジェクトのゲームバランスを保つことに苦労している。

 そこでピンチの陥ったプレイヤーを救済するフォローアップというサービスが生まれた。運営に雇われた実力のあるキャストがプレイヤーを助けに行き、安全地帯まで送り届けるのだ。私はそのキャストにならないかと打診され、承諾した。

 だって、飽きてしまう不安無くゲームを好きなだけプレイできるなんて、私には最高の仕事だから。



 さっきから視線を感じる。

 私は依頼を終えた帰り、セントラルシティの中を歩いていた。

 本人は隠れているつもりなのだろうけど、バレバレだ。さっきからずっと後ろをついてきているプレイヤーがいる。

 私が立ち止まると向こうも立ち止まり、私が歩き出すと向こうも歩き出す。それをさっきからずっと繰り返していた。


 私はため息をつき、来た道を戻る。相手は何事もなかったかのように私の真似をして逆方向に歩いていくが、明らかに挙動がおかしい。

 私は早足で追いつき、プレイヤーの顔を覗き込んだ。

「何か用ですか?」

「ぶぎゃあ!」

 同い年くらいの男の子だった。このゲームでは衣装のデザインは選べるけれど、顔や体格は現実のままだ。つまりヘルメットや布で隠さない限り、本人の顔を見ることができる。彼は口元だけバンダナで隠していた。

「さっきからずっと私のことつけてましたよね?」

「え、ええ〜? なんのことですう〜ん?」

「正門からずっと、ついてきてましたよね?」

「ふ、ふう〜ん? え〜? そうなんですかあ〜?」

「しらばっくれるなら、運営に通報しますよ。アーカイブを見れば簡単に証明できることなんですからね」

「あ、ああ〜! なるほど! ま、まあ確かに、来た道は同じだったかもしれませんねえ〜?」

「まったく」

 バンダナの少年は苦笑いをしながら、誤魔化す。

「それで? 何か用があるんですか?」

「いや、来た道が、ぐぐぐ偶然同じだっただけなのでえ〜」

「じゃあ、さようなら」

「あ、あああ〜! ちょっと待って! あります! 用があるんです!」

「やっぱりつけてたんじゃないですか」

「う、うぐ……」

「まあいいです。それで? どうしたんですか?」

「あなたのプレイを見させてもらいました! すごい実力です!」

「え……」

 私は一歩下がってたじろぐ。

「まさか、正門どころか砂漠からずっとついてきてたんですか?」

「ま、まあそうなりますかね? へへへ」

 私はなるべく気持ち悪がる顔をして、さらに一歩下がる。

「と、とにかく! あなたがめちゃくちゃ強くて驚いたんです! 百体近くいたAI兵たちから逃げ切るなんて! それも三人も助けながら!」

「ま、まあそうですね。弱くはないですけど」

 正直、褒められて悪い気はしない。

「そこで! あなたに僕のフォローアップをして欲しいんです!」

 なんだ、そういうことかと私は少しがっかりする。

「残念ですけど、特定のキャストを選んでフォローアップ依頼をすることはできません。事務局に問い合わせて、私と同ランク帯のキャストを頼んでください」

「で、でも! あなたじゃなきゃダメなんです!」

「なんでですか?」

「だって、同ランク帯と言っても僕はあなたより強いプレイヤーをキャスト含めて知りません! 付近プレイヤープロフィールを見たところ、経験値だって貯まりっぱなしじゃないですか! アップデートが来たってすぐ最高ランクになって、まだ余裕がありますよ!」

 私はそれを聞いて、付近へのプロフィールを非表示にするのを忘れていたことを思い出す。こういう個人的な依頼がたまにあるからずっと非表示にしていたのだけれど、こないだ一度承認欲求のために設定を変えて、戻し忘れていたらしい。

「でも、私だって忙しんです。キャストもやってるし普通のプレイヤーとしてもゲームをしたいので、個人のプレイを手伝う余裕は……」

「もちろん! 一方的に手伝ってくれとは言いません! これを見てください!」

 私の目の前にものすごい数のゲームプレイアーカイブがウィンドウで表示される。

「こ、これは?」

「ネット上でプレイヤー同士が動画アーカイブやイベント情報を共有してるサイトがいくつかあるのは知ってますよね? それを分析して、イベントが発生する場所を予測したんです」

「でもそんなの、運営だってやりたいのにできないことじゃ……」

「へへへ、ま、僕だからできたことではありますけどね、へへへ」

「でも、こんなに高難易度イベントをクリアしたならアイテムだって相当な物のはずでしょ? ひょっとしたら、あなたの方が私より総合的には強いんじゃないの?」

「いや、それが……」

「なに?」

「データを分析してイベントを見に行くのはいいんですけど、僕自身が弱すぎて、一つもクリアすることができず……それどころか普通のランクのAI兵を倒すことすら難しいというか……」

 私は思わず大笑いしてしまう。あたりの人たちがこっちを見ていたが、気にしようとも思えないくらい笑えた。

 私は涙を拭いながら、彼に言う。

「要するにあなた、ド下手なのね」

「そ、そうなります」

「さては今日もイベントの場所を割り出してはみたものの、手を出すことができなくて遠くからこっそり見てたんでしょ。そこへ私が来たってことね」

「です……」

「かなり勿体無いことしてるわね」

「そうなんです! だから手伝ってくれるなら、イベントの達成やアイテムは全部譲ります!」

「でもそしたらあなたには何が残るの?」

「いやあ、それは……」

「言ってよ」

「僕、いわゆるオタクなんで、要はこのゲームのことをもっと知りたいってのが目的なんです。イベントをクリアできれば、もっと難しいイベントを予測することもできる。それを重ねていけば、誰よりもこのゲームのことを知れるはずです!」

「なるほどね」

「ど、どうでしょう?」

「いいよ」

 彼の目がパッと開く。

「乗った。私もね、このゲームが大好き。少しでも難しいイベントをクリアして、強くなりたいの。強くなったらもっと難しいイベントに行きたい。そのためには君の分析があると助かる」

「あ、ありがとう! 北山さん!」

「え?」

「あ……」

 私は彼のバンダナをむしり取る。

「あ、学校で隣の席の高峯です……これから……よろしく」

「まったく……」

 私はオドオドしている高峯くんを置いて歩き出す。

「北山さ……ん?」

 高峯くんは道の真ん中に突っ立っているままだ。

「はやくして」

 私は短くそう言った。

 頭を横に傾けてキョトンとした彼に、思わずまたクスリとする。そして息をしっかり吸って、大きな声で言った。

「はやく! まずは高峯くんの装備を揃えなきゃでしょ!」

 高峯くんはやっと小走りになった。

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