第13話 仕返し

奈々の帰省と乃々と律の婚約祝いを兼ねて、特上のお寿司を頼んだ。

しばらくして、律が桜井家にやって来た。

「センパイ…じゃなくて、今度から義理の弟になるんですもんね。律さんでいいわよね。お久しぶりです。こんな姿でごめんなさい」

「奈々ちゃん、…、大変だったね。怪我もひどいと聞いていた。苦しかったね」

「そうね、自業自得と言えばそうなるけど、足の怪我より顔の怪我の方がダメージが大きいわ」

そう奈々は言い、おもむろにガーゼを外した。その顔の左側には斜めに傷跡があり、とても生々しく痛々しい状態だった。

「何もわざわざ今見せなくても…」

雅紀が少し顔をしかめて言った。

「せっかく全員揃っているから、見てもらいたくて⋯」

奈々はそう言うと、また傷跡にガーゼを当てた。

「さ、さあ、せっかく奈々も先生も来てくれたのだから、頂きましょう」

好子が場の空気を変えようと、お寿司のラップを外し、お吸い物をみんなにわけた。

「いただきます」

「はい、どうぞ」

「今日は先生は車ですか?」

「はい」

「じゃあ、ビールはダメね」

乃々が言うと、

「なに、せっかくなのだから泊まって行けばいいさ。また乃々の部屋に布団を敷けば、問題ないだろ?」

奈々の顔が引きつった。

「律さん、前にも泊まったことがあるの?」

「あ、ああ…」

「そうなんだ…。先生と言ってもヤルことやってるじゃない。乃々は初体験どうだった?」

あざ笑うように奈々が言った。

「奈々!良さないか!一体何が気に食わないんだ!」

たまらず雅紀が大声をだした。

「だってこれから夫婦になるんだし、律さんは家族になるんでしょ?別にこんな話したって平気じゃない」

奈々は淡々と言いながら、マグロの握りを1つお皿に取った。そしてシャリからマグロを剥がすと、箸で両方半分にした。

「律さん、私に食べさせてくれない?ずっと松葉杖着いて歩いているから、手が疲れちゃった。あ〜ん」

奈々は出来る限り大きな口を開けた。が、少し傷跡が痛み、顔をしかめ、少し小さくまた口を開けた。

「奈々ちゃん…」

律は戸惑っていた。そして乃々も、どうして良いのか分からなかった。

雅紀も好子も奈々の様子がおかしいことに、戸惑いを隠せなかった。

「この位別にいいじゃない!減るもんでもあるまいし…。ねえ?乃々?」

「お姉ちゃん、やっぱりまだ先生のこと…」

乃々が言うと、すかさず好子が、

「待って、乃々。それ、どういうことなの?」

すると奈々から言い始めた。

「律センパイのことを先に好きになったのは私よ!小学生の時からずっとずっと好きだった。中学の部活も、高校も、律センパイがいたから追いかけて行ったのよ!私、センパイに2回も振られるなんて…。まさか、センパイを乃々に取られるなんて…。こんなことってある?乃々は高校卒業したらセンパイと結婚して、私は怪我が治ってももう、モデルは出来ない!こんな惨めなこと、どうして私だけ…」

「お姉ちゃん…、ごめんなさい、ごめんなさい…」

乃々の瞳から涙が溢れた。

「奈々ちゃん、ごめん。でもボクは乃々ちゃんのまっすぐで純粋な瞳と、向日葵のような屈託のない笑顔に惹かれたんだ。ずっと傍でその笑顔を見ていたいんだ」

「私だって笑おうと思えば、作り笑いだって何だって出来るわよ!それで仕事してきているんだから!何よ!こんなお寿司!騙されないわ!」

奈々は、まだ奈々しか手を付けていなかった特上のお寿司を、テーブルから下に落とした。

雅紀は

「いい加減にしないか!奈々!もう決まったことなんだ!」

と、怒鳴った。

好子は驚きながら泣き崩れた。

「じゃあ、一体どうしろって言うの?」

思わず乃々が口走った。

「乃々には傷のないキレイな顔があるじゃない…。私に…私にセンパイをちょうだい!」

「無理だよ、そんなこと…。ボクが愛しているのは乃々なんだ。我がまま言わないでくれ」

「これくらい言わなきゃ気が済まないわ。私の人生何だったの?卑怯よ!」

奈々は泣き叫び左足を引きずりながら歩き、リビングのソファーに座り泣き崩れた。

「今日はもう帰るよ。奈々ちゃんも怪我がひどくて動揺しているんだ。また日を改めて来るよ。お父さん、お母さん、すみません。このまま帰ります」

「先生、すみません…。でも奈々も先生が好きだったなんて…本当ですか?」

「学生の時に…。でもその時はボクは進路とバスケに夢中だったので、誰ともつき合うつもりはありませんでした。まさか今もずっと想ってくれていたなんて…。本当にすみません。ボクもちょっと混乱しています。また後できます」

律はそう言うと、雅紀と好子に頭を深々と下げ、乃々の肩をポンポンと叩き、帰って行った。


「お姉ちゃん…本当にごめんね。いっぱい苦しんでいるのに…」

「私だって、頭では分かっているの…。2人共大好きよ。乃々のことも可愛い。分かってる…。でも、こんな状態出し、私これから先どうしていいのか分からない。私が失くしたものを乃々は全部持っている。ごめん…しばらくほっといて…」

奈々はそう冷たくあしらうと、静かに泣いた。泣いても泣いても、奈々の気は晴れることはなかった。


好子は泣きながらお寿司を片付けていた。そこに乃々と雅紀が

「手伝うよ」

と言って、お寿司を拾った。


その日はもうそれ切り、誰も会話をすることがなかった。

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