第45話 響カリン

 響先生の車が停まったのは、来る時に見た小爆心地の屋敷跡の前だった。

「行ってみよう」

 冬凪が早足でダラダラ坂を降りてゆくのであたしもその後について行く。

「ねえ、響先生の車ってあんなだった?」

 学校に乗ってくるのは紫色した正直だっさい軽自動車で、あんなエンジンからしてボボボボと重低音のするスポーツカーではなかった。

「ちょ、隠れて」

 って言われてもこんな高い垣根の間の一本道でそれは無理。それで冬凪と道の端にしゃがんで思いっきり体を縮めた。そうしてから道の先を見てみると、響先生の車が屋敷跡の前で切り返しをしていた。

「戻って来る?」

「わかんない」

 冬凪とあたしは、そのままじっとしていたのだけれど、もし戻ってきたらこの格好をなんて説明すればいいか考えてたら笑けて来て、

「あたしたちシマエナガに見えるかなw」(死語構文)

「どうした? 夏波」

「なんでもない」

 結局、響先生の車はこっちに戻って来ることはなく、小爆心地の屋敷の駐車場に入ったようだった。

「夏波、ついて来て」

 冬凪が態勢を低くして石垣に沿いに小走りする姿がスパイ映画みたいだったから、

「がんばるますw」(死語構文)

 冬凪は動きを止めて振り返ると、

「それ、そろそろやめない?」

「ごめん」

 怒られた。

「緊張しすぎると笑いが止まらなくなるって言うじゃない?」

「言うけども、夏波のは自分から笑いに行ってるから。死語構文とか使って」

 確かにそうだ。あたしはわざと可笑しがっていた。十六夜を見舞ってヤオマン屋敷を出て来たら普段とは違う高級車に乗った響先生と鉢合わせした。それだけでも変なのに、まるでついておいでと言うかのように小爆心地の屋敷跡で停まり中に入って行った。この、仕組まれたかのようなシチュエーション。ホワイトラビットがあたしを引きずり回すシステム。どうもあたしのことをどこかに連れて行きたい人たちがいるらしい。それが誰かは知らないけど、その人たちが期待するキャラに成り切って最後までお付き合いして正体を突き止めてやりたくなったのだ。ここはめっちゃ緊張する場面。だから笑いが必要なのだった。

 響先生の車の横を通る時リング端末で調べたら、エクサスLFAという、世界で500台しかないスーパースポーツカーだった。製造終了して20年以上経っているけどプレミア価格がついて、2億円!? マジか! どうしたらそんな車を手に入れられるの? てか、これ先生の車じゃないだろ?

「ほれ、ぼっとしてないで行くよ」

 エクサスLFAの値段にドギモを抜かれて歩けなくなったあたしの手を引いて冬凪が言った。

「中に入るの?」

 駐車場から階段を上がった所に門扉があった。今は錆びついて赤茶色だけど、昔はきっと真っ白だったろう、ネコの行列が施されたアーチ、両開きの右側が取れかけ今にもこちらに倒れそうな門扉。そこを抜ければ向こうは別世界、何が起こるかわからないよと言わんばかりに暗闇が待ち構えていた。

「響先生も入ったんだから大丈夫だよ」

 冬凪、その響先生が信頼できないんだってば。

 グラグラする門は気味の悪い音を立てて開いた。中に足を踏み入れようとすると、足下の地面がいきなり敷地の中央に向って斜面になっていた。爆心地と呼ぶにふさわしいすり鉢状の地形がそこに広がっていて、その真ん中に屋敷があった名残のコンクリ土台がむき出しになっていた。響先生の姿を目を凝らして探したが見当たらない。

「降りる?」

「行ってみよう」

 滑らないように膝を曲げ手を斜面に添えながらゆっくりと降りて行く。なんとかコンクリ土台にたどりついて這い上り、響先生を探したけれどやはりダメだった。間取りに仕切られたブロックの中に大量の枯れ葉が溜まっていたので、もしかしたら枯れ葉の中に隠れているかもと思ったけど、まさかね。

「響先生、敷地を通り抜けただけだったんじゃ?」

 とは言ったものの入って来た門扉の方向以外は高い壁に囲まれていて抜け道などなさそう。

「駐車場に車を置きに来ただけでどっかに行ったのかも」

 どこに消えたかは不問に付すとして。

「そんなはずないよ。響先生にはここに来る理由があるからね」

「どんな?」

「それは先生が」

 と冬凪が顎に指を充てるいつものポーズをしようとしたら、

「失踪したココロの親友だから」

 背後から響先生の声が聞こえてきた。

「そして今日がココロが戻ってきた日だから」

 振り向くと手に懐中電灯を持った人が立っていた。そこさっきあたしたちがいたところなんだけどな。失礼ですけど、どっから湧いて出たんですか?

 響先生は間取りの枠を跨いであたしたちがいるブロックに入って来た。先生は懐中電灯とは反対の手に花束を持っていた。あたしがその花束を見ているのに気がついた響先生は敷地の奥を懐中電灯の明かりで照らして、

「あそこの隅にココロが飼ってたネコたちのお墓があってね。今日はこの花を手向けに来た」

 敷地の角に枝を思いっきり伸ばした山椒の木があって、その下枝の奥に3つの木札が立っているのが分かった。

「あたしたちもお参りします。ね、夏波」

 反対する理由はなかった。

 ネコのお墓は、山椒の下枝が邪魔でしゃがんででないとそばまで行けないことが分かった。そのため、あたしが花束を札のもとに置いて来た。

「フォーとブンチャー。もう一つは汚れてて分からなかったです」

「チャーゾー。3匹ともココロが保護ネコ活動してて最後に引き取った子たちだよ」

 下枝の当たらない場所でみんなで手を合わせた。

「じや、用事も終わったし、帰ろうか?」

 響先生がすり鉢の縁を門扉に向かって歩き出した。あたしもそれについて行こうとしたのだけれど、冬凪が立ち止まったままだったので、

「どうした?」

「うん、まだ先生に確かめたいことがあって、それがはっきりするまで帰りたくない」

 それを聞いた響先生が足を止めて振り返り、

「なんだろ? 言ってみ」

「ココロさんは戻って来たんですよね。なら、今どこにいるんですか?」

 ライフハックの授業では、辻女バスケ部員連続失踪事件で戻って来たのは「帰ってきた」辻川町長だけだったと教わった。でも響先生はついさっき、ココロさんは戻って来たと言っていた。それは確かめなくちゃいけない。

「冬凪は知ってたんじゃないの?」

「いいえ。先生がココロさんと親しかったことは知ってましたけど」

「じゃあ、今日あたしがここに来た理由は知らなかった?」

「はい」

「まずったな。知ってるものとばかり思って、つい口を滑らせてしまったよ」

 響先生は腕組みをして冬凪をじっと見ながら、

「知りたい?」

「「知りたいです」」

 あたしの方が前のめりだった。18年前の辻川ひまわりに会った時、失踪事件の真相について教えて貰うつもりだったけれど、何も聞き出すことはできていなかった。もし、ココロさんに会って何か聞けたら、辻川ひまわりが人柱をぶっこぬきたがってる理由も、それがどうして十六夜を助けることになるのかもが分かるかもしれない。

「ココロさんに会わせてください」

「そんなに会いたい?」

「「はい」」

「じゃあ、教えてあげる」

 響先生はそう言うと、

「あこにいるよ」

 とコンクリ土台を指さしたのだった。

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