第19話 村はジャパン・イナカの味
「私の故郷の王都とは違って、ずいぶんと長閑なところねえ」
聖女クレナは、呟くように言った。
広がる田園。点々と建ち並んだ茅葺き屋根の家屋。
涼しい風が吹くと、草と土が混ざった湿った匂いがふわっと香る。
どこからともなく、鈴虫の鳴き声が聞こえる。
ピセナ農村は、まさに、忘れ去られたジャパン・イナカの心象風景といった様子であった。
「向こうの畑が見えますか。本来なら今頃、収穫の時期で、色とりどりの野菜がたくさん生っているはずなんですけど、ご覧の通り、裸の土から雑草が生い茂るばかりで。これもすべて『奴ら』の仕業なんです」
『奴ら』とは、自らをペロ吉、ヨシ坊、ズン太と名乗るカッパたちに違いない。
ガーネットは、聞こえるか聞こえないか分らぬほどの、小さなため息をつくと、続ける。
「『奴ら』がやって来てから、この村は、なにもかもが変わってしまった。村の者は皆、外部の者に対して、異常なまでの警戒心を持っているんです。本当は、社交的で明るくて、とてもいい子ばかりなんですけど。奴らとのグッチャネを強要されて、心に傷を負った者も、少なからずいます。どうか、ご理解頂けたら幸いです」
たしかに、村長のガーネットに連れられて村の中を歩いていると、家屋の中から、痛いほどの視線を感じることが多々あった。
決して姿は見せない。だが、陰に隠れた数十、数百の目が、こちらの様子をじっと窺っていることは、肌身で分かった。
村の中央にやってくると、ガーネットはピタリと立ち止り、その美しい華奢な体からは想像もつかぬ大きな声で、高々と叫んだ。
「皆のもの、安心してくれ。決して彼らは敵ではない。彼らは、エルネットとアメリエルの窮地を救っていただいた、勇者たちだっ! ぜひ村の者一同で、勇者たちを歓迎しようではないかっ!」
すると、しんと静まり返っていた家屋の中から、薄手のワンピースを着た若い女たちがソロソロと出てきた。
エドワールは、あっという間に若い女たちに囲まれてしまう。
ああ……。村の女たちの容姿を目の当たりにして、エドワールは、感嘆の息を漏らさずにはいられなかった。
東京のモデルッ! ジャパン・イナカだなんて、とんでもない。
この村は、8頭身の女がそこら中をウロウロと歩き回る、東京だったのかっ!
「みんな、私の家まで案内してくれ。そこで、歓迎と感謝の意を込めた、盛大な宴を開こう!」
「……でも、奴らが見ているかもしれない」
エドワールを囲む女の一人が、心配そうに言った。
「大丈夫。奴らは、村の端にある馬小屋の中で、いびきを立てて寝ているはずだ。そこへ近づきさえしなければ、気づかれることはあるまい」
すると、女たちの暗澹とした表情が一変、パッと花が咲いたみたいに、底抜けの明るさを見せた。
「二人ともおかえり!」
「助けてくれたのね!」
「名はなんていうの?」
「退魔の剣も取ってきてくれたのね!」
「そのフカフカなお洋服は、どこで拾ってきたの?」
「カッコいいっ、上腕二頭筋っ!」
ああ、エドワールは、四方八方から美女の黄色い声を浴びて、もはや卒倒寸前!
聖徳太子が鼻血を吹いて勃起するレベルッ!!
エドワール一行は、美女の波に揉まれながら、村長ガーネットの家へ案内された。
石垣に囲まれた村長の家は、まるで日本の城のような外観だった。
この世界で、こんなにも雅な建築を目の当たりにするとは。
エドワールは、しばらく息をするのも忘れて、村長の家の荘厳さに見惚れていた。
「どうぞ、中へお入りください」
ガーネットが、サッと腕を振り下ろし合図すると、村の女たちが、家の玄関へ続く道にズラーと並んで、
「エドワール様。ようこそ、ピセナ農村へお越し下さいました」
一斉に挨拶をし、ペコリと頭を下げる。
エドワールの眼前に、あっという間に美女の道が出来上がってしまった!
エドワールは、美女の道が放つ神々しい輝きに圧倒されながら家へ歩み、玄関の戸を開けた。
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